2話 衣装と騎士の理由
その日はオオゲツヒメの祭り、豊穣の儀。
瑠奈と実乃里は打ち合わせの為、祭りの主催者に任命された瑠奈の兄、瑠騎の元へと向かう。
説明の途中、瑠奈の衣装の話になるのだが、どうやら巫女である実乃里本人が作ったようで……?
「じゃ、服合わせようね?」
瑠奈が主催者である兄から話を聞き、家へと戻ろうとした時に幼馴染の少女である実乃里は眩しいまでの可愛らしい笑顔を瑠奈へと見せる。
「え、えっと……」
「瑠奈のサイズは記憶してるけど、成長期なんだし変わってるかもでしょ?」
「それは、まぁ……そうかもしれないけどさ……」
先程話を聞いた時にはほっとした瑠奈だったが、やはり実乃里が関わった衣装だと思うと気が重かった。
何故なら、今着ている服も実は実乃里が作った物なのだ。
今日は朝に父の夢を見たから気分が良かったが、実際いつも服を着る時に彼女は気が進まない……
過度な装飾も無く、色も落ち着いているその服は実乃里に拝み倒して折れてもらったにせよ、瑠奈が好き好んでいる訳ではなく……
「あのさ、ほんっとうに! 騎士の服だよね?」
「うん、大丈夫! 本当に騎士の服だよ?」
そう言う実乃里はいつも通りの笑顔を見せ、瑠奈はその言葉を信じついて行く……
とは言え、やはり不安だったのだろう……
「い、言っておくけど、私に可愛い服は――」
「分ってるよ、もう――」
そんな会話をしつつ前を歩く実乃里の口元がにやりと歪んだ事には瑠奈は気づくことは出来なかった……
はっきり言おう、理不尽だ。
瑠奈はそう口にしたい気分だった。
実乃里の家で半場無理矢理着せられた服は短すぎるスカートで、その裾辺りまで伸びるソックスという物が履かされている。
鎧何て西洋の物を申し訳程度につけられただけで、それはもう鎧としての機能は果たしていないのではないか? と言う疑問を浮かべる物だった。
あまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にし若干潤んだ瞳で瑠奈はその服の製作者を睨むが――
「やっぱり瑠奈に似合うと思ったんだよ~、時々男の子だったら良いのに! って思うけど、やっぱり瑠奈はこういう服着た方が良いね?」
「今現在、私も男だったらって気分だよ! っていうかこれ何!? スカート短すぎ! って言うか巫女の騎士なんだから袴なんじゃ!!」
瑠奈はそう叫ぶが、それもそのはず、巫女である実乃里の衣装は和服と言われていて、それはオオゲツヒメがある国キクリ……昔は日本と呼ばれていたその国に伝わる服。
勿論、オオゲツヒメにも今瑠奈が来ているような服は売ってあるが和服が主であり、洋服を着ている者は珍しいのだが……
「残念でした。もう許可は取ってあるし、何よりそうじゃなきゃ用意できたなんて瑠騎さんが言わないでしょ?」
にやりと笑う幼馴染の顔を見て瑠奈は赤い顔から青い物へと変え……
「へ? もしかして、本気でこの服なの!? だってこれ鎧取ったら普通の服だよ!」
「ふふふ、それがそうじゃないんだなぁ、実はそれの元になった服が古代の本に描かれてたんだよ?」
そう口にした実乃里は一つの古臭い本を取り出し、瑠奈へと手渡す。
今生きている種族が変わっても言葉は変わっていないためタイトルは辛うじて読むことが出来た彼女は――
「えっと、……カ……イド完……略本って何これ?」
掠れて殆ど読めないタイトルは気になったが中を見てみると良く分からない地図や数字の羅列が書いてあり、ぱらぱらと読み進めた所――
「うわぁぁ……」
と心底嫌そうな声を上げた。
「ね?」
「いや、ね? って確かに騎士の服って書いてあるけどさ、コレ絶対まともに戦えないよね? って言うかこれに妖魔とか乗ってるけど、この本良く分からないけど御伽話じゃないの?」
自身がそれに身を包んでいるから余計に分かるのかもしれないが、瑠奈は存在自体がありえない妖魔という言葉と頼りなさすぎる騎士の服は空想の物だと思い幼馴染に告げるが……
「でも、妖魔って本当に居るんでしょ?」
「いや、居たら私達が平和に暮らせないと思うんだよ……」
「それもそうだね? でも、衣装とその話は関係ないでしょ? 衣装は完成しちゃってるし……」
「なら道場のを着て行けば……」
苦し紛れで瑠奈は自身が思いつく解決策を切り札として使うも――
「お祭りの花形二人の内一人がいつも通りの服なんておかしいと思われるよ? 特に門下生の子達には、ね……師範代さん?」
「ぅぅ……」
あっさりとそう切り返され瑠奈は唸るのみで反論が出来なくなってしまった。
「せめて下にもう一枚……これじゃ下着が見える……」
瑠奈はこれはもう避けられぬ運命なのだと悟り、がっくりと項垂れながらそう口にすると……
「そ、そう言われれば……確かに見えちゃいそうだね?」
何故か実乃里はまじまじと瑠奈を見つめながら顔を赤らめ、それに気が付いた瑠奈が苦笑いを浮かべ――
「なんでそこで顔赤くするかな?」
と尋ねると……
「へぁ!? え、ええっと今その買って来るから!!」
実乃里は慌てた様に部屋の外へと駆けて行った。
幼馴染の部屋に一人取り残された彼女は畳へと腰を下ろすと……
「……はぁ、何でこんな事に……」
っと視線も畳へ向けた。
実乃里は町の中を走る。
今でこそ一人で歩いたり出来る町であるが幼い頃は違った……
小さい頃、彼女はいじめに遭っていたのだ……ある時を境に普通の人間、いやエルフが見えないモノが見えるようになったが為に、それを口にしてしまったが為に……
彼女は気味悪がられ、仲間外れにされた……だが、そんな彼女を手招きする全身文字だらけの異形に恐怖し、必死に友人だった者達へ縋り付いた。
だというのに……
「あっち行けよ!!」
と言う言葉と共に投げつけられたのは小石だった……
投げた者も当てるつもりはなかったのだろう……だが、それは実乃里へと当たり、彼女は当然痛みに涙を流した……
痛みだけではない、見えないモノは彼女に手を伸ばし、その恐怖にも耐えきれなかった彼女は町をひたすら走り……普段あまり行かなかったある場所へと辿り着いたのだ。
そこには少女と同じ位の年の男の子が居て、一心不乱に木刀を振り回していた。
彼女は実乃里へと気が付くと、ハッとした顔になりその場から去ってしまった……その事にショックを受けた実乃里は泣き声を大きくし、その場から去ろうとした時だ……
「待って!!」
たった一言、実乃里の耳に入った言葉は彼女の身体を止めた。
振り返ると、そこには先ほどの少年が恐らく彼の母親を引き連れて来ているではないか……
「その怪我どうしたの?」
彼の母親は心配そうに実乃里を見てすぐに家にあがるように言うと――
「瑠奈! 桶に水を張って来て? 傷口を洗うからタオルもお願いね」
「うん!」
この時、初めて実乃里は少年が少女だった事に気が付いた。
何故ならその頃の瑠奈は髪は長かったものの身なりは全然気にしておらず、一目見ただけではわんぱくな男の子と言った方がしっくりきたからだ。
だが、実乃里にとっては怪我に気付きすぐに大人を呼んできてくれた恩人であり……
「……?」
この出会いの後、何故か他の人に見えないモノは実乃里に近づくことを辞めた……
不思議ではあったが、近づいて来ないどころかそのまま去っていったのだ。
それよりも実乃里にとって嬉しかったのは、この瑠奈と言う少女は彼女を仲間外れにし虐めてきた子達から彼女を守ってくれた事だ。
それはまるで、話に出て来る騎士の様に……
「すみません!」
「はいよ! なんだ実乃里ちゃんか」
だからこそ、実乃里は――
「はい、えっとそこにあるのが欲しいんですけど……サイズは――」
自分が巫女に選ばれた時、これまで男性が選ばれ続けてきた騎士を瑠奈に指名したのだった。