10 試練の全貌とエスターちゃん
試練と言う名の洞窟から生還して二日後の朝。
その日は朝から慌ただしく動き回っていた。まずフカフカのベッドで睡眠を楽しんでいた私とゴブスケは両親に叩き起こされ、テキパキと身の支度を済ませ、二日前の降り立った洞窟の入口へと出向くことになった。
理由は聞いていないが、両親のピリピリした雰囲気に何かが起こったのだと察し、ただただ言われるがまま両親の後を追った。
程なくして到着した入り口には既に何十名もの天狗が集まり、静まり返ったその場に泣きじゃくる声だけが響き渡る。それだけで何が起こったのか大よその想像はついた。
「……今回も全員が生還できなかったようだな」
ボソッと父親は呟いた。
つまり試練で死者が出たようだ。
当たり前だろう。いかに『かませ犬』を用意しても所詮は赤子に過ぎない。いかに自我が発達していても戦闘のセンスとは別物だ。弱肉強食の世界で格下のゴブリンであっても負けるときは負けるし、むしろ初めての戦闘にソルジャーゴブリンを採用するのは酷とも言える。
父親は周囲の垣となっている天狗を掻い潜り、輪の中心へと向かった。私とゴブスケも後を追うと、そこには無残にも切り刻まれたオスの天狗が横たわっていた。既に死んでから時間が経っているのか、頬についた血は固まり黒く変色していた。
そのオスの天狗を囲むように二名の天狗が抱きしめるように涙を流す。説明されなくても分かった。ゴブリンに殺された息子とその両親だろう。
だが次の瞬間には表情を強張らせ、嫌悪の眼差しへと変わる。
私達の登場によるものだ。いや、正しくはゴブスケの登場によるものである。それを感じ取ったゴブスケも私の後ろに隠れ、そのまま難を逃れようとする。
私はそれでも構わないが、本当にゴブスケは私に忠誠を誓ったのだろうか? 私を盾に使うあたり疑問に思う。
「貴様が! 貴様さえいなければ! ……うちの子は……」
殺されなかったのか?
いや、違う。誰かに当たり散らしたい気持ちも分かるが、むしろゴブスケ――ゴブリンこそが被害者なのだ。天狗の都合により無理やり連れてこられ、そして『かませ犬』として短い命を粗末に扱われる。
場の空気や両親のメンツもある。思っていても口にはしないが、不愉快な気持ちへとさせられた。
だが周囲は違った。息子を殺された両親の言葉に乗せられてヤジを放つ。やれ「始末しろ!」だの、やれ「気持ち悪い」だの。言葉が通じないゴブスケであっても、流石に視線の中心にいる事で自分に発せられている物だと悟り、恐縮して私の服を摘まむのだった。
いかに勇敢なソルジャーゴブリンであっても、数の暴力には何の意味も持たない。その手は震えており、何も出来ない私はただ唇を噛みしめるしかなかった。
悔しい。その思いで拳を握りしめた時だった。
「静まれ!」
深くしゃがれた声が響き渡る。
同時に天狗の垣は左右に分かれ次々に頭を下げる。いつしか父親も頭を下げ、私もそれに続いて頭を下げる。そしてチラリとその先を盗み見ると、そこには杖を片手に背中を折った年老いた天狗の姿があった。
左右に仕えるオスの天狗も見るからに体格が大きく、それでいて自信にあふれた表情で頭を下げる天狗を一瞥していた。
「頭を上げても良いぞ。……ふむ、今回は一名の犠牲者が出たようだな。実に残念じゃ……。そしてお前が噂のエスターか? ゴブリンを仕えて試練を終えたと聞いたが、まことのようじゃ。どれ、顔を上げなさい。……ほう、これはまた面白い!」
いったい何が面白いのか年老いた天狗――村長は高笑いして私の背中を何度も叩く。
そんな姿の村長が珍しいのか、父親も含めてその場にいる天狗は目を見開き、呆気に取られていた。そして続けて「後でワシの家にまで来なさい」と言い放つ。
面倒事は避けたい私だが、ゴブリンの世界でも村長の言う事は絶対だ。どれだけ嫌でも従わなければ後が怖い。
私は「はい、分かりました」と短く答えて再び頭を下げる。
「さて、皆の衆! 今回の試練では一名の犠牲者が出たが、残りは無事に生還したようで何よりじゃ。それでは儀式の成功者はワシの前に集まれ」
村長の号令に周囲から数名の天狗が集まり、私を含めた三名が村長の前に整列する。割合はオスが二名、メスが一名となっている。
「ふむ、他の者も良い表情をしておる。今年の試練は実に粒ぞろいのようじゃ。……さて、既に両親から試練の意味を聞いていると思うが、ワシの方から再び説明をする。と、その前にワシの方から成功者の自己紹介でもするとしよう。まず試練をたった小一時間で完走したエスター。その才能だけでも類を見ないのだが、ゴブリンまでも仕えさせるとは恐れ入った。彼こそ間違いなく村を――ゆくゆくは天狗を導く者だと信じておる。今後とも同族の為にも精を尽くしてくれ」
「はい、分かりました」
「ふむ。次にエスターには及ばずとも、それでも一日で試練を完走したブルッケン。何も恥じる事はない。お前も十分に優秀な方じゃ。腐ることなく今後とも精進するように心がけなさい」
「恐縮でございます」
「最後に唯一のメスじゃ。オスと何ら大差ない勇敢な心の持ち主、エレンじゃ。メスで完走したのは実に何年ぶりじゃろうか? どうあれ見事じゃ」
「ありがとうございます」
村長からの自己紹介が終わり、私は横に並ぶ同期の二名を盗み見る。
正直に言うと、オスは見た目の違いがあまりない。オークの時もそうだったが、ぶっちゃけると私には見分けはついていない。大袈裟に言ってしまえば、村長と私の父親さえ似ていると思っている。
きっと前世のゴブリンだった影響が大きいのだろう。つまり雑なゴブリンの目線では、多少の違いはあってない物だと頭が認識するのだ。
だがメスに関しては違う。オークとは違い個々のパーツがはっきりとしている。目の大きさにしても、鼻の高さにしても、肌の色にしても、様々な違いが私にも分かった。
だが違いが分かったとしても、それが整っているのかは私には分からない。
こればかりは美的センスなのだろう。かくゆう私の原点はゴブリンであり、美とは無縁のゴブリンに何が美しいのかは区別がつかない。
それは横に立っているエレンにしても同じだ。クリッとした目立ちが可愛いと言えば、そんな気もする。色白の肌が清楚な印象を与えると言えば、そう思えなくもない。シュッとした輪郭が美しいと言えば、納得するかもしれない。
つまりエレンが美しいかは私には分からないし、だからと言って差ほどの興味も湧いてこない。ただあの試練を突破した勇敢な姿勢は評価に値する。村長ではないが、実に見事だと私も思った。
「ふむ。それでは話を戻すとしよう。お主らが試練を受けたのは両親の希望なのだが……まぁ、それはどうでもよいか。単刀直入に言うが、お主らは本日より晴れて村の戦士としてワシに仕える事となる。なに、そう堅苦しい物ではない。迫りくるエルフとの戦争で民衆を指揮し、皆を率いて最前線で戦うだけじゃ。同族の為に戦えるのじゃ、これほど名誉な事はなかろう?」
――はい? こいつ今なんて言った? エルフと戦争? その最前線で戦え? おいおい、冗談が過ぎるだろう……。それに二日前に父親は『私の為』だと言ったが、どこにその要素がある? あきらかに逆だろう!
「ふむ、あまり納得していない表情だのぅ。だが心配しなくても大丈夫じゃ。しっかりと褒美も用意してある。もちろん無事に生還できたら、の話だがのぅ」
いや、別に褒美とか要らないから戦士を抜けさせてほしい。今の生活だけでも私的には十分に褒美の部類に入るし、この生活に慣れたら低級魔獣の生活は送れそうにない。
そんな私の心境を察したのか村長は「もちろん拒否権はない。既にお主ら三名は戦士なのだから」と、釘を刺された。
その言葉にどっと嫌な予感が背中を走り、心の中で自分の意志とは関係なく話を進めた両親に馬頭を浴びせるのであった。
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