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12 嵐の前の……エスターちゃん

 ここに宣言しよう。村の戦士とは名ばかりであると。

 私が天狗として生を授かり早一週間ほど経つのだが、その間に私がした事はエレンとの無口デート、ゴブスケと手合わせ、木こりである父親の手伝い、この三つで構成されていた。

 説明するまでもなく無口デートは地獄のようなイベントだった。何を話しかけても返ってくる言葉は簡潔に、それも一言で済まされた。私の心に深刻なダメージを与え、もはやダークな記憶として抹消処分したいほどだった。

 次にゴブスケとの手合わせなのだが、リザードマンを倒したのは本当だったのか、剣術だけを見れば私より遥かな高みへと上り詰めていた。ただ、やはり体格差は勝敗を決める中で大きく左右した。私が体格に有利なおかげで、総合的にみれば中々に良い勝負を繰り広げていた。

 最後に父親の手伝いだが、これの説明は省略しよう。特に変わったイベントもなければ、ただ一日中森の中で木を伐るだけだ。説明のしようがない。


 そんな一週間を過ごした訳だが、本日は暇を持て余していた。

 ゴブスケは居候のポジションにいるため、基本的には父親の手伝いで木を伐りに出かけている事が多く、本日も斧を肩に担いで早朝から仕事に行った。かといって無口のエレンとデートをしたいとも思わない。むしろ遠慮願いたい。

 こんな事なら私も父親の手伝いをすればよかった。そう後悔しても今となっては遅い。その日、その日でポイントを変えているので、今どこで伐採に励んでいるのかさえ分からないからだ。

 そして私は何をする訳でもなくベッドに横たわり、こうして見慣れた天井をただ一点に見つめている訳だ。


 ――うむ、久しぶりにあれでもやるか?


 あまり気が進まないが、生きるためだと割り切ってベッドから立ち上がる。

 あれとはスキル上げの事だ。

 私の数少ない楽しみ――もとい達成感を味わう事ができ、更には己の成長が手に取るように分かる。

 ならなぜ気が進まないのか、その答えは簡単だ。

 毒キノコを食べる事にある。

 毒性があろうが、麻痺性があろうが、幻覚性があろうが、構わず食べなければいけないのだ。いったい誰が好んで自分の体を実験体のように扱わなければならない。それが気の進まない理由だ。

 別に他のスキル上げでもいいのだが、こればかりは他者の視線が気になる。

 仮にオークの時に獲得した『豚の咆哮』のスキル上げをしようと試みる。それはつまり叫び散らさないといけない訳で、理由を知らない第三者からすれば、私の背中は恐怖の象徴でしかない。

 スライムの『自動修復』もそうだ。自室で体を切り刻んだ息子の姿を見た親は何を感じる? 想像しただけでゾッとする。

 そんな訳で私がチョイスしたのが『豚の捕食』だ。これなら仮に見られたとしても心理的ダメージは少ない。ただ少し他の天狗より食いしん坊なのだと勘違いされるだけ……だよね? 危ない天狗だと思われないよね?

 不安しか残らないが、これもまた生きるためだ。多少の犠牲は背に腹は代えられない。それに何を思われても現世だけだし、それなりに我慢はできる。

 最後に「よしっ!」と意気込みを口に出し、試練の時に獲得した片手剣と上級回復薬(ハイポーション)を手にして部屋から飛び出す。

 武装した息子の姿に母親は「エスターちゃん? そんな格好をして何するの?」と心配されたが、今から毒キノコを食べにとは口が滑っても言えない。「ちょっとウサギ狩り」と嘘を付いて逃げるように玄関のドアを開けたのだが――。


「どこ、行くの?」


 わぉ、なんとそこには無口のエレンが立っているではないか。

 はて? いったいなぜ?

 私が疑問を問いかける前に無口のエレンが先に口を開く。


「遊びに、きた」

 ――何の罰ゲームだよ! えぇい、どうする私! この地獄をどう打破する!?

「……迷惑?」


 相変わらず無表情で何を考えているか分からないが、その答えは声音が教えてくれた。ショックを受けた、と。

 そんな声音をされたらお手上げだ。


「ちょっとビックリしただけさ。迷惑だなんてとんでもない」

「そう、良かったわ」

「それで、遊びに来たって具体的に何を?」

「考えて、ない。……エスターちゃん、それは、なに?」


 私が握りしめている片手剣を指さす。

 はてさて、どう説明したらいいものか。実際のところ、村長によって知りえた情報――【輪廻転生】のスキルで蘇りを繰り返している事は、無口のエレンだってその場に居合わせて知っているし、今からスキル上げに行くと伝えても問題はない。

 そう、問題はないのだが、私が発狂している姿を見せる訳にはいかない。恋が冷めるとか甘酸っぱい理由が……もとよりそのような感情はないのだが、それでも見られて気持ちいい物ではない。


 ――えぇい、その前に移動だ! 母親に見つかって面倒になっては収集がつかん!


 そうと決まれば行動あるのみ。

 無口のエレンの腕を掴んで「ちょっと移動しようか」と告げ、玄関先からエスケープする。

 十分に家から離れて辺りを見渡す。

 キョロキョロ。

 誰もいないのを確認し、ようやく安堵の息を吐いた。


「エスターちゃん、痛いわ」

「あっ、ごめん。それで、何の話だっけ?」

「それ、どうしたの?」

「あぁ、これかい? ちょっと訓練でもしようかと思ってね」


 嘘ではない。

 今の私だと毒キノコさえ訓練の一環なのだ。命にかかわる地獄の訓練だけどね……。


「そう、行くわ」

「ん? どこにだい?」

「私も、訓練、するわ」

 ――なんと! ……うむ、どうしたものか。ここは素直に毒キノコを食べに行くと伝えてみるか? 後はなし崩しで恥ずかしいアピールをしつつ、お別れに持ち込めば……決まりだな。よし!

「……いや、ね。実は今からスキル上げに行こうと思って……。それで毒キノコを食べに行くのだけど……」

「そう、行くわ」

「……ほら、毒キノコだよ? もしかしたら幻覚を見て暴れる――」

「そのぐらい、大丈夫よ」

「……そんな姿を見られたら恥ずかしいでしょ? だからさ――」

「私、迷惑?」

「……一緒に行こうか」

「えぇ、一緒よ」


 私の作戦は見事に裏目へと突き進み、こうして今日は少し口達者なエレンと共に森へと移動した。

 そして同時に心身ともに地獄ともいえる訓練の幕開けでもあった。

 私が毒性のキノコを食べて苦しんでいる姿をジッと見つめるエレン。

 私が麻痺性のキノコを食べて動けなくなっていれば、私の横で昼寝を堪能するエレン。

 私が幻覚性のキノコを食べれば――こればかりはエレンの反応は分からないが、きっと怖かったに違いない。


 食した毒キノコの数、優に百を超えた時だった。待ち望んでいた待望の声が頭に響き渡る。そして色々な物を犠牲にし、一日と長い時間を使い果たして私は成し遂げた。

 

【一定の経験値に到達しました。個体種スキル『豚の捕食LV.10』に上がりました】

【一定のレベルに到達しました。個体種スキル『豚の捕食』が『暴食』に派生しました】


 同時に誓う。もう二度とエレンとはスキル上げをしない、と。

うぉー!

無口のエレンちゃんが可愛く感じてきた!


数ある小説の中から読んでいただきありがとうございます。

誤字、辛口コメント等がありましたら何なりとお申し付けください。

すいませんが更新は不定期です。ご了承いただければ幸いです。

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