5話 祠への道のり
祭りの花形である二人は森の中、月の祠へと向かい進んでいた。
途中物音を聞き警戒した瑠奈達だったが、出てきたのはただの獣……
……だったのだが?
暗闇の中、瑠奈は前身の毛が逆立ちびっしょりと汗をかいていた。
今の時期はそれほど暑い訳ではないのにも関わらずにだ……
足跡は聞こえない、でも確かに何かがついて来ている。
それに気が付けたのは父に気配を読む修業だと言いつけられた目が見えない状態での鍛練のお蔭だろう……
だが、同時にその得体のしれない気配に瑠奈は正体に気が付きつつ困惑していた。
足音が無いのならば犬などの獣ではなく……羽の音が聞こえなければ鳥や蝙蝠でもなく……
そして勿論人でもその他の物でもない、彼女達を追うそれは――
「瑠奈?」
「…………」
顔が強張っているのは瑠奈自身も理解しており、それは幼馴染にも分ってしまったのだろう不安そうな顔で瑠奈を覗き込んできた。
「なんでもないよ」
辛うじていつも通り保てた言葉。
だが、内心は今すぐにでも実乃里の手を取って駆けだしたかった。
なのに出来ないのだ。
先ほどから道を確かめるフリをして立ち止まれば気配も立ち止まる。
歩けば歩く、少し早くしても遅くしても同じ速度でついてくる。
人ではない、でも確かな意志を持ってる。
その何かが私達の後をついて来てる……そして、私達が気が付いたその時に襲うつもりだ……
それが最悪の状況である恐怖――
万が一実乃里がそれに気がついた時の恐怖――
逃げ出そうとして駆けたが最後、逃げ切れない恐怖――
三つの恐怖は瑠奈の思考の中に易々と浮かんだ。
何故なら彼女は知っていたからだ……あの日父が死んだ日……
強かった父が死んだ理由……それは仲間を守って死んだのだ。
音もなく忍び寄った獣、それに気が付いてしまった父は立ち止まり仲間がそれを見て怯えた。
そして、逃げる事を選び父に声を掛けた仲間は駆け――爪が飛び、父は仲間を庇って亡くなった。
その狩り仲間は何度も瑠奈に頭を下げたのだ。
泣きながら自身の誇りを捨て、土下座と言う手段でまだ十も達していない少女に泣きながら謝罪した。
「すまない、俺の所為で瑠威さんが――」
何度も、何度も……彼が知っていたから……父瑠威に一番懐いていたのが瑠奈であり、娘瑠奈を一番かわいがっていたのが瑠威である事を知っていたからこそ彼は何度も少女に謝った。
「……許さない」
それを見て、瑠奈はそう呟いた……
「すまない、すまなぃ……」
何度も何度も繰り返される言葉は次第に小さくなっていくそれを見て――
「……許すもんか……」
彼女は恨みの言葉をはっきりと口にした。
狩り仲間であった男の名は宗助と言う人だった……いつも笑い、父と酒を交わしていた人で瑠奈とも良く遊んでくれていた人だ。
だから、彼はきっと父を見捨てなかったのだろう……
「すまない……すまない……」
だから最初の謝罪で瑠奈は「泣かないで」と涙ながらに彼に告げたのだ。
なのに、彼は壊れたかのように謝罪だけを繰り返す……
「許すもんか…………」
それほどに恐ろしかったのだろう……そして狡猾だったのだろう……
瑠奈は十を迎える前にこれが憎しみだと察した。
父を殺し、その親友さえ壊したそれが憎い――
「私が――」
「すまないすまないすまないすまないすまな――」
「その獣を許すもんか……絶対に私が狩る……」
そうしなければこの人はずっとこのままだ。
そうしなければ父が守った友人は救われない。
瑠奈は幼き日にそう誓ったのだ…………
そして今ついて来ているのは音の無い獣、つかず離れずこちらの様子をうかがう狡猾さ――
ついて来てるのは奴だ……
その死骸を持って帰れば、父の仇が取れる――そして未だに瑠奈の顔を見るだけで土下座をする宗助を救える。
普段ならそう思った彼女だが――
「る、瑠奈? 本当に大丈夫?」
「だから、平気だって」
今は実乃里が居る……瑠奈は一応刀を持ってきてはいるが実乃里は丸腰だ。
弓さえあれば安心できるのだが、巫女装束姿の彼女は勿論武器を持ってきていない。
相手は逃げた者から狙う獣であり、実乃里を逃がす事は彼女の危険に繋がる。
それに、瑠奈は疑問だった――
何故今頃?
そう、父が襲われてからというもの主と名が付いた魔の獣は姿を現さなくなった。
いや、父が襲われる前も居なかったのだ……だからこそ彼女は不気味に思った……
「もうすぐ祠だね」
「え、ああ、そうだね」
祠の周辺は開けているそれならば動きやすく、獣も身を隠せないだろう……
そう考えた瑠奈は獣に気付かれない様、なるべく自然に実乃里の手を取り先導していった。
月の祠、そう呼ばれるそこは不思議な場所だ。
森の中ぽつんと開けた場所にあるのは祠と鳥居、そして井戸。
月明りが祠の中にはいる様になっており、そこにはオオゲツヒメの御神刀月桂樹が収められている。
その祠の近くに着いた瑠奈はほっと息をついた。
相変わらず主は追いかけては来ているが、問題は無い。
これだけ広ければ対処のしようもあるだろう……と。
だが――
「――――ッガ!?」
「瑠奈!?」
現実は非情な物だった。
祠へと着いた実乃里は準備を始め、瑠奈は気配を追っていたはずだ。
動いたのも分かり、とっさに体を動かしたはず……なのに、攻撃を避けれなかった……
「ゲホッ!? ――――!?!?」
背中には激痛が走り、焼けるような痛みと寒気。
自分は裂かれたのだ。
そう気づくのにさほど時間は掛からず――
「み――――て――」
主には敵わない、そう瞬時に判断した彼女は幼馴染に逃げてとそう頼んだ……
甘かったのだ。
逃げなければ襲って来ないと高をくくっていた事が……
相手は賢いながらもタダの獣と思っていた事が――
そして、相手の正体すら確認しなかった事が――
「おいおい、こっちの女にも霊力があるじゃねぇか……勿体無い」
「あ? あぁぁあぁあぁあ?」
「ミコさえ手に入れば釣りがくる、少しばかりの霊力ならいらん……」
実乃里へと近づく何かは確かに獣の姿をしていた。
だが人の言葉を喋り、知識があった。
いや、実際には獣ではなく、言葉も喋っているのではなく頭に響いて来たのだが……霞んだ目でそれを見る瑠奈にはどうでも良い事だった。
二……匹……そん、な……
そう、彼女が何より驚いたのが主が一匹ではなく、二匹……だった事だ。
「あぁああああ? る、るな?」
瑠奈へと駆け寄ろうとする実乃里はソレに阻まれ、行き場を無くし尻餅をついてしまった。
腰が抜けたんだ――
瑠奈はそれを理解すると言う事を聞かない身体へと力を加える、当然痛みは増すがそれを堪えるかのように――
「ぅ……ぅうぁぁぁぁぁあああ!!」
喉が張り裂けんばかりの咆哮を上げ、立ち上がる。
背中からは何かが噴出した様な感覚がした……だが、気にしてはいられない。
「ぁぁぁぁあああああああ!!」
そう、気にすることは無い……相手が獣だろうと化け物だろうと傷を負おうと関係ない。
そんな事よりも彼女は父を殺し、その親友を壊し、実乃里を襲うソレが純粋に憎いのだ――
許さない、許すもんか……実乃里にも手を出させない……アレは私がこの場で狩る!!
最早獣の叫びの様な声を上げた瑠奈は心の中で叫びの意味を唱えた。