7 洞窟とエスターちゃん(1)
ピチャン……ピチャン……。
どれだけ歩いても変化のない洞窟に道に足を踏み入れて、果たしてどれぐらい経っただろうか?
十分? 三十分? 一時間?
何もない洞窟をただ歩いているため、どれが正解なのか今の私には判断がつかない。本当はもっと短いかもしれないし、もっと長いかもしれない。だけどそう思わせないのは、時刻と無縁の洞窟が織りなす罠なのかもしれない。
そんな洞窟に私はイライラしていた。
規則正しく落ちる水滴、薄暗く先が見えない通路、変化のない内部、緊張感や警戒心を張り巡らせた疲れ、何よりも情報の乏しさ。全てが私の癇にさわった。
――それが狙いなのか?
ふと私はそんな事を思った。
だが前世がゴブリンやオーク、スライムだった私に彼ら――天狗が本来なら生後間もない赤子に対し、このような試練を与える意味が分からず考えを打ち切る。
どのような理由があるにしろ、天狗は中級魔獣であり頭が良い。そんな天狗が意味もなく洞窟に放り込むとは到底思えない。きっと今の私には想像もつかない理由があるに違いない。
それから直ぐの事だった。
私の心境を察したのか、たまたまの偶然なのか、今までの薄暗い通路とは一変して広く明るい広間へと出たのだが、ホッと一息つく間もなく警戒心を上げた。
なぜなら広間には一体のゴブリン、それも上位種のソルジャーゴブリンが錆びた短剣を片手にウロウロとしていたからだ。
――こりゃ武器が必要な訳だ。そもそも赤子であるはずの私に対応できるとでも思ったのか? 天狗って思いのほか頭が良くないのか? それとも赤子でも相手にできるほど天狗の潜在能力は高いのか? ……うむ、どうあれ意味のない戦闘は避けたいところだ。
そうと決まれば話は早い。
本来なら意思の疎通は叶わないはずの他種族だが、生憎と私の前世はゴブリンでそれを可能とする。それがプライドの高いソルジャーゴブリンでも関係ない。
まず初めに確実に警戒されるだろう。だが姿を見た途端に襲い掛かるほど血の気の多い種族ではない。現に私もそうだったし、他のソルジャーゴブリンも同じ事が言えた。襲い掛かる時、それは意思の疎通が図れなくて互いに混乱状態に陥り。自身の命を守るために襲い掛かる。
その前世の経験を元に私は堂々とソルジャーゴブリンに歩み寄る。
「……ひっ! お、お前は誰だ!? 俺は誇り高いソルジャーゴブリンだ! それ以上こちらに近づくと命はないと思え!」
「待て、少し落ち着け。私は敵ではない」
「嘘を吐くな! お前ら天狗は俺達を襲って連れ去ったじゃないか!」
「俺達? お前の他にもソルジャーゴブリンがいるのか?」
「くっ、白々しい事を! それよりも、だ。どうして天狗のお前がゴブリンの言葉を話すことができる!?」
「うむ。信じるとは到底思えないが……まぁいい。私の前世はお前と同じソルジャーゴブリンだ。ちなみにこう見えて、今の私は生まれて間もない赤子の天狗だったりするのだよ」
「はっ、何を言うと思えば……。どうせ天狗が得意とする幻術の類だろう? 見え透いた嘘は俺には通用しない!」
うむ。混乱状態に陥っている彼と意志の疎通を図るのは厳しいようだ。
こうなれば致し方が無い。あまり乗り気ではないが、やはり剣を交えて私に忠誠を誓わせるしかないだろう。
先に説明した通りにソルジャーゴブリンはプライドこそ高いが、己こそが一番と言う訳でもない。今から私が持ちかける決闘により上下関係がはっきりとしたのなら、他種族である私に忠誠を誓う事もある。
もちろんギリギリで勝つ程度の僅差だと意味はない。圧倒的に、相手との力量差がはっきりと分かったうえで、だ。
――だが、それは可能なのか? 剣術なら似たような腕だろう。それ以外で比べると……より整った体格の私が有利な点しか見当たらない。そもそも戦いから遠のいた私に勝てる相手なのか? うむ、これは……っていかん! 私が怖気づいてどうする? ここは勝つ! それでいいではないか!
「おい! 突然黙るなよ!」
「あぁ、すまん。少し考え事をしていた。それで、私から提案があるのだが、話を聞くだけでも耳を傾けてみないか?」
「提案だと? 俺を連れ去った天狗が何を言っている?」
「うむ。確かに私は天狗だが、お前の知る天狗ではない。まぁ、それに関して今はどうでもいい。それで、私の話を聞いてくれるのか? 聞いてくれないのか? どっちなのかはっきりしてくれ」
「……分かった。取り敢えず話してみろ」
「うむ。……どうだ? 私と決闘でもしないか?」
「はっ、何を言うと思えば決闘だと? お前は誇り高いソルジャーゴブリンに勝てるとでも思っているのか? それともゴブリンだと甘く見ているようなら忠告してやる。俺はリザードマンにも勝った事がある実力者だぜ? それでも俺に決闘を挑むのか?」
――は? ソルジャーゴブリンがリザードマンに勝った……だと? 雲行きが怪しくなってきたような……。もしかして私の剣術より高みにいたりしないよ、な?
非常に不味いのだが、私から提案した事を覆す訳にはいかない。それをやってしまえば彼に舐められて忠誠どころの話でなくなる。
そんな私の心境を察したのか、彼から当初の混乱と怯えは消えさせり、今は口元をニンマリと吊り上げて笑みを作るほど落ち着きを取り戻した。
その姿が私の癇に障り眉をしかめた。そして彼は私に問う「どうした? 決闘は止めるか?」と。
もちろん答えは決まっている。私も誇り高いソルジャーゴブリンであり、今はプライドだけはどの種族よりも高い天狗だ。意志は昔から変わってはいないと思っているが、それでも少なからず天狗として生まれ変わった影響は心を支配する。
きっと以前なら利口な立ち振る舞いをしただろうが、今は時間の経過と共に感情がざわつき、怒りが煮えくり返る。それはプライドを傷つけられた天狗としての影響なのだと思う。
「……お前の言い分だと決闘をしてくれるのだろう? さぁ、私と決闘をしようではないか。もし仮に私が勝ったのならお前は私に忠誠を誓い配下になれ。お前が勝ったのなら好きな事を要求すればいい。どうだ?」
「ふん、いいだろう。俺もそれで構わない。ただ、一つだけ俺から要求する」
「ほう? 言ってみろ」
「純粋な決闘に魔法を持ち込むなよ? 己の剣術のみで勝敗を決める。それが守られないのならお前の提案には乗れない」
「問題ない。お前は信じなかったが、私は赤子の天狗だぞ? 魔法なんて使えるはずがないだろう?」
「はっ、つまらん嘘だな」
「真実なのだが、な。まぁ別にどうでもいい。……それでは始めるとするか」
「弱すぎて俺をガッカリさせるなよ?」
そして互いに武器を構えて決闘の幕が開いた。
当初の思い『圧倒的な勝利』から『ただの勝利』に変更になったのは大きい。それを可能としたのは彼自身が天狗になったからだろう。
心の余裕、そこから生まれる実力差の傲慢、同時に芽生える勝利の確信。それらがなければ勝者の要求を素直に受け入れるとは思えない。
もちろん私も負けるとは微塵にも思っていない。何度も言うが、私は誇り高いソルジャーゴブリンであり、プライドが自慢の天狗だ。勝つことはあっても負ける事は許されない。それがたかが数年しか生きていない低級魔獣ごときが相手だと尚更に、だ。
そして何度目かになる水滴が落ちる音が響いた時、二体が持つ武器――片や研ぎ澄まされた片手剣、片や錆びた短剣が交差する。
水滴の音と吹き通る風の音、それらとは異なった金属音が支配する瞬間でもあった。
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