9 天狗村とエスターちゃん
たっぷりと両親が満足するまで抱き着かれた後、私とゴブスケは我が家へ移動した。
当初はゴブスケの存在に眉をしかめる両親とその場に居合わせた天狗だったが、私の一言「彼は友達だ」で処分されずに難を逃れる事となった。ただ意思の疎通を図れるのは私だけのようで、他の天狗から「さっさと始末しろ!」とヤジが飛んで一触即発にまで発展したが、それだけで誰かが始末しようと動く者はいなかった。
たかだかゴブリンと侮っているのか、それとも他の理由があるのかは分からないが、何にせよゴブスケが無事でホッとした。
流石に忠誠を誓わせて用が済んだから始末されるのは後味が悪いし、何よりゴブスケとの決着も残っている。それまでは何が何でもゴブスケを守り抜かなければ、誇り高いソルジャーゴブリンとしての名誉に傷がつく。
それはそうと、天狗の暮らしは前世の不衛生な村とは比べ物にならないほど発展していた。
我が家に向かう道中もそうだが、まず何より排泄物が落ちていない。これはゴブリンの中でも綺麗好きだった私には非常にありがたい。
それだけでも高ポイントなのだが、道行く家々も格の違いを見せつけられた。
ゴブリンにしてもオークにしても、お世辞にも家とは言えない作りをしていた。ちょっと雨が降れば雨漏りし、ちょっと誰かが暴れれば壁に穴が開き、ちょっと他種族と戦闘を行えば家は倒壊していた。それほど脆かった家に住んでいた前世なのだが、今は違う。
まず家の素材でレンガを使用していた。
魔獣を批判するつもりはないが、それでもたかだか魔獣である。そんな魔獣が頭脳にだけ特化した人間と同じようにレンガを作り出し、それで家を作るなど前世の私には想像すらしていなかった。いや、できるはずがない。
それだけじゃない。前世の私達は武器の調達は請負人からの追い剥ぎが主流だった。だがここではどうだろう? 何と自ら鉱石を溶解して武器を作っているではないか。
これはまさに魔獣界の革命と言っても差し支えないほどだ。
天狗は賢いと思ってはいたが、まさかここまで発展をしているとは誰が思う? きっと道行くゴブリンに教えても誰も信じてはくれないだろう。
もちろんゴブスケも私同様に目を丸くしていた。そして感じただろう。隙あれば逃げだろうと思った考えが安易であったと。こうなってはゴブスケとは一蓮托生だ。私だけをこんな未知の世界に置き去りを食らう訳にはいかない。仲良く道ずれだ。
そして話は戻すが、最後に我が家の中なのだが、これもまた衝撃だった。
初めに目を奪われたのが、家の中に明かりがある事だった。今までは家の耐久性もそうだが、何よりランタンなど高級品は請負人からの追い剥ぎでしか獲得できなかった。そんな高級品が我が家には無数に配置され、そこから照らされる温かみのある明かりで部屋中に光が充満していた。
そして個人の家にトイレと風呂が備わっていた。正確にはトイレモドキと風呂モドキなのだが、それでも大発明なのには変わりない。
なぜモドキなのか、それは基本的に魔法を使用するからであった。トイレに関しては魔法陣の上で排泄すると排泄物が一か所に集まる……らしい。風呂に関しては魔法を使用して水を出現させ、炎を使用して温度調節をする……らしい。
ここまで技術が発展した事に驚きより先に、今の私には理解ができず呆気にとられた。
全てにおいて、ただただ『凄い』の一言に尽きる。それ以上の感想は出てこない。
「さぁ、エスターちゃん。お話の前にご飯でも食べない? えっと……エスターちゃんのお友達のお口にも合えばいいのだけども……」
「確かに……。ゴブリンって普段は何を食べているのだろうな?」
そして出される料理の数々。
もう何も驚かないと思っていたが、そんな事はなかった。
今日は祭りなのか? それが私の感想だ。
どれも今まで見た事のない料理だが、漂う香りと飾りつけで分かる。これはとてつもなく美味しいと。
恐る恐る出された料理を口に運び――私の口元は緩み切った。頬が落ちるとはこの事だろう。
スープ一つにしてもゴロゴロの野菜と何かの肉。噛めば噛むほど味が染み出し、得体のしれない丸くてフワフワした食べ物も絶品だった。今までの食事が否定された瞬間でもあった。
ゴブスケも同じ思いなのか、それはもう一心不乱に目の前の食事にかぶりついていた。
「あらあら、気に入ってもらえたようでお母さん嬉しいわ」
そんな私達を現世の母親は嬉しそうに目を細めて見守っていた。
ちなみに天狗のメスはオスの様に魔獣っぽくない。強いて言えば人間に近いだろうか。肌の色は黄色に近く、鼻だってオスほど長くはない。ただ尖がった耳と背中に生える漆黒の翼だけは天狗を沸騰させた。そう、例えるなら人間に翼を生やし、鼻をほんの少し伸ばしただけといった所だろうか。
そして口元を綻ばせた食事は瞬く間に終わりを告げ、非常に名残惜しいようだが父親が話を切り出した事により私の思考はそちらに向いた。
「それで、エスター。きっと混乱していると思うから説明をさせてもらう。まず、エスターも気づいていると思うが、赤子のお前に成長促進の魔法をかけた。本来なら生後間もないはずのお前だが、成長促進の魔法により体の成長どころか自我の発達までも成人と何ら変わらない。そんな赤子と変わらないお前を、それも洞窟に放り込んだ事に関しては申し訳ないと思う。だが俺達を責めないでほしい。これもエスターの事を願っての試練なのだから……」
後の言葉が見当たらないのか黙り込む父親。
なるほど、成長促進の魔法は私の予想した通りであった。同時に他者の意志を乗っ取った訳じゃなくなった事となり、私はホッと安堵した。
そして黙り込む父親を見かねた母親は口を開いた。
「それにしてもエスターちゃんは凄いわ! こんなに早く試練を終えた子なんて見た事も聞いた事もないわ。しかも試練のゴブリンとまでお友達になるなんて……なんだか夢みたいだわ」
「あぁ、本当にエスターは凄い。凄すぎて未だに信じられないよ。どれだけ優秀でも一日は戻らないのに、それを小一時間とは恐れ入った。父親として鼻が高いよ」
「まぁお父さんったら。元々鼻は高いでしょう?」
「はっはっは、それもそうだ」
本当に誇らしそうに両親は笑い合い、そして『試練』の全貌は聞けずじまいとなった。
まぁ別に無理して聞くほどの事でもない。気にならないと言えば嘘になるが、何事もタイミングって物がある。それがまさに今なのだが、言葉を探す父親から問い詰めるのも違うと思う。ここはじっくりと腰を据えて待つことにしよう。
そう思ったが、意外にも早く事の真相は明かされることとなった。
それは私が洞窟から生還した二日後の事となるのだが、同時に衝撃の事実を突きつけられる事にもなった。
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