Scuppernong
「――が成ってるのを道中で見かけたからとってきたんですけど、食べます? フーさま」
かごいっぱいに盛られた大粒のブドウを見下ろし、神霊フラサオは頷きで応じる。
「スカッパーノング、白いマスカダインの一種か。其の方の献上品にしては気が効いているじゃないか。此の方の傍に持ってくるがいい」
「はーい」
間延びした返答を返した青い髪の青年は、幼少の頃からワノトギという特殊な立場に運命づけられている。ついでに言ってマスカダイン島でただひとり、神霊フラサオを「フーさま」と愛称で呼んでも咎められることのない人物だ。
心身が未発達な状態で主たる神霊と顔を合わせたのがことの始まりだった。男児には「フラサオさま」がうまく言えなかった。ゆえに、妥協案として「フーさま」呼びを受け入れてやったのである。
青年が成長しきった今でもたまに古いクセが出てくるわけだが、フラサオには咎める気が特になかった。
この「くつろぎの間」――正確に言えば池に浮かぶ大きな蓮の葉の上に並べられた座布団群の中――には、たとえ気心の知れた配下でも、普段あまり招き入れることはしない。しかし時は秋の始まりごろ、マスカダインの収穫期にやっと少し差し掛かったくらいである。
フラサオは思い返す。最後にマスカダインを堪能したのは、幾月前であったか。
懐かしい、という感覚が呼び覚まされるほどの期間ではないが、久しく味わっていないのだと思うと、急に心が躍った。
青年は慣れた様子で蓮の葉の連なりを選んで跳び繋ぎ、かごをフラサオの前に置いてから、我が物顔で自らの座布団を選んだ。
フラサオは早速かごに手を伸ばす。
「そういえば其の方は、腹を空かせていないか。身体的機能がまだ人間の構造によっているワノトギでは、一日に何度も食さねばならないだろう。眷属に何か持って来させるか」
「お気遣いありがとうございます、ちょっと前の昼食がまだお腹に残ってるんで大丈夫ですー。あ、でも、フラサオさまさえよかったら、ブドウ何個か食べてみたいですね」
「うむ」
かごからわしづかみにして取り出したブドウを、宙に浮かせてみせた。
自然で成ったままの汚れを落とすためだ。池の水を操り、空中で清水に変化させてから、ブドウをやさしく洗う。
水滴が四方に弾かれて燭台の灯りを反射するさまを、青年は楽しそうに眺めている。
やがて清潔になったスカッパーノングが、それぞれの手の平に収まる。その一粒を指の間に取り、そっと転がしたり圧力を加えてみたりすると、程よい弾力があった。
「えーと、この分厚い皮は食べないんでしたっけ」
「白い品種は皮が苦いからな。だが種ともども、食しても問題はないらしい。むしろ消化器官の機能を気にしなければならない其の方には、食物繊維が多く含まれる皮まで摂取した方がいいとも考えられるが」
白い品種と呼ぶが、厳密にはくすんだ緑色をしている。数々のブドウの種の中でもマスカダインは百戦錬磨のつわものを彷彿させる傷痕の多い皮をしていて、初見の者に、これは食べていいものかどうかと迷わせるには十分だった。
「苦いのは遠慮したいんですよね」
「此の方も、好きではないな」
――ブツッ。
ふたり同時に、ブドウを口内で噛み砕いた音だ。下手すると人間の目玉と同等かそれ以上の大きさに達するのがマスカダイン、噛み潰す瞬間の反動はなかなかである。
内から溢れ出した果肉は、甘美そのもの。皮の内側に歯を走らせて、そこに残る僅かな甘味も逃さない。後は、種と皮の残骸を吐き出すだけである。
「うまいな」
「おいしいですねぇ」
スカッパーノングを次々と口に含んでいった。
「よくやった、ポフィカント」
「やめてくださいよ。ブドウを持ってきた功績を褒められても、こなしたばっかりの任務の評価とは別問題なんでしょ」
「当然だ。自らその話題を持ち出すとはな、よほど叱られたがっているとみられる」
「あ、違います、それは違いますって。やめてー」
「ふ」
墓穴を掘ってしまった配下を、フラサオは鼻で笑う。
「いいだろう。このスカッパーノングの旨味に免じて、今日の説教は、半時のみで手を打ってやろう」
ちょうど買ったので、これといった方向性もオチもなくふらーっと書いてみたかっただけでした。