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麗しき、その島  作者: 甲姫
世界線47858
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アージュダール

 今代こんだいの風と空気の神霊ヲン=フドワは、そのうつわがまだ活きた人間であった頃の性格が影響して、やや悪戯っ気に富んでいるらしい。

 らしい、というのは人間たちがまことしやかに話していたのを聞いたからで、「それら」には実感が持てない。

 だからといって無関係でもない。

 マスカダイン島の九柱の神霊が一柱、ヲン=フドワから派生したそれらは、大本おおもとの性質に影響される理にある。大本が悪戯っぽい性質であるなら、それらの行動にそっくり反映されてしまうのだ。

 また、神霊の器が代替わりを経ても霊的な繋がりは顕著で、自然と今代の大本の性質に引きずられる節がある。

 だがそれらは自覚しない。平たく言えば疎いのである。

 神霊から派生した精霊に、自我と呼べるほど安定した意識は無い。畑仕事をしている老人の帽子をつい吹き飛ばしてしまったり、慎重に積み上げられた落ち葉の山をつい吹き荒らしてしまっても、楽しいとも感じなければ、何故そうしたのかを振り返ることもない。

 領土を漂って恵みを与えることを主な役割とする、実体の無いそれらは――強いて言うなれば、物質界に存在する素粒子の隙間空間に刹那的に顕現する、霊的因子の集合体だ。

 集合体とは即ち、塊。分裂すればそれらは「別」であり「個」となるが、再び一同に会すれば滑らかに合体し、「群」であり「全」となる。

 性質ゆえに、それらは連絡網としても機能できうる。物質界では物理的に離れていても、霊界を介すれば、距離などあってないようなものだからだ。変わったことがあれば、情報を神霊に共有するのもそれらの役目だった。

 「心」の定義に満たないため一心同体という表現は正確ではないが、つまりはそういうことだった。


 神霊ヲン=フドワから派生した精霊ナトギと呼ばれるそれらは――ロウレンティア地方を重点的に、今日もマスカダイン島の大気中を漂う。

 時折すこしふしぎな風となって、人々を困らせたりして。

 それらは大本の意思に乗り、理に従う。



     * * * * *



「ナトギさま、ナトギさま!」


 いつもは静寂に保たれる小さな部屋に、青ざめた人間が駆け込んできた。

 空気中に漂うそれらは、呼ばれたことに気付き、おもむろに人間の方へ注意を向ける。常のように大本への連絡事項かと思い、それらは人間の言葉を待った。

 部屋の奥に設置された「ヤシロ」というものの前で人間が両膝をついた。島中のヤシロは素材や形が多種多様ながら、共通して、人間が精霊や神霊に向けて祈りを捧げる為の場所となっている。

 祈りは何処から捧げられても届くものだが、ヤシロの傍は特別に心地が良い。なるべく近くにいたいものだ。此処でされる頼み事や願い事は、できる限り聞き入れることにしている。

 ところが訪問者の数は年々減っていた。理由はよくわからないし、昔は違った気もする。寂れていく分だけ心地良さが弱まって、いささか残念である。


「大変です、集会所が大火事なんです! 中に逃げ遅れた子が……! あっという間に入口が崩れちゃって、誰も助けに入れないんです。頼みの綱はナトギさまだけです! お願いです。お願いです! 助けてください!」


 人間はひと息に話し終えるなり、泣き崩れた。

 ただごとならぬ事態だ。それらは即座に四方八方にいる同胞に呼びかけた。情報を照らし合わせると、現場近くの同胞たちは、既にあれこれ対策を講じてみたようだ。

 結果は芳しくない。風と炎の相性に起因するらしい。

 人々も風は悪影響をもたらすと考えたのか、なかなか助けを求めてこなかった。近場のヤシロは風の精霊に通ずる此処のみだというのに、だ。

 次にそれらは、大本と接した。


 ――あァ? また例の大火事か。呼ばれてンのオレ様じゃねーし、オメェらだろ?


 返答は何やら乗り気ではなかった。確かに呼ばれたのは「ナトギさま」であって「神霊ヲン=フドワさま」ではなかったが、基本的に指示なくして動けないのがそれらである。現に、指示なしで動いた同胞たちは、事態を打開できていない。

 諦めるしかなさそうだ。


 ――いんや、待てって、突き放してんじゃねーよ。いい機会だから頑張ってみろってこった。集落の連中を助けンの、オメェらの課題な。


 課題と言われて、それらは意味が理解できなかった。結局は指示を出してくれないということか?

 代替わりしてからの大本は、少しわかりづらい。


 ――オレ様はなァ、オメェらの対応力を育てたいのよ。臨機応変に、瞬時の判断力を蓄えて欲しいわけよ。風の神霊ヲン=フドワ配下の精霊ならできるだろ? いっちょ、頑張って来いよ!


 何を見込まれているのかやはりそれらには理解し難いが、大本が頑張って来いと送り出すのなら、行くしかない。

 ヤシロの前で泣いている人間を元気付ける為にも。

 突風をもって受諾を示した。


 風に髪を振り乱されながら、人間は天井を振り仰ぐ。

 涙がきらめくまなこに宿っていたのは、もしかすると希望だったのかもしれない――。



     * * * * *



 数瞬後。それらは大火事の現場に至るなり、周囲の同胞と同化する。すなわち、扱える霊力の絶対量を増した。


 ――おう着いたか。わかってると思うが、オメェらは万能じゃねェ。パパッと風をつくれても、威力にゃ限りがある。物質界に大きく干渉したけりゃ人間の体を通すのが手っ取り早い……つっても一瞬だけだ、長く憑依してると人間がもたないからな。


 既知の事実だった。先述の制限を踏まえた上で、具体的な救出法を編み出さねばならない。

 辺りの気温が異常に高い。

 集落で最も広い建物の火事だけあって、広範囲に及んでいる。吹き消すのは困難だ。熱を奪える速さより、熱が発せられる速さが勝ってしまう。

 せめて崩れた木材をどかせようと先にいた同胞たちが試したそうだが、重すぎてダメだったらしい。

 他に何ができようか。なけなしの思考力で、模索する。

 わあわあと騒ぎ立てる人集が、烈火から安全な距離を保ったまま、弧を成していた。

 ヤシロに来た者は何と叫んでいたか。誰も助けに入れない、だったか。人間は割合、扶助の精神が備わっている生物だ。安全性さえ確立されれば、自ずと誰かが進み出るだろう。

 模索している間にも「パキキ、ボキィ」と派手な音が乾いた空気を震わせる。残る柱どもが使命を終えんとしているのだ。

 火を消す有効な手段が必要だ。直ちに。


 ――あー、忘れてるみてェだから、助言するぜ。中のガキが窒息しないように、そっちの対応も同時進行にな? もう気絶しちまっててヤベェぞ?


 指摘されて、己らの未熟さを知る。


 ――もひとつヒント。オメェらは素粒子レベルの存在で、微細に調整がきく。オレ様の言いてェこと、わかるよなァ。


 威圧的な期待を向けられて、それらは「困惑」という感覚を覚える。

 しかし大本に間違いはありえないのだ。ゆえに頑張って考えてみた。果たして、わかった。

 瞬間、屋外と屋内とで分散した。小さな人間の元へ、外から冷たい空気を選出して運んでやる。逆に屋内の熱い空気を外へ運び出す。生存機能はこうした一時的な措置でしばらく保たれるはずだ。

 後には――より大きな、打倒すべき問題が残った。

 集会所だったモノは凄まじい勢いで燃え盛る。もはや猶予はいくばくも無い。

 火とはいかにして止まるのか、今一度見返した方がよさそうだ。大本を通して、該当する知識を能動的に手繰り寄せる。さっそく壁にぶち当たる。大量の知識をかき集めたはいいが、短時間では、解答に連なる情報とそうでない情報を整理しきれないのである。

 どこだ。解決の糸口は、どこにある。

 人々の悲鳴に囲まれ、火災の内外を行き来しながら、それらは精一杯に思索する。

 にわかに気付く。みなまで焼けて崩れた部分は、そういえば二度目に燃えることがない?


 ――よーしよし、いい子だ。オメェらはもう、半分は答えに辿り着いてんだぜ。頑張れ、頑張れ。


 声援を受け取った途端に閃いた。

 同時に、雌なる人間がひとり、泣き喚きながら弧から飛び出た。好機とばかりにそれらは後を追った。

 肉体に取りつく。四肢を通して、物質界との繋がりを強める。

 体の持ち主にしてみれば霊界との繋がりを強められたのだ。女はどこか恍惚として、主導権を明け渡した。

 ほんの数秒間あれば事足りる。女の足を、疾走させ――


 ごう、と風を轟かせる。


 ふりあげた女の肩から、腕から、手の平から。それらは全速力で飛び出る。

 燃料の無い方へ、熱い空気を残らず動かした。既に燃えている物質は他に飛び移らないように、圧して抑えつける。

 火とは燃やせる物質が無くなればやむなく勢いを失うもの。活路を絶てばいいわけだ。

 元来の風では起こりづらい現象を、それらは細やかな調整によって成し遂げてみせた。大本が導いた通りだ。


 ――よくできました。待たせたな、フラサオんとこと話がついたぜ。あいつの水の精霊ナトギも手ェ貸してくれるってさ。


 フラサオとは此処ロウレンティア地方とは島の真逆に位置する、ヒヤシンス地方を加護する神霊だ。水の神霊の助力が得られるとすれば、事態はこれから容易に収束に向かうだろう。

 直後、上空の水分がまばらに集まり、糸を形作って降り注ぐ。温度がよく下げられた後では、水蒸気がほとんど上がらない。

 人だかりから歓声が上がった。

 解放された女は最初、呆然としていた。すぐに四つん這いで進み、覚束ない足取りで立ち上がり、駆け出す。火の消えた瓦礫を押し退け、同じ音の羅列を繰り返し叫んだ。中に倒れている者を呼ばわっているらしい。

 女の隣に次々と人間が駆け付けた。逃げ遅れていた小さな人間が運び出されるまでに、あまり時間はかからなかった。


「無事だ、無事だぞ! よかったな、お前!」

「ああ、ありがとうございます! ナトギさまのおかげです!」


 女が小さき者を腕に抱きながら泣いた。周りの人間も重なるようにして抱き着く。


「なんてことだ。素晴らしい奇跡だ!」

「突然の強風に、雨……!? 二つも奇跡をたまわるなんて! ありがたや、ありがたや!」

「神霊ヲン=フドワさまはこの地を慈しんでおられるのだ! ナトギさまを送ったのだ、見放してなどいない!」


 人間は各々感謝を表現する。地面にひれ伏す者、抱き合う者、踊り出す者。

 全員の動きを把握するのが難しいくらいだ。なんとか大本にもこの有り様を知って欲しいのに。

 当の大本は、楽しそうに問うた。


 ――おう。どんな気分だよ、オメェら?


 衝撃だった。

 それらは、人間に感謝されるのが好きだったと、突然に()()()()()のだ。

 感謝されると力がみなぎる感じがして、大本にも伝わる。大本が喜んでくれるならば、ますます嬉しい。

 ふと、感謝されたのが久しぶりであることも、思い出した。

 すべてひとえに大本のおかげである。


 ――なァにぬかしやがる。オレ様はヒントこそ出したが、現場で右往左往しながら頑張ったのはオメェらだろ。よく働いた奴が賞賛されるのは当たり前の道理よ。めいっぱい、堪能しとけよ。


 それらは命じられた通りに、ゆったりと辺りを浮遊する。不思議と、ヤシロの傍でもないのに、同じくらい心地良かった。


 ――白状すっとだな、オレ様はこれでも悪いと思ってンだよ。


 いきなり大本が弁明し始めた。話がつかめず、更なる説明を待つ。


 ――ロウレンティア地方を加護する五柱の神霊の中で……最近ナトギのヤシロが放置されてンのって、オレ様んとこのオメェらだけだろ? 民との繋がりの強さは、扱える力の量にも結び付く。


 またしても衝撃だった。

 人間が訪れなくなっているとの印象はあったが、はっきりと「放置」と表現されると、納得がいくものがある。結果的に大本の存在が弱まってしまっていたなら、それこそ申し訳が立たない。


 ――ちげェよ、どう考えても原因はオレ様にあるんだって。悪戯って言やぁ聞こえはいいが、ほんとは迷惑行為なんだよ。


 曰く、大本の性質につられてそれらがあちこちで悪戯を働かせていたのが、人間との信頼関係に反映されていたらしい。


 ――もひとつ白状するとだな。オレ様はオメェらが人間を助けようとあたふたしてるのが面白い。悪さするより好きだなァ。んでも、最終的にうまくやって、いい想いしてるのも嬉しいんだぜ。いいだろ、「達成感」。かみしめとけよ。


 これが、達成感。

 大気中を浮遊しながら、地で未だに騒ぎ立てている、集落の人間を意識した。感謝と、達成感。

 悪くない。どれもそれぞれに、気分が良いものがある。


 ――これからも頼むぜ、オレ様のナトギどもよ。ヤシロでの嘆願を優先的に、できるだけ民の声を聴いて、この地を加護してくれな。


 大本から伝わる感覚も、ひときわ心地良い。

 後に神霊ヲン=フドワは、この想いを「誇らしい」と解説してくれた。



     * * * * *



 大火事の一件を経て、人々は再び、頻繁に集落中の社を参詣するようになる。

 焼けた集会所を建て直すよりも先に。状態の悪い既存の社を補修し、水の神霊フラサオへの社を新たに増やした。

 集落の民はロウレンティア地方を加護する五柱の神霊の内、風の神霊ヲン=フドワとの関係を特に大切に保ち続けた。


 日々、誰かが社の前で膝をついてこうべを垂れる。

 風車を回し、よどんだ空気を換気させ、濡れた家屋を乾かしてくれることへの感謝を言葉にし――

 ――そしてときたま、洗濯物が吹き飛ばされることなどへの、ちょっとした怒りを語り聞かせたりした。






(了)



タイトルの意味「助ける」


本当は酸素だけさらうとかそういうのもやってみたかったんですが、古代にその概念はどうなのってなって断念。



登場人物紹介


それら

風の神霊ヲン=フドワから派生した精霊、別名ナトギ。自己と呼べるほどの自主性を持たない。


神霊ヲン=フドワ

今代の器の元の性格に起因して、ついつい人を困らせて楽しんでしまう。自身の配下を困らせるのも楽しいが、根っこでは健やかであって欲しいと思っている。

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