2 スキルアップのエスターちゃん
オークにとって五歳とは成人を意味する大事な年齢であった。
ゴブリンもそうだが短命である低級魔獣は成長が早い。寿命は平均して十五年と短いが、それを補うのが繁殖力と成長速度である。そのため低級魔獣は生後五歳で体つきは完成し、同時に本能から繁殖活動に走るのが一般的とされていた。
そんな記念すべき、私にすれば胃がキリキリする思いだが、何にせよ三つ子の私達は晴れて五歳を迎える事ができた。
「エスターちゃん! 僕と結婚して下さい!」
「エスターちゃん! 俺に美味しい手料理を毎日作ってくれないか?」
「エスターちゃん! 自分と暖かい家庭を築きましょう!」
同時に鬱陶しい出来事も増えたのであった。
――どうしてこうなった!? 私はただ水を汲みに来ただけなのに!?
そう、五歳を迎えて母親から川で水を汲むように言い渡され、こうして川に来たのはいいが、それを見計らってやってきた三体のオークから求婚されたのだった。
ざっと説明すると、右から『お隣の覇気のないニコルくん』『お向かいのおデブちゃんモチくん』『他の村からわざわざやって来たオリバーくん』となっている。
一応は近所の好でニコルくんとモチくんとは面識はあったが、オリバーくんに限っては本日が初面識となる。それでよく求婚を求めたと思うが、低級魔獣にとっては珍しい事ではない。
前世の私もそうだが、低級魔獣にとって繁殖とは神聖な物ではない。息をするように、食事を取るように、排泄をするように、そのぐらいの日常で行われる軽さが繁殖にもある。
そのため初対面でも繁殖行為に走る事は珍しくはないし、それに関して私もとやかく言うつもりはない。
のだが、今回ばかりは事情が違う。
仮に私がオスとして生まれたのなら、相手が憎きオークだろうが本能から彼らと似たような事をやっていただろう。だが私はメスであり、前世はオスとして生涯を全うした身だ。
体はメスでも心は立派なオスの戦士だ。何が嬉しくてオスと繁殖行為をしなければならない。もはや屈辱でしかない。
だから私は大きく息を吸って――。
「あっちにいけえええええぇぇぇぇぇ!!」
と、叫び散らした。
不意な叫びに驚いたのか三体は体を交直させ、次の瞬間には「「「ごめんなさぁーい!」」」と、逃げるようにその場から遠のいていく。
――ふっ、軟弱なやつらめ。
【一定の経験値に到達しました。個体種スキル『豚の咆哮LV.2』に上がりました】
ニンマリと逃げるオークの背中を見つめている時、不意に頭の中に言葉が流れ込む。
どこかで聞いた事のある声に眉をひそめ、私は周囲を見渡すが当たり前だが誰もいない。
そして思い返した。どこで聞いたのかと。
――確か五年前だったか? オークとして生まれ変わった時だったような? そんな気がするような?
だけど核心はなかった。あと少しで思い出せそうなのに、頭にモヤがかかった状態で中々答えが導き出せない。そんなモヤモヤに苛立ちを覚える。
そして同時に生まれる疑問。頭の中に鳴り響いた『個体種スキル豚の咆哮』だ。
詳しくは私も分からないが、いつだったか生命にはスキルが存在すると聞いた事がある。それも種族によって異なると。それが真実ならオーク特有のスキルがレベルアップした事になる。
――えぇい、何でも試してみるに限る! スキル一覧を出してくれ!
……何も起こらず。
言葉に出しても結果は同じだった。
そんなに都合よくいかないのが世の中だと私は肩を落とした。
仕方がないと大人の知恵を借りる事にし、途中だった水汲みをさっさと済ませて帰途についた。
雑な作りの桶なため、所々から漏れる水を手で押さえながら家に到着し、母親の指示通りに大き目な桶に移して課せられた仕事は終了となる。
そして台所で夕食の支度を始めている母親にスキルの事を聞いてみる事にした。もちろんまどろっこしい言い方はしない。何事もストレートに、スマートに聞くのが大人の特権である。
「一つ質問してもいいですか?」
「あら、エスターちゃんが質問って珍しいわね。お母さんに答えられる事なら何でも聞いてちょうだい」
「豚の咆哮ってスキルは何ですか?」
「え? 豚の咆哮? スキル? ん~、ちょっとお母さんには分からないわ。お父さんに聞いてみたらどうかしら?」
――うむ、そうしよう。
「お父さん、豚の咆哮ってスキルは何ですか?」
「豚の咆哮? それって食い物か?」
――えぇい、次だ!
「すいません。豚の咆哮ってスキルは何ですか?」
「ん? 聞いた事ないな。それより僕と――」
――次だ、次!
「すいません。豚の咆哮ってスキルは何ですか?」
「豚の鳴き声かい? そりゃブヒィーだよ。物知りなエスターちゃんでも知らない事があったのかい?」
――何のこれしき!
「すいません。豚の咆哮ってスキルは何ですか?」
「教えて欲しければ俺と結婚――」
――くそがっ!
「すいません。豚の咆哮ってスキルは何ですか?」
「そんな事より僕と一緒に夕食でもどうだい?」
そして私は項垂れた。
すれ違う村人に片っ端らから質問をしてみたが、どれも返ってくる答えはお目当ての回答じゃない。
このままだとモヤモヤが晴れないと私は盛大なため息をついた。
そんな時だった。項垂れる私に影が近寄る。冷やかしなら怒鳴りつけようと顔を上げると、そこには村の村長が杖を片手に立っていた。
村長は低級魔獣にしては長生きで御年十七歳の村一番の長寿であった。
「やぁ、エスターちゃん。豚の咆哮ってスキルを聞き回っているようだね。ワシで良ければ力になるよ」
「もしかして知っているのですか!?」
「そりゃ仮にも村長だからね。ただ歳を食っている訳じゃないよ。それで、豚の咆哮の何を知りたいのかな?」
「知っていることを全て!」
「うんうん。分かったから落ち着いて。まず豚の咆哮とは――」
話が長いので要約するとこうなる。
豚の咆哮とは相手を怯ませる効果があり、豚の捕食とは食事において毒や麻痺等を緩和させる効果がある。
ただどれも効果が分かってもレベルアップの限界値、それにおける効果の向上は判明していないようだった。
――なるほど、それであの三体のオークは怯んでいた訳か。
「どうだい? 力になれたかな?」
「はい! ありがとうございます!」
「いやいや、ワシも村一番のエスターちゃんの力になれて嬉しいよ」
そんな時だった。
村の外れから叫び声が響き渡る。
黒煙が空を染めたのはそれから直ぐの事だった。
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