38話 言霊
オオゲツヒメを護り、同胞達を助けるための戦いの幕は上がった。
瑠奈達は現れた言霊に刃を向けるも、言霊はどうして他の妖魔に従っていたのか理解が出来ない程の力を持っていた。
そう、かの妖魔は言葉一つで動きを封じる事が出来たのだ……瑠奈はこの強敵に対しどう戦うのだろうか?
「瑠奈――!! ――――え?」
妹の名を叫んだ瑠騎、だがそれはすぐに呆けた者へと変わる。
その理由は拳を叩きこまれたはずの瑠奈を見てのものだった。
拳は確かに彼女の腹部へと叩き込まれ、どう見てもそれは――
「何だ、この妖魔弱いのか?」
瑠奈の顔は歪まず、その身体も場から動く事も無い。
全く効いていない、彼の目にはそう見えたのだ――
だが、本人は――
「――っ!!」
な……に? こ、れ……ゆっくりと……お腹を殴られ……て!?
余りの痛さに声は発せず……だがそれは変わらない表情の為、他者には伝わらず……
その事実を知る言霊だけが何度も、何度も彼女の腹へと拳を振るう。
それは瑠騎や民達から見れば滑稽な姿だろう……だが、瑠奈にとっては拷問――
ゆっくりと、だが確実に何度も何度も同じ痛みは身体へと伝わり――
っ!? これ……何が、どう……なって?
その恐怖は彼女の身体と精神を確実に蝕んでいた。
そして――
「動け、動け……」
いやらしい笑みを浮かべる言霊のその言葉と共に――
「――かはっ!! ――――――!?!?」
彼女の腹部はもう殴られても居ないのに抉れ、みしみしと音を立てる。
その痛みに思わず叫び声を上げそうになるが……肺の中の空気は外へと吐き出され……瑠奈は月桂樹を手から落としその場に崩れる様に倒れた。
「なにが……起きた?」
それは誰の言葉だったのだろうか?
先程までは何ともない様な表情を浮かべていた少女はだらしなく口を開き、腹部を両手で押さえ痛みに苦悶の表情を浮かべている。
どう考えても普通ではありえない状況……だが、嘘には見えないそれを民達はようやく理解し――
「うわぁぁぁああああ!?」
その叫び声を次々に上げていく……
言葉一つで刃、矢そして人さえ止められ、更にはどういう理屈か何もしていないのに少女を倒した妖魔。
言霊――それに対する恐怖は弾けた……
「お前にはなにも護れない、護れない……」
言霊はその悲鳴を聞きその笑みを更に醜い物へと変えると瑠奈の髪を掴み、顔を上げさせる。
「ひゅっ……ひゅっ……」
普通ではない呼吸をする少女はそれでも言霊を睨むが――
「気にくわない、気にくわない」
その言葉と共に拳は振るわれ――
「ひゅっ――、がっ!?」
今度は少女から出たとは思えない声がその場に響いた……
「っ!!」
その声に実乃里は咄嗟に弓を構えようとしたが――
「あ、ああ……」
すぐにその場で慌てふためく民達を見て弓を降ろす……
「駄目……これじゃ……」
彼女の腕をもってしても、今矢を放てばそれは民を穿つ事が容易に想像が出来たのだ。
……たった一回の妖術を用いた攻撃、ただそれだけで言霊は瑠奈と実乃里を封じた。
妖力とて何度も責めればいずれ尽きる……だが、それをさせないとでも言うかの様にその笑みを今度は実乃里へと向ける……
だが――
「人の――」
言霊は愚かでもあった……
それはその場に居る少女達二人が最も恐れる者だと確信していた事――
霊力を持つものが希少だと言う事を知っていた事――
そして、勝利を確信しすぐに――
「妹に何をしてくれているんだ?」
月桂樹を折らなかった事……
「ん? ……」
霊力を帯びた刀を手にした瑠騎は瑠奈の髪を掴むその腕へと刃を振り下ろす。
寸分狂わず叩き込まれたそれは腕を断つまでは行かなかったが、確実にその肉を裂き――
「ぁぁぁぁぁああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
言霊はその痛みに叫び声を上げる――
「情けない……瑠奈は叫び声すらあげなかったぞ?」
そう言う瑠騎の言葉に瑠奈は上げられなかったの間違いだと思いつつも刀へと振るえる手を乗せ――
その意図に気が付いたのだろう言霊は叫びながらその表情を変える――そして――
「や、やめ――」
「るかぁぁぁぁああああ!!」
その言葉が紡がれる前に瑠奈の雄たけびの様な声が発せられ――彼女はその手に力を籠める。
すると――鮮血が飛び散り、瑠騎の手だけではそれ以上動きを見せなかった月桂樹は易々と言霊の腕を切り落とす。
「ぎゃぁぁぁぁああああああああああ!!」
言霊から聞こえる悲鳴……
それはオオゲツヒメの者達にとって絶対的な恐怖を覆す反逆の証となり――
「瑠奈はまだ戦ってるぞ!」
誰かの言葉が皆へと伝わり活気を取り戻した者達は再び自分達の使命を全うすべく動き始める。
そして……
「……ひゅー、ひゅっ…………はっ……はぁ――」
月桂樹を兄の手から渡された瑠奈は呼吸を整えると言霊へとその切先を向け――
「ひっ……!? 待て、待て……引き返す、引き返す……」
「だから……なんだ?」
言霊の命乞いは瑠奈にはどうでも良い事だった。
人は人らしくあるべきだ。
だが、目の前の妖魔はそれを奪い、戦う事を強制した……
今更引き返すなどと言っても意味が無いのだ……だからこそ瑠奈が取る選択は一つ。
「私はアンタを倒して横浜のエルフを開放する……」
「望まれてないのにか? ないのにか? 愚かなエルフは俺達妖魔の加護が必要だ……必要だ……」
「急に饒舌になりやがったな? よっぽど生き延びたいのか?」
瑠騎は瑠奈の傍らに立ち、言霊を睨みつつそう言葉を投げる。
彼の言葉に思わず顔を歪めた言霊だが――
「俺を殺せば妖魔への反逆だ……反逆だ……」
「……私達は妖魔なんかに屈しない、それにもう私は何人も切ってきたんだ今更反逆なんてどうでも良い……私達は此処でずっと自分達の意志で生きて来た、今更誰かの指示で生きるつもりはない!!」
瑠奈は血を吐きながらもそう叫び――月桂樹を振り上げ――
「殺すな!? そうだ、奴と同じようにお前達の力になろう!! 力になろう!!」
言霊は後ろにズリズリと身を動かしながら、瑠奈に向かいそう叫ぶ……その言葉には瑠奈は思わず動きを止めるが……
「どうだ? 悪い話ではない、悪い話ではない……」
彼の言葉は瑠奈にとって心を揺さぶる物だと確信を得たのだろう言霊はニヤリと笑みを浮かべ――
「瑠奈……罠だ……」
だが、瑠騎は瑠奈に忠告し……
「お前の言う八房から言われてるんだ……」
瑠奈はゆっくりと刀を下げ、口を動かす……
「ひ、ひひ……ひひ……」
その意味を察した言霊はいやらしい笑みと笑い声を浮か――
「言霊の言葉には耳を貸すなってね!!」
「――っな!!」
続く瑠奈の言葉に驚く言霊はその表情を見る見るうちに見にくい物へと変え――
「動くな! 動くな!!」
そう言葉を繰り替えす――
すると再び瑠奈の身体は固まり――
「お、俺の身体も……!?」
兄瑠騎も身動きが出来なくなってしまう。
だが――
動け――! 動け――!! この身体は私の物だ……
ここで言霊を討たなければ――皆に危険が及ぶんだ!! そんな事は――
「やはり、愚かだ……愚かだ……」
にやりと笑う言霊は拳を握り再び瑠奈へと振りかぶる――
だが、動けと命じ続けたからだろうか? それとも霊力の賜物か……瑠奈の身体は徐々に彼女の意志に従って行き――
「させない――!!」
「なっ!? 動……い、た? 動いた……!?」
瑠奈から発せられた声と共に放たれた一閃は言霊へと吸い込まれ――それに対し言霊の拳は空を切った……




