3 戦闘豚エスターちゃん
「人間だぁー! 人間が攻めてきたぞぉー!」
現状を知らせるために一体のオークが村中を駆け巡り、そして叫び散らす。
それに対して私は特に慌てる事無く「なんだ。人間か」と呟き避難するために腰を上げ、スカートとはお世辞にも言えない布切れについた砂を払いのける。
低級魔獣は争いが絶えない。それは戦闘能力が高い人間ともそうだが、他の種族同士でも食料の豊富な土地を巡って争う事もただある。
人間に関しては土地が欲しいのではなく、邪魔者の排除がメインなのだけれども。別に人間に対して悪さを働いている訳じゃないのに、どうしてこうも攻めてくるのか不思議ではあるが。
危機感を毛ほども感じずにトボトボ歩く私だったが、それが過ちだと直ぐに気づくことになった。
なぜならオークの頭部と差ほど変わらない火の玉が誰かの家に直撃し、周囲に響き渡る大音響で爆発した。耐久性の全くない家は見事に崩れ落ち、同時に周囲に悲痛にも似た叫び声が響き渡る。
――あっ、マジ? 魔法使いとか勝てないから!
背中に冷や汗を流して私は駆けた。
こんな時は兵法三十六計逃げるに如かず。いかに前世が勇敢な戦士だろうが、好んで負け戦を挑もうとは思わない。勝てないと思ったらすぐさま撤退。それが前世で学んだ長生きするコツだ。
「エスターちゃん、待ってくれ!」
「待ってぇ~!」
「まてまてぇ~」
えぇい、こんな時に! そう思いなが毎日聞いている声の主を探す。
まさに今から家を飛び出そうとする姉弟の姿――その後方から迫りくる火の玉が視界に入り、私は叫んだ。「伏せろ!」と。
だが私の言葉が通じるよりも早く火の玉は生まれ育った我が家に無残にも着弾し、そして鳴り響く爆音と数秒後に訪れる灼熱の風が頬を撫でる。
十秒ほどだろうか? 私の意識が覚醒するまでそれほどの時間が掛かった。
別に私自身に外傷がある訳ではない。ただ目の前の光景に衝撃を受けた結果、そのように心ここにあらずと言った状況に陥った。
そして思い出したかのように慌てて姉弟達に視線を送ると、爆風で吹き飛ばされたのか目の前で倒れ込んでいた。見た限り外傷があるようにはない。それにホッと一安心する。
仮にも五年も一緒に暮らしてきた姉弟だ。前世で憎いと思ったオークでも、それだけの時間を共有すれば家族にだけは愛着が生まれ、目の前で死なれては後味が悪い。
他のオークに関しては……まぁ、そうだな。特に興味はないし、人間に討たれようが心が乱れる様な事はない。
「ほら、早く立って逃げるよ!」
倒れ込んでいる姉弟を強引に立たせる。おぼつかない足取りだが構わず背中を押して歩かせた。
森まで逃げ込めれば今の姉弟達でも助かる見込みはあるのだが、生憎と森までの距離は一キロほどある。
今は森に逃げ込もうとするオークで溢れかえっているが、それも時間の問題だろう。数が減ればターゲットも絞られ、歩くのも精一杯な姉弟は無残にも……。
その結末を想像して私は大きなため息をついた。
――昔からそうだ。本当に世話の焼ける姉弟達だよ。
最後にそっと姉弟達の背中を押して私は人間に向かって駆けた。
姉弟達が何かを叫んでいるが耳を傾ける事はない。すれ違う村のオークも何事かと振り返るが、やはり我が身が一番なのだろう。人間に向かって駆ける私にとやかく言う者は誰もいない。それが村長の言う村一番のエスターちゃんであっても、だ。
まずは武器が無ければ話にならない。
そのため目についた家に適当に上がり込み周囲を見渡す。そう都合よく武器は見当たらず、次の家、更に次の家、と勝手に入り込むがやはり何もない。
武器を手に逃げたのか、それとも元々武器を所持していないのか、何はともあれ武器が無ければ太刀打ちどころか時間稼ぎにもならい。
困った。
同時に周囲にはオークの影は見当たらない。見えるのは小さくなった背中、後は逃げている途中で魔法に巻き込まれて虫の息の数体のオーク。そして人間の周囲に散乱しているオークの死体。
今は家の陰で私の存在を悟られてはいないが、このままだと時間の問題だ。
――えぇい、仕方がない。こうなったら包丁で特攻でもかけてみるか?
苦し紛れの案だが武器が無い以上は包丁にすがるしかない。
家と草むらの影を移動して人間に見つからないように調べていない家へと向かう。多少の遠回りの末たどり着いた家、それはニコルくんの家だった。
知人の家に勝手に忍び込むのは気が引けるが、今はそうは言っていられない。ギイィっと建て付けの悪いドアが音を上げ、物音を立てないように忍び込む。
「僕の家から出てけええええぇぇぇぇ――って、エスターちゃん? どうしてエスターちゃんがここに? ……あっ、もしかして僕のお嫁さんに!? わーい、わーい、エスターちゃんと結婚だ。わーい、わーい」
今の状況を分かって言っているのであれば、この覇気のないニコルくんはよっぽどの大物だ。それとも救いようのないバカか。
どちらでもいい。あまりの出来事に呆けている暇はない。
それよりも包丁の方が優先、そう思っていたが予定変更だ。なんとニコルくんが斧を持っていたからだ。
これは思わぬ所で武器を発見でき、そのまま無言のままニコルくんから奪い取る。もちろんニコルくんは「メスが斧を持っちゃいけないよ!」と抵抗を見せたが、一発殴ったら流石は軟弱なニコルくんだった。大粒の涙を瞳に浮かべて殴られた頬を摩る。その姿でよく『結婚してくれ』と言えたものだと呆れかえった。
と、まぁニコルくんはどうでもいい。
私は斧を片手に家から飛び出し、草むらに隠れて人間が付近に近寄るまで見守る。
それから程なくして周囲に警戒しながら歩く人間が姿を現し、そして私は斧を片手に個体種スキル『豚の咆哮LV.2』を発動して人間に向かって駆けた。
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