11 ヒロインちゃん?とエスターちゃん
――はぁ。……どうしてこうなった。
何度目かになるため息を心の中で吐き出し、私と対峙するエレンに視線を向ける。私の心境とは打って変わり、目の前のエレンは実に堂々と私を見据えていた。
その視線から逃れるように、こうなった現況の犯人である村長を盗み見る。
村長は何を考えているか分からない笑みを浮かべ、私とエレンを交互に見つめ「ワシの孫はどうじゃ? 美人だろ?」と、投げかけてきた。
美人かどうかは私には分からないが、ここは話を合わせるべきだと「ええ、とても」と簡潔に返事を済ませ、何度目かになるため息を心に吐き出す。
事の発端は早朝に行われた試練の発表にさかのぼる。
あの時に村長から「後でワシの家にまで来なさい」と言いつけられ、無視をする訳にもいかず昼食後に村長の自宅に足を運んだ。
てっきり会話の最後に出てきた『……ほう、これはまた面白い!』に対する疑念を私に問いかけてくるのかと思ったが、それは私の勘違いだった。いや、もしかしたら問いかけてくるかもしれないが、今のところは特に何も聞いてくる素振りは無い。
それどころか村長と共に私を出迎えたのは、試練に参加した唯一のメスであるエレンだった。
まずそこに驚いたのだが、まだ続きがある。いったいどういった狙いなのか、出迎えと共に通された部屋に居座った。始めこそは村長と対峙する勇気がなかったし、会話も弾みそうにないと歓迎したが、結果は真逆として私に返ってくるのであった。
元々から無口なのか、はたまた私に興味がなく嫌々同席しているのか、理由は定かではないのだが、何せエレンは全く喋ろうとしない。たまに村長に相槌を打つ程度で、それ以外の言葉は未だに聞いていない。
そんなエレンと対峙して座ってみれば私の気持ちも分かると思うが、ただただ気まずい空気だけが辺りに漂い、その度に私のストレスは高まっていく。
そして今に至るのだが、そんなエレンに対して私は苦手意識を芽生えさせていた。
理由はどうあれ喋らないのは隅に置くとして、それよりも何を考えているのか分からない瞳が苦手だった。私の外部を見ているのか、それとも私の心を読み取っているのか、その視線の先に何を見つめているのか全く分からなかった。
同時に無表情にも恐怖さえ感じた。見つめる先に何が映り、それに対してどう思ったのか。それを表情にも出さずに内に何を秘めているのか。
疑問が疑心へと変わり、疑心が恐怖へと移り変わる。それがエレンの視線に乗っかり私へと向けられる。
これほどの恐怖を味わった事が今まであっただろうか?
いや、あるはずがない。エレンの視線は恐怖を超越し、一種の精神攻撃だった。物理的な恐怖は今までに何度もあったが、内から侵される攻撃は生まれて初めての経験だ。
それは無色透明に対する恐怖とも言ってもいい。
いかに優れた戦士でも他人からの視線からは逃れる事が出来ない。他者が自分に対して抱く評価や思いは、時として何よりも優先される事項へと移り変わる。
そう、いかなる人物でも他人の瞳からは逃れる事は出来ない。まさしく今の私がそうであるように。
「どうか、した?」
私の心境を見透かしたようにエレンは口を開いた。
お世辞にも達者とは言い難い間の開け方なのだが、それを帳消しにするほどエレンの声には不思議と魅了された。今までの恐怖すら感じさせないほどに。
そして私は納得した。
エレンという人物は己の意志を表に出すのが苦手なのだと。その証拠に発せられた声音はどこか心配の色が伺えた。ただ無口なうえに無表情がそれを妨害し、恐怖の種を私自身が自らに植えつけたに過ぎなかった。
つまり元からエレンは土俵にすら立っておらず、私の独り相撲で自爆しただけなのだ。
私がゴブリン時代の先代だった村長は『時として結果は思わぬ勘違いである』と口を酸っぱくして言っていたが、今なら分かるような気がする。
そしてエレンに対して悪い事をしたと反省する。
「……いえ、何でもありません。気にしないで下さい」
「そう、分かったわ」
「うむ、和んできた様じゃのぅ。そろそろ本題へと移ろうと思う」
――はっ? 今の会話で和んだと捉えていいのか? 私にはそうとは感じ取れなかったが……。
「ただの言葉の綾じゃ。深く考えん事じゃ。……それで本題なのじゃが、どうじゃ? ワシの孫と結婚するつもりはないか?」
いったい何を言っているのか私には理解ができなかった。
結婚? 私とエレンが結婚?
出会って数時間しか経っていないのに、村長は何を考えているのだろうか。はっきり言って正気の沙汰とは思えない。
仮にこれがゴブリンやオークなどの下級魔獣なら話は分かる。だが天狗は寿命も長い中級魔獣で、下級魔獣との結婚における意味合いも違ってくる。それこそ神聖な行事だと理解していた。
それなのにどこの馬の骨とも分からない私に、孫とはいえ身内を預けていいのだろうか?
答えは否。いいはずがない。
「……理由を聞かせてもらってもいいですか?」
「理由と、な? 強いて言えばお主のスキル。とでも言えば分かるかのぅ?」
――つまり特殊な体質の種が欲しい訳か。
「おっと、勘違いするなよ。別にお主の種が欲しい訳じゃない。お主には我が家系を守って欲しいのじゃ」
「家系……ですか?」
「そうじゃ。先に説明した通り、近い将来にエルフとぶつかるだろう……。結果は誰にも分からないが、それでも大勢の同族が死ぬことになるだろうな……。そこにお主の登場じゃ。その【輪廻転生】とか言うスキルの内容までは分からないが、それでもただならぬスキルだと感じ取った。おおむね蘇りと言ったところかのぅ? お主なら分かるはずじゃ。どうじゃ、正解か?」
村長の質問に私は肩をすくめて答えた。
自分の推測が正しかったのがよほど嬉しかったのか、村長は満足そうに何度も頷く。
それにしても蘇りの原因が【輪廻転生】のスキルだったとは私としても思わぬ収穫だった。今まで何かあるとは思ってはいたが、その原因がスキルにあったとは今まで露程も感じていなかった。
だとすると、村長は前世が何だったのかも知っているはずだ。それを踏まえて結婚を持ち込むとは、よほど家系を守り抜きたいのだろう。
「それで、孫と結婚してくれるのか?」
「その前にエレンさんは納得しているのですか?」
「……私は、構わない」
「だ、そうじゃ。後はお主の返事を聞くだけじゃ」
「……少し考える時間をもらってもいいですか?」
「ほぅ、ワシの孫だと不服じゃと?」
――どうしてそうなる!? それを言ってしまったら強制になるじゃないか! このタヌキジジイが!
「……いえ、決してそのような事はありません。私には恐れ多いと言っているのです」
「なに、気にするな。……じゃが、ワシも早まったのは事実。それではこうしよう。取り敢えず婚約者としてから始めようかのぅ。それならお主も少しは気が楽になるってものじゃ」
「……分かりました」
「うむ、今日はめでたい日じゃ!」
こうして私とエレンは婚約者――いや、結婚が決まった瞬間であった。
そして最後に何度目かの大きな、とても大きなため息を吐き出した。
ようやくヒロインちゃんの登場でしょうか?
それは私にも分かりません!(え
数ある小説の中から読んでいただきありがとうございます。
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