6 真っ赤な顔のエスターちゃん
【個体種スキル『傲慢LV.1』を獲得しました】
一思いに殺されない恐怖。
何度も苦痛を味わう恐怖。
憤怒の視線を向けられる恐怖。
私は恐怖した。それらの行動や感情を抱いた人間に、それを私に対して向ける事に。
だからだろうか? 三度目の蘇りを成功させ、こうして新たな肉体――天狗として中級魔獣に生まれ変わった時、私は人間に対して報復の感情が芽生えた。
もちろん原因を作ったのは私にあり、それに対しては理解をしているつもりだ。
だが人間が魔獣を襲わなければ、お互いに繰り返される報復がなければ、このような感情も生まれなかっただろう。いわば人間にしても魔獣の私にしても、流れる時間が生んだ被害者なのかもしれない。
今まで感じた事の無かった『報復』の感情が芽生えた原因は中級魔獣にあるのか、それとも魔獣で最もプライドが高い個体種にあるのか、はたまた両方が原因なのか今の私には分からない。ただ以前に低級魔獣と中級魔獣の違いについて聞いた事がある。
なぜ同じ魔獣なのに低級と中級に分かれるのか。その答えは非常に簡単であった。
中級魔獣に求められる条件、それは低級魔獣に乏しい感情や意思がとびぬけて高く、それ故に知能や技術の成長が時代と共に移り変わっている事にある。
一つの余談だが、中級魔獣は長寿と言われている。前世のゴブリンやオークなど低級魔獣は平均して十五年ほどで寿命を迎えるが、それに比べて中級魔獣は最低でも百年は優に生きられるとされている。特定の種族――上位種のハイエルフに関しては千年単位とも言われているが、そこまで長寿の魔獣も珍しいため真実かは誰にも分からない。
だからだろう。
目の前の光景――鏡に映る自身の姿形に驚きの色を隠せないでいた。
――こ、これは……私はどうなっているのだ?
それもそのはずで、繁殖機能が備わっている個体は赤子として生まれるが当たり前である。それなのに目の前の鏡に映る私は成人した姿、それも久しぶりのオスの姿をしていた。
鏡に映る真っ赤な肌色、特徴的な長い鼻、人間の耳と比べて先端が尖った耳、背中から生える漆黒の翼、それらを順繰り見渡す。
やはりどこを見ても赤子とは程遠い成人した天狗のオスがそこに――鏡越しの私がいた。
信じられない姿に何度も見返して十分に観察し終わった後、そこでようやく周囲を見渡した。
まず私がいる場所、それは木造の建物内にいた。
置かれている家具は全人を映し出す鏡のみ。後は出入り口のドアが一つあるだけで、本来ならあっても不思議ではない窓が存在しない。そのため現在の時刻どころか状況を知る情報さえ把握できなかった。
そして情報を得るための唯一の手段であるドアは固く閉ざされ、押しても引いても横にスライドしても、元々ドアが存在しないかのようにビクともしなかった。駄目もとでノックをしても無反応だった。
現在の状況を整理、打破するために私は部屋中を歩きながら思考を巡らせた。
――今回の蘇りは今までと違うのか? それとも何かしらの問題に巻き込まれているのか? うむ……。まっ、どうあれ目先の問題から解決していこう。まずは部屋から出るには……ん?
グルグルと部屋中を歩き回っている時、不意に異色の物が視界に映った。いや、元々そこにあったのかもしれないが、あまりにも小さすぎて気が付くのに時間を要した。
その異色の物とは五センチほどの純白の布切れだった。それを発見できたのは本当に偶然だった。何気なく鏡に視線を移した時に鏡越しにそれが映ったのだ。
すぐさま床から落ちている純白の布切れを拾い上げる。するするっと床の隙間から伸び、当初の五センチほどの布が倍以上の長さへと変わる。
ひらひら。
これは何だ? その疑問を解決する前に、いつまでも靡いている布切れに気が付く。
もしかしたら! その思いを胸に私はそっと壁に手をかけて押してみる。
ギイィっと甲高い音を立ててドアがゆっくりと開かれ――再び驚愕した。
私はてっきり外に出るものだと思っていたが、実際は薄暗い洞窟の内部であった。等間隔にランプが備えられ、風が吹くのと同時にランプから伸びる明かりが揺らめく。
いかに夜目が効く魔獣であっても、薄暗い洞窟の先に何があるのか見る事は出来なかった。それに相俟って風が強まると魔獣の唸り声に似た音が響き、通算ではそこら辺の魔獣より長生きしている私でも不気味さに体が震えた。
私は迷った。
このまま現世の両親が現れるまで部屋に引きこもるか、それとも危険を覚悟で情報を得るために突き進むか。
――その前に、本当に通路はここにしかないのか? 別の隠しドアが存在する可能性がある以上、そちらも視野に入れておく必要があるな。
淡い期待を胸に抱き、私は全面の壁を押してみたりノックをしてみたり調べた。
だが結果は期待外れとして戻ってくる。半ば覚悟はしていたとは言え、この結末にため息が出る。
そして再び薄暗い洞窟と対峙した。
――えぇい! このまま悩んでいても仕方あるまい! 誇り高いソルジャーゴブリンが何を迷う? 危険があっても行くしかなかろう! どうせ死んだ所で蘇るのだから問題は何もない!
色々と吹っ切れた私は実に堂々と洞窟に足を踏み入れる。
突如として部屋のドアが自然に閉まり何をしても開くことはなかったが、それでも構う事はない。何といっても私は誇り高い戦士でありソルジャーゴブリンなのだ。そんな些細な事に動揺をしては笑われるだけだ。
それよりもドアが閉まった途端、どんな原理なのか通路上に武器が置かれた机が出現した。明らかに特定の誰かに試されている気がしてならない。が、ここで尻込みしてはいられない。
それはそうと、武器は全部で三種類ある。
まず弓と矢が二十本ほど入った矢筒、飾り気のない片手剣、二メートルほどあろう長槍の三種類だった。
俺は迷うことなく片手剣を手にし具合を確認し、数度だけ振って感覚を思い出す。
そして一応は残りの武器も手にしようと振り返ったが、もうそこには何も無かった。武器は一つだけ所持が許されている様だ。なんとも親切心がない。
時折聞こえる反響する風、内部に溜まった水滴が落ちる音、それらから発する冷気に体を震わせて、最後に自信の頬を数度叩いて気合を入れなおす。
そして私は何が待ち受けるか分からない洞窟内部に向かって歩き出した。
数ある小説の中から読んでいただきありがとうございます。
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