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月は頷いた

作者: 分倍々

 ねえ、今夜は話を聞いてくれるかい。手短に話すからさ。

 俺は海辺に寝っ転がって呟いた。柔らかい砂が半袖のシャツの脇から入り込んでくる。帽子を付けていたって、砂はすり抜けて髪にまとわりつく。あまり心地の良いものではない。服も汚れてしまったし、着替えは持ってきていない。素肌を冷たい風がぶっきらぼうに撫でる。風邪をひくかも。しかし、構うものか。



 ねえ、今夜は話を聞いてくれるかい。

 静寂の浜辺に潮騒が響く。ひょっとして返事を返してくれているのかもしれない。しかしイエスだかノーだか、俺には分からない。ざざあ、としか聞こえない。波の後には間髪入れずに波の音が聞こえ、波の前にも波の音が聞こえる。音は波に乗り、同時に波に乗られながら、幾層にも重なってこちら側にやってくる。ただし俺の爪先までは届かず、大人しく元の場所へ戻っていく。戻っていく波はまた新しい波に飲まれ、形を変え、やがて姿を消す。



 ねえ、聞いてくれるかい。

 辺りには誰もいない。砂を素足で踏みつける女もいない。地面に穴を作る子供もいない。波を荒らす男もいない。居るのは俺と、空と、星と、雲と砂と貝と石と空き缶と……、結構いるけれども、誰も邪魔しない。誰にも邪魔されないのが浜辺の夜だ。



 ねえ、聞いてるの。

 夜風が冷たい。春だって夏だって秋だって冬だって、海の夜風は等しく冷たい。4人のうち誰かに肩入れすることなく、誰から見ても平等に冷たいというのは、実はけっこう努力がいるんじゃないだろうか。誰にでも暖かかったらただの八方美人だ。冷たいから夜なのだ。



 ねえ。

 君は死なない。人も死なないという詭弁があるが、どれだけ語りつがれたところでそれはただの噂だし、ひょっとしたら嘘かもしれない。善に生きようが、悪い道に走ろうが、幸せだろうが辛かろうが、最期を迎えれば後には爪痕しか残らない。君は死なないが、語りつがれたりはしないし、語らないし、爪痕も残せない。君ははたして幸せだろうか。幸せですか?



 ねえ、聞い……へっくしゅん。




 月は頷いた。

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