4 二度目の輪廻転生エスターちゃん
【個体種スキル『分解LV.1』を獲得しました】
【個体種スキル『自動修復LV.1』を獲得しました】
数時間前に頭の中に響いた声が再び響き渡った。
目の前は漆黒の闇、これと同じ体験をしたのは五年前――ゴブリンだった私が余命を全うした時も今と同じ漆黒の闇に放り出され、そしてオークとして新たな生を授かった。
――あぁ、私は人間に負けてしまったのか。
どうして勝ち目のない戦いに挑んだのかと悔やむ前に、全身をポカポカする何かが包み込む。
以前はその直後に頬を『ブツブツした何かが頬を撫で同時にまとわりつく臭く粘り気のある液体』で舐めまわされたが、今のところは特に不快な事も起きていない。
ただゆっくりと、暗黒の闇に光が差し込み――。
そして私はスライムとなって小高い丘――見渡す限りの草原に立っていた。
違うな。座っていた。
それもニュアンスが違う。どうあれ、私はスライムとして新たな生を授かったのだ。
スライムとは別名『お掃除屋さん』の愛称で慕われる低級魔獣だ。そしてワーストワンの戦闘能力、ワーストワンの身体能力、つまり最弱の魔獣と言われている。
だが最弱が故に誰もスライム如き相手にしないのも確か。そう、言ってしまえばスライムになれば高確率で寿命まで全うに生きられる事になる。いわば弱肉強食のこの世界において、スライムとは一種の勝ち組であった。
のだが、それは一昔前の考え方だ。今は違う。スライムの別名『お掃除屋さん』まさにこれが意味を成す。スライムをゴミ箱の代わりにして飼い潰すのだ。
今となっては珍しい事ではない。前世も、そのまた前世も、一時ではあるが家にスライムをゴミ箱代わりに飼っていた時期があった。その時は何とも思わなかったが、それが今となっては――ましてやそれが私の番となる。死活問題と言ってもいい。
――よーく、分かった。どんな理由か分からないが、肉体が死んでも私の意志だけは消えないようになったのだな。だが、それにしてもスライムとは……。誇り高いソルジャーゴブリンが、あのスライムごときに……。これは屈辱でしかない!
プルルン。
風が吹くたびに体は小刻みに振動するのは理解できるが、それ以外の痛覚は全くと言っていいほどなかった。
雑草が肌に当たっても、どこからともなく飛んできた木の枝も、全ての感覚が感じ取れず今までに感じた事のない違和感。
ただ飛んできた木の枝に関しては体を弾く事はなかった。そのまま体内に乗り込み、そしてゆらゆらと漂う。
なんだか非常に気持ち悪い感じだった。慣れたらなんてことないと思うが、誕生したばかりの私には違和感やむず痒しさが残る。
――はぁ……屈辱だが仕方がない。当面はこのまま生活をするとしよう。だが、私は誇り高いソルジャーゴブリンだ! 何がなんでもゴミ箱に? は? な? ら? ないぞ?
急に訪れる視界の浮上。
急に訪れる浮遊感。
急に現れる手。
はい、早速捕まっちゃいました。しかも手の形からゴブリンに……。
逃げ出そうと試みるが動くのは体の底、足なのかお尻なのか分からないが、そこがウネウネと動くだけで他は全く微動もしない。つまり早くも手詰まりだった。
――くそっ! どうして私がゴミ箱に! えぇい、こうなったら『豚の咆哮LV.2』を打ち込み、怯んだ隙に逃亡だ!
すうぅぅぅぅぅぅ、大きく息を吸って――。
「……」
叫んだ――つもりであったが、声帯がないのか小刻みに何度もプルプル震えるだけで、スキルを使用する事さえ叶わない。
そして私は諦めた。もう好きにしてくれ、と。
「なんだ、急に大人しくなりやがったな。どういった心境の変化だ?」
本来ならスライムがゴブリンの言葉を理解する事はできない。だが私は元ゴブリンで、名前の知らない彼の言葉も難なく理解する事ができた。
仮に声帯があったならコミュニケーションも取れたのでは? と頭をよぎるが、直ぐにその提案を白紙に戻した。
ゴブリンより格上の、それこそ中級魔獣のリザードマンやオーガなら話は別だが、格下のスライムが突然とコミュニケーションを取ろうものなら気味が悪い。良くて放り出され、悪くて殺されるだろう。
まっ、新たに生まれ変われるのなら殺されても文句どころか、喜んで受け入れられる。
「そうそう、今日からお前は俺たちの家族だ。名前を付けてやらないといけないな。……そうだな、エスターちゃんにしようか。どうだ? 可愛いだろ?」
前言撤回。
声帯がない事がこれほど悔やまれるとは……。
駄目もとでウネウネと動いて『他の名前にしろ!』とアピールするが、ゴブリンはそれを違う意味で解釈し「そうか、そうか。お前も喜んでくれたか!」と、実に嬉しそうにしていた。
それから小一時間ほど草原を歩いた先、小さなゴブリンの村が見えてきた。
神の気まぐれだろうか?
はたまた運命なのだろうか?
その村は私が現世で、それも村長として生活していた村であった。
「エスターちゃん、あそこが今日からお前が暮らす村だ。って、スライムに話しかけても通じないか」
ははっとゴブリンは笑い、そこでようやくゴブリンの顔を目にして私は絶句した。
名前の知らない彼――ゴブオは紛れもない私の孫だったからだ。
――五年前は小さかったゴブオも立派になって……。
その事実に捕獲された事も、これから待ち受けるゴミ箱生活も、今となってはどうでもよかった。ただ二度と見る事がないと思っていたゴブオの笑顔、それだけで私は満足だった。そして思う。蘇りも悪くはない、と。
こうして私はスライムとなった現世でもエスターちゃんの愛称が定着し、そして家族とは名ばかりのゴミ箱生活が新たに始まった。
数ある小説の中から読んでいただきありがとうございます。
誤字、辛口コメント等がありましたら何なりとお申し付けください。
すいませんが更新は不定期です。ご了承いただければ幸いです。