3話 儀の始まり
幼馴染である実乃里が作成した儀礼服に身を包んだ瑠奈。
慣れない服であるため、顔を赤らめ恥ずかしさを訴えたのだった……
実乃里もその事に気が付き買い物をしてきてくれたのだが?
服を合わせてから数時間後、二人に充てられた部屋で着替えを済ませた瑠奈の目の前には巫女の衣装に身を包んだ実乃里がにこにこと笑顔を浮かべている。
「やっぱり似合うね」
実乃里も似合うよ、いつもならそう言っていたのだろう瑠奈はスカートの裾を引っ張りながらやはり赤い顔をしていて……
「話が違う」
と一言だけ訴えていた。
「え?」
「え? じゃない! これ全っ然!! 恥ずかしさ変わらないんだけど!?」
「変わらないって……それなら下着見えないよ? 黒いし」
そう、確かに黒い、下着が見える事はないだろう……
だが、事実瑠奈は現在も辱められている訳で――
「これ、ぴっちりしてて恥ずかしいのは変わらないんだけど!?」
「まぁ、スパッツだし……」
瑠奈は涙目で訴えるも、実乃里はそれがどうしたの? と言った風で訴えを聞いてくれず……
勿論、帰るという選択肢も彼女には用意されておらず。
「ね、ねぇ……」
「それ以外は認めないよ? 服にだってバランスとか色々あるんだし、それが譲れる限界だからね?」
唯一の希望も幼馴染の一声でばっさりと切り捨てられた彼女はがっくりと肩を落とす。
「もういい、さっと行ってさっと帰ってさっと供物を燃やして服を着替えるから」
「えっと、今日はお祭りが終わるまでその格好だよ?」
瑠奈の言葉に頬を書きつつ、視線を泳がせた実乃里はそう語り――
「嘘でしょ!?」
瑠奈は涙目のまま巫女へと掴みかかる。
「い、いつもそうでしょ? だって、私と瑠奈が主役なんだし……お祭り終わるまでは着替えたらいけないって……瑠騎さんも言ってたよ?」
「嘘……でしょ? そんな話聞いてないって……」
この世の終わりか……そう言うかの様な瑠奈の表情に実乃里はむっときたのだろう……
「似合ってるんだから良いでしょ? 可愛いし」
何時もよりきつい口調の彼女に瑠奈はびくりとし――
「み、実乃里?」
「それとも私が描いた服は嫌なの? 前は褒めてくれたのに……」
「い、いや……そうじゃなくて! 実乃里が描いた服はうん! 良いと思う、よ? ただ……」
「ただ?」
こうなった彼女に瑠奈は抵抗する術はない。
それは昔からであり、彼女を守ろうと思った幼い日からずっと続いて来たものであり……
「み、実乃里の部屋で二人っきりならなんでもするけど……」
瑠奈は彼女が怒りの頂点に達しないであろう言葉を選びそう告げる。
「ん? 聞こえなかったからもう一回言って?」
「へ?」
確かに瑠奈の発したのは小さい声だった。
だが、静かなこの場所では聞こえないと言う事はまずないだろう……だが……
「もう一回言って?」
「だから実乃里の部屋で――」
「そこじゃなくてもう少し後の方」
そして、瑠奈は実乃里の策に気付かず……
「なんでもする、けど……?」
「うん、じゃぁなんでもしてね?」
見事にはまった。
「へ!?」
「今なんでもするって言ってくれたから、今日一日じゃなくて、最低でも一週間に一日はその服で過ごしてね?」
「ちょ……実乃里!?」
慌てふためく瑠奈は反論しようとするが、そんな暇もなく、実乃里は一人、部屋の外へと向かい――
「え? ちょ……ま、待って、待ってって!?」
瑠奈も慌てて彼女の後を追った。
それからすぐにオオゲツヒメの祭り、豊穣の儀は始まりを告げ……
「では今年の巫女と騎士の準備が整ったようです……では両名神像の前へ――」
ああ、ついに来てしまった……そう思いつつ瑠奈はスカートの裾を押さえたまま歩き始めようとするが……
「それだとかえって目立つし、意識されちゃうよ?」
「…………」
実乃里の一言でようやく手を離し、ゆっくりと歩き出すもガチガチに固まっていて……
「る、瑠奈? おい、だ……大丈夫か?」
流石に心配になったのだろう兄が耳打ちをしてきた事に気付いた彼女は首をゆっくりと左右に振る。
無理だ――と……
服だけではない、誰がどう見てもあがってしまっているのが分かり……
「いいか? ここでお前は名乗るだけだ。それ以外は何もしなくて大丈夫だからな」
彼女の様子を見て、よっぽどの事だと察したのだろう、彼女の兄はそう告げると涙目の妹はゆっくりと頷いた。
そして――
「皆様に名誉ある仕事を賜りました……雨宮実乃里と申します、今宵は巫女として勤めさせていただきますのでよろしくお願い申し上げます」
瑠奈の耳には丁寧で、どこかしっとりしたような幼馴染の声が聞こえ――それが終わると同時に何人もの声が上がる。
そして――巫女に向いていた瞳は一斉に瑠奈へと向けられ――
「み、みみみみみほぉ!?」
あまりの緊張から思いっきり舌を噛んでしまった瑠奈は口元を押さえていると――
「落ち着けって……ほら、皆門下生だって思えば――」
「む、むむむむ無理! 無理無理無理無理無理無理無理!!」
小声で声を掛けてくれた兄に対し、やはり小声で瑠奈は答え――
「瑠奈? 名乗らないと私が舞を踊れないよ?」
情けない事に巫女は彼女の背中を擦りつつ優しく声を掛ける。
すると当然――
「なんだ? 藍川さんとこの子は巫女に守られてるぞー」
「おいおい騎士様、しっかりしてくれよ!」
「ほら! シャキッとしなシャキッと!」
と言う言葉が投げかけられ彼女はますます――無理だって! と心の中で叫ぶ。
だが――
「大丈夫、私も居るから、ね?」
「実乃里……」
幼馴染の屈託のない笑顔を見て、彼女は少し気が紛れたような気がし再び前を向くと――
「……み、巫女より……き、騎士を任命されま、した……藍川瑠奈と申します。その、よろしくお願い申し上げ、ます」
練習はしていたはずだ。
だが、たどたどしい言葉になってしまったそれを何とか言い終えると――オオゲツヒメの民達は揃って歓声を上げる。
「おい、瑠奈もう良いぞ」
彼女はやっとの事で言い終えた名乗りの後、兄に促され下がると――
「お前があんなに緊張するとはな」
「緊張するよ……自分がやって見れば分かるよ」
あの恥ずかしさは体験しないと分からない! 瑠奈はそう思い兄にいつもより弱気な声で告げるも――
「俺、一応主催者だから、殆ど皆の前に立ってるんだぞ?」
という回答が帰ってくると……
「私なら絶対無理だ……」
と項垂れた。
「お、おい……そんなに落ち込むなよ、ほら始まるぞ?」
兄の声に力なく顔を上げる瑠奈だがそうすると、特徴的な音楽が瑠奈の耳へと流れて来て……
「……実乃里」
彼女の目の前には伝統的な音楽に合わせ舞を踊る幼馴染の姿が映る。
それは扇子を持ち、ゆったりとした動きでしなを作り、視線までも舞の一部にするキクリ……いや、この国がまだ日本と呼ばれていた頃からあった物だ。
瑠奈が昔に見た古文書には人々はこれを見に行くためにわざわざお金まで払ったりしたのだと書いてあり、弟である瑠斗はくだらないと言っていたが、瑠奈はそうは思わなかった。
祭り以外でこの舞が見れるなら、見てみたい……そう思うぐらいには瑠奈は舞が好きだったからだ。
優雅なそれは最後までゆったりとそして静かに動きを止めると、流れていた独特の音楽も鳴りやみ――沈黙が広がる。
やがて、ぱちぱちと手を叩く音が一つ一つと鳴り始め、それは次第に数を増し、音を大きくしていきその拍手の終わりと同時に豊穣の儀は始まりを告げた。