依頼
小難しい字がつらつらと並んでいた。じっくりと読むにはめまいとの戦いになる。岡田はその書類を市川鳴海にそっと差し出した。
「なによ」
鳴海は怪訝そうに言った。
「仕事だ、君に任せたい」
「もっとマシな言いかたってないの?」
「すまん」
探偵が岡田の仕事だった。探偵といっても、客に呼ばれればどこにでも顔を出す、半ば便利屋の様なものだった。
飼い猫の捜索や浮気調査、時には別れさせ屋に似たこともやった。弁はたたないが、面がまえだけは良かった。
今度の依頼は、遺産調査だった。
依頼者はひと月前に夫を亡くした未亡人から。その姿は四十を前にしている女にしては、あまりに麗しかった。
「ご主人は生前、なかなか羽振りがよかったみたいですね。外の赤いカウンタック、蘇る金狼で松田優作が乗ってたものですよね?いやぁ、まさかこんなところでお目にかかれるなんて、私もついてますよ」
「そうですか、、、、、申し訳ありません、私は車には詳しくなくて、でも、主人もそんなことを言っていた気がします」
デリカシーの無い男
鳴海は岡田をそう言ってたしなめた。
お気になさらずにと、未亡人は笑っていた。
「すいません、早速ですが依頼についてお話を」
鳴海は未亡人に向き直り静かに言った。
「はい、お二人にぜひ捜して欲しいモノがありまして」
「探し物、ですか」
「隠し財産とか?」
「礼央は口を挟まないで。それで奥様、私達は何をお探しすれば」
「その前に、一つだけ約束をお願いします」
「いいですよ」
軽く答える。
「ありがとうございます。約束というのは、依頼内容を聞いたら必ず受けていただくこと、依頼内容を絶対に口外しないことです」
「そんなことなら、お安い御用です。お客様第一の岡田探偵事務所です。必ずお守りしましょう」
きな臭そうな話に、岡田は報酬の額を見ていた。
テーブルの下で指を卑しく数えていた。
「そうですか、安心しました。どの興信所にお頼みしても、このだんかいでいつも断られていたので、、、、、もうお二人しか頼めるところも無かったので、本当に安心しました」
「それは大変でしたね、では改めてご依頼の内容を」
「はい。探して欲しいのは、あの人の、主人の本当の奥様です」
二人とも、面はくらわなかった。これだけの金持ちだ。女の一人や二人、妻以外の人間を囲っていても不思議じゃない。
「わかりました。プライバシーはお守りします。その、本当の奥様について何か手がかりはございますか?」
「それが、一つだけ。他には何もありませんが、一つだけあります」
「その一つだけの手がかりは?」
「そこの窓から山が見えますよね」
「はい、あれももしかしてご主人の土地で?」
「そうです、あの山に主人の本当の奥様が埋まっています」
その言葉に岡田は思わず面くらった。
そして、間髪いれずにお茶をすすった。同様を気とられたくなかった。
「本当の奥様は主人に殺されて、あの山に埋まっているんです」
そう言った未亡人の表情はまるで一枚絵の様に何も映していなかった。
岡田は依頼を受けるとだけ言い、席を立った。
鳴海の声は聞かなかった。