1話 瑠奈と実乃里
久しぶりに良い夢を見た少女瑠奈は今日が豊穣の儀である事を口にする。
友人実乃里と祭りを過ごす事を楽しみにしていたらしく、機嫌良さそうに囲炉裏へと向かうのだった。
「あら瑠奈、今日は早いのね」
囲炉裏の部屋へと入るとやはり長い耳を持つ母、優衣はにっこりと微笑み少女瑠奈へとそう声を掛ける。
声を掛けられた少女は部屋の中を見渡し……
「お兄ちゃんと瑠斗はまだ寝てるの?」
「まさか、瑠騎は主催者だし、瑠斗もお祭りの準備手伝いに行ったわよ?」
「そっか……」
今日は瑠奈の住む町オオゲツヒメの祭り、豊穣の儀の日だ。
そう言えば男は総出で準備という話を兄がしていたと瑠奈は思い出し、囲炉裏に座ると緑茶をすする。
「そう言えば瑠奈は大丈夫なの?」
「ん? あーうん、私は実乃里について行って火を灯して帰ってくるだけだから楽なもんだよ」
ただそれだけだ。
瑠奈はそう思い答えるも、母は大きなため息をつき……
「楽って瑠奈……その二人の役が一番大事なのよ?」
瑠奈を見つめるが――
「分ってるって、ちゃんとやるよ……だけど、実際そうなんだし」
「それは、そうだけど……」
いつも通りの様子の彼女に対し、母はやはり心配そうに見つめた。
「大丈夫だよ! ちゃんと実乃里は守るから!」
「私は娘を心配してるのよ? 小さい時から男の子顔負けのやんちゃさんをね」
そう言いつつも母は瑠奈におにぎりを運んで来て、少女はそれを手に取り口へと運ぶ。
「ひゃんと、うてぃあふぁせはするふぁららいじょーふふぁって!!」
「口に食べ物詰めたまま喋らないの!」
少女の行儀の悪さに母思わず軽くたまに手を乗せ、少女はそれに笑顔を浮かべつつもご飯を飲み込むと……
「ごちそうさま、じゃ、実乃里の所行って……祭りの打ち合わせしてくるよ」
「ちょ……」
母の言葉を待たずに飛び出した少女は幼馴染の家へと急ぐ……
瑠奈の瞳に映るのは見慣れた街並みと嘗て日本と呼ばれていた国の中を走り回っていたと言われる鉄の塊。
それはすでに朽ち果て、錆びてはいるが彼女達エルフ……いや、人間の文明が衰退した証でもあった。
「……っと、急がないとな」
少女はいつも通りその不思議な鉄の箱を見ていたが、今はのんびりしている場合ではないと気づき足を急がせた。
「もう! 遅いよ瑠奈!!」
瑠奈が実乃里と言う少女の家にたどり着くなり、聞こえてきたのは彼女の怒声だった。
「ご、ごめんって……で、でも今日はいつもより早く起きれ――」
「皆が準備し始める前って約束したでしょ?」
「ぅぅ……」
そう言われてしまうと返す言葉もなく瑠奈は少し唸り、一歩後ろへと下がる。
「はぁ……じゃ、打ち合わせに向かおう? 主催者さん怒って無ければいいけど……」
「ってもお兄ちゃんだし、起こさなかったって事は――」
「以前部屋に入ったら半殺しにされたって青い顔で言ってたよ?」
彼女の言葉を聞き瑠奈はああ、そう言う事もあったなっと思い出すと――
「でも、私だって女の子だし――」
「うん、そうだね、だったら見た目は良いんだからいつも言ってる通り、色々――」
「さぁ、さっさと行って話聞きに行こうかー?」
瑠奈はいつもの説教が始まる空気を感じたのだろう、大きな声を意識して出すと兄の待つであろう場所へ向け足を向ける。
「あ、ちょっと! もう――ほんと、自分の事は気にしないんだから……」
「急がないと、置いてくぞー?」
「もう! 遅刻したのは瑠奈なんだからね!?」
幼馴染の怒った声を背中に受けつつも瑠奈は頬をかいて進む……
やがて二人が主催者である兄の元へと着くと――
「瑠奈! お前また――っ! だからお前が騎士なのは反対だったんだ!」
不機嫌そうな兄の言葉が待っており……
「うっさいなぁ瑠騎は……反対って騎士に選んだのは実乃里だし、っていうか剣術だけだったら私の方が上だよね?」
瑠奈はその言葉に不機嫌になりそう返す。
「誰が俺がやるって言ったんだ? 後実際に手合わせする訳じゃないから剣術の腕は関係ない」
「ま、まぁ……それより瑠騎さん、打ち合わせは?」
「ったく実乃里ちゃんにまで迷惑かけてることぐらい察しろ……」
瑠騎の言葉に実乃里は苦笑いをするが、瑠奈は頬を膨らませる。
そんな様子に溜息をついた瑠騎は二人に語り掛けた。
「話はもう一応してあるが、やる事は分かってるな?」
「実乃里を祠まで連れて行って火を持ってくる」
「まぁ、そうだけどな? もっと詳しく言うとお前は今年の巫女である実乃里ちゃんを護衛……」
瑠奈の不機嫌そうな口ぶりはいつもの事と流す事にしたのだろう兄は説明をし始め、横に立てかけてある棒を手に取る。
「そしてこの木刀みたいな松明に火を灯し持ち帰る。あ、火付け石とかはちゃんと持って行けよ? そしてその松明を巫女へと渡し供物を焼き豊穣の神へと捧げる。巫女の方は――」
「鳥居をくぐって祠に着いたら、手と口をすすいで鈴を鳴らし二礼二拍手一礼……ですよね? 後は瑠奈が持ち帰った火で供物を焼いてから祈りを言葉にするで大丈夫ですか?」
実乃里の言葉に頷いた瑠騎は先程の不機嫌な表情とはうってかわって笑顔だ。
「流石は実乃里ちゃんだな……お前も少しは見習えっていうか夜は遅刻するなよ」
「起こせば良いと思うけど?」
「いや、寝るつもりなのかよ!? っていうかそれは勘弁してくれ、殺されかけるのはもう勘弁だ」
その時の事を思い出したのか、青い顔をした兄に対し、顔を赤へと染めた妹は――
「っていうか着替え中に入ってくる方が悪い! この変態!! そもそも殺すほどまでは行かないっての!!」
「何度も言うが妹の着替え見ても何も思わんわ!」
「へぇ……本心は?」
「これが妹じゃなかったら顔は文句なしで背も高く、良い身体をしてるとは思った。ああ後、例え妹でも性格さえ良ければ後の事も許せるな」
兄の正直すぎる告白にますます顔を赤くした少女は拳を握り――
「瑠奈待って!? っていうか今のは瑠騎さんも酷いと思います、というか、最低な発言です」
「そ、そうか?」
「うん、そこまで言うなら、もう一回半殺しにされても文句言えないよねぇ?」
瑠奈の握った拳は小刻みに震え――彼女は笑顔を浮かべているがこめかみはぴくぴくと動いている。
明らかに怒っているのだが――
「瑠奈!!」
「……分かったよ」
実乃里の一声で舌を鳴らしつつも拳を下げると彼女は苛立った様子で――
「取りあえず今は祭りの準備だし……」
とぶっきらぼうに呟いた。
「と、とにかく二人は祭りの花形だ。失敗するような事ではないが真面目にな?」
「はい! それとその衣装なんですけど……」
瑠奈は実乃里に向けられた視線に気が付き、衣装の事を思い出す。
勿論、実乃里のは従来の巫女の衣装だ。だが――
「そういえば、私の服無いって……」
「ああ、今まで護衛は巫女の恋人とか親族の男性だったからな、まぁ瑠奈の場合背が高いから似合うっちゃ似合うが……その邪魔な胸とかがな」
「何か引っかかるけど、まぁ、その通りだね?」
先ほどの事もあってか、やはり笑っている様で笑っていない笑顔を浮かべた瑠奈はそう答え、それに気が付かぬ兄は言葉を続ける。
「それで、どうしたものか? って思ってた所を実乃里ちゃんが提案してくれてな、なんとか間に合ったよ」
「へ!? 実乃里が!?」
瑠奈は傍に居る今回の巫女役の名を聞くなり、嫌な予感と共に汗を一つ垂らす。
それもそのはず、いつも服や化粧、髪の梳かし方にさえ文句を言う少女が提案した物と聞いたのだから……
「何? その顔」
「い、いやなんでも無い」
だが、任せっきりだった彼女が文句を言えるはずもなく、たった一言そう返すと実乃里はくすりと笑みをこぼした。
「大丈夫、今回は巫女を護衛する騎士の衣服だよ? ちゃんとその事は考えてるから」
「そ、そうか、そうだよね? うん、ありがとう実乃里」
瑠奈は心底安心した顔へ変わり、そうお礼を告げるが――
「なんか、凄い安心されてないかな?」
そんな瑠奈に対し実乃里は複雑そうな表情を浮かべた。