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王の下克上  作者: 生生
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第一話④

  第四章  半正解



「うおおおおおおおおおおおお!」

「なんだよ! 最後の! 全く動かずに返したぞ!?」

「これが神ってやつなのか~!?」

「やっぱ勝てるわけないよな~」

「いやいや、ウチの子も最後は頑張ってたよ」

「さあ、俺らも練習戻んねえと」

「え、ああ。そうだな……」


 というギャラリーの声が遅れて耳に届く。


 俺は一気に力が抜け、気づいたら尻餅をついていた。

 俺はこういう公の場でモタモタするやつが嫌いだ。だから、今こうして尻餅ついてる自分が許せない。

 早く立て、早く立て、と脳内で俺はムチを打つ。


 が、立てない。情けないな。


「お疲れだね。王君」


 いやらしい半笑いを浮かべ、愛仁がネット際まで近づいきた。


「最後のポイントは見事だったよ。スキの大きなスマッシュだからね……。

 たまたまウラ面で返せたけど、そうじゃなかったら取られてた。

 あの全身全霊のスマッシュがとられた、となれば流石にワタクシも焦ったに違いない。色々惜しかったね」

「……」

「今、ワタクシは他県の弱小校に通っている。君も……、まあ似たようなものだ。

 だから君がテニスを再び始めた、と聞いても公式で戦うことは無いのだろうなと思ったんだよ。だから駆けつけた」

「ちょっと待て! 本当に貴様ともあろう人間が、そんな程度の理由でワザワザ出向いたというのか!?」


 と黒蹄先輩が無粋な事を聞く。

 当然だろう。


 黒蹄先輩は愛仁のことを、何かロールプレイングゲームの城から中々動かない魔王のような存在だとでも思ってんだろうか。

 確かに俺からしたらラスボスだけど、それ以前に高校生だぞ? ちょっと神道の家系で全国最強クラスにテニスが上手いだけだ。

 会いたくなった人間に会いにいくのは普通のことなのだ。

 普通の高校生。

 だから愛仁は、黒蹄先輩の質問の意図がイマイチ読み取れず、軽く無視して俺に話し続ける。


「駆けつけて確信した。君は再び頂点へ昇りつめる。

 だから君とはもう、こんな野良試合では戦わない。

 そしてワタクシもインターハイを目指す。インターハイで君を待つ。

 あの全国大会団体戦の翌日行われた個人戦。

 君のいない個人戦を優勝させられた屈辱は、やはり君をそれ以上の舞台で倒すことでしか晴らしようが無いのかもしれない。うん。いいね。君のいる高校テニス。うん。さらに面白くなりそうだ。

 今日はありがとう。失礼したね。皆さんも!

 練習中にご迷惑をおかけしました」

「「いえいえ、そんな」」


 次二郎と邪先輩が揃って応えた。あんなに敵対視してた感じなのにその対応だ。

 素直に謝罪されると拍子抜けするタイプらしい。


 その時! 右手でスマートフォンを愛仁はイジりだし、左手を天へ掲げた!

 すると、今までどこに隠れていたのか、上空に大型のヘリコプターが現れる。

 それは徐々にこのテニスコートに降りてきた。

 だが着地はしない。開いた入口から縄梯子が投げ出され、愛仁の掲げられた左手にピンポイントで吸い込まれていく。

 がっしりと掴んだ愛仁。そのまま身体が浮き始める。


「さらばだ!」


 プロペラが空気を叩きつける無数の音が鳴る中で、愛仁はそう叫び、空の彼方へと消えていった。

 それを唖然とした思いで見るしかない俺。俺だけじゃなくて、蛭女も、黒蹄兄弟も、邪先輩も、そして執事もそうだった。

 置いていかれた執事は、すぐに気を取り直し何も言わずに長い車に乗り込んで、面倒くさそうにバックをさせてから、街へ出て行った。

 嵐は去った。


「ふー!」


 負けたー。

 気持ちよく背伸びをして仰向けに倒れ込む。

 負けた。負けたなあ。負けた。これ以上ないくらいに負けた。

 でも、何もできなかったわけじゃない。

 右腕が壊れても、全国最強クラスを揺さぶることはできたのだ。

 それを実感して、ちょっとニヤける。手が震えだす。希望が見えたのだ。仕方がない。


「王ちゃん!」

「蛭女」


 伸びをしている俺をのぞきこんできたのは蛭女だった。


「反省会しよ!」

「おう。なつかしいな」


 反省会。そういえば中学の頃は試合が終わるたびにしてたっけ。



   *



「で、王ちゃん的にはどうだった?」

「どれから言おうかな。あ、まず天さんに謝りたいことがあったわ」

「ほうほう」

「俺、実はさっきの試合までいじけてたんだよ。

『壁』の練習やらされた時から。『壁』ってさ、下手な奴のその場凌ぎじゃん?

 だから俺の成長に賭けることを諦めて、全国優勝じゃなく地方予選を1回でも多く勝つ方向に移行したのかなたって思ったんだよ

「つまり王ちゃんは全国へ勝ち抜くための練習じゃなくて、予選でちょっと勝つための『壁』を練習させられていた?」


 俺は天さんに聞かれたくなくて、蛭女の口を押さえる。


「でも、それは違った。その場凌ぎの次に先はあった。強い奴と戦うことに成長の鍵がある。

 その場凌ぎで予選を勝ち進み、強い奴と戦って俺は成長しなければならないんだ」

「でも、下手すればすぐにトーナメントが終わりそう」

「先輩方を舐めるな。きっと俺が完成するまでは勝ち続けてくれる」

「あはは。ごめん」

「第六ゲーム。あそこまで成長して戦えたのはこの発想のおかげだった」


 言って、喉の奥が熱くなる。

 一方、蛭女は待ってばかりでしたと言わんばかりの顔で


「そう! 第六ゲーム! あのね、黒蹄先輩が言ってたんだけど、あの最後のポイント、まさに未来のためのその場凌ぎだったんだよね?」

「おお、天さんも気づいていたか」


 やはり天さんは話の分かるやつか。


「あのスマッシュ。運に見放されることなく、返っていれば、得点していれば、仁君はスマッシュを打ち難くなった。

 そうすれば、ボレー対決における王ちゃんの優位性もかなり向上したかもしれないんだってね」

「え?」

「え?」


 俺は思わず聞き返した。天さんは一体何を言っていたのだろう。


「いや、だから、あのワザと打たせた全力のスマッシュを、実はこっそり弱体化させて誘導して、それを止めることによって、速球は効かないことをアピールして、その……、抑止力的な効果を出そうとした……」


 蛭女は天さんの意見をよりわかりやすく俺に伝えようとしている。でも、俺はこう答えることしかできない。


「えっ?」

「はい? ち違うの? わたしもすごい納得してたんだけど」

「なんかその言い方だとまるで俺がが勝つつもりでいたみたいじゃん」

「えーっ!? そうじゃないの!? 将来的に勝つ方法を考えて試合するのと同じくらい、今この試合を全力でやることの重要性に気づいたんじゃないの!? だから一旦はストロークを捨てて、ボレー対決に持ち込んだんじゃないの!?」

「いや、勝つのは無理だろ」


 もう完全に認識違いが起こっている。はっきりと言葉にしないといけない。


「俺の目的は愛仁を下手くそにすることだよ」

「はい?」


 具体的な説明をはじめることにしよう。


「まず愛仁に球の怖さを植え付けた。最後の方で克服したみたいな事言ってたが、あれはストロークに比べてボレーはマシ、と半ば暗示をかけての前進。全然克服できていない。

 多分、ずっと怖いままだったろう。

 無理もない。

 時速150キロ近い速度の球を二メートルに満たない距離で眼球に直撃したのだから。

 そしてスマッシュ。ああ、そもそもスマッシュの認識の違いからこの話になったんだね。

 スマッシュはその人の最高威力、限界点だ。

 そのスマッシュが返されたら、もう威力で押し勝つことは難しいということになる。

 俺は愛仁のスマッシュを愛仁に気づかれないようにこっそり弱体化させた。

 もちろん愛仁は気づいてなく、自分自身の最高のスマッシュを最高に有利なポジションで俺に打ったと思っている。

 しかし、それが俺ごときに綺麗に返されてしまった。

 運良く点は取って勝利したものの、最後の点がそれではプライドも傷がつく。

 これは俺にとっても運がよかった。

 とにかく印象にも残る。試合の最後のポイントというのは忘れたくても忘れられない。

 だから、愛仁は今後、さらにスマッシュの練習をする。

 俺より強い選手はいっぱいいる。

 その殆どにスマッシュの威力が通用しないとなると、その焦りはどんどん大きくなるだろう。

 俺と戦う為にインターハイ本選を決心したようだから、なおさら躍起になるんじゃなか。

 これ以上、上がるハズのないスマッシュの威力を上げようと無理な練習を重ねる。

 でも、そんなことをしたら、却ってフォームが崩れて劣化していく。

 もっとも、本来ならその前に止めるコーチや仲間がいるのだろう。

 しかし、愛仁の話を聞く限り、奴の現在の環境は決して言いとはいえない。

 田舎の弱小校で単に面白い選手がいたから入っただけのようだし、まだ馴染めていないのだろう。

 その証拠に今日のこんな時間から部活をサボって一人で来た。

 あ、執事さんは居たが。でも恐らくマトモなコーチがいない。

 愛仁の暴走を止める仲間がいないのは確実。

 だから愛仁はどんどん悪い練習を積み重ね、どんどんフォームを崩し、どんどん劣化するだろう。

 明日はもっと下手になっているといいな」

「本気で言ってるの? 病気で言ってるの?」


 蛭女のマジメに不思議そうな顔が俺をのぞき込む。


「本気だ!」

「わたし、王ちゃんが何考えてるか、もっと知りたい。ちょっと分析していい?」

「どうぞ」

「中学時代、王ちゃんは最強だったけど、ケガする前から何か不満があったのかな?」


「……! あった。あったぞ! 俺はこんな価値観を持っている沢山の人間にブチ当った。

『とにかく勝て』、『勝てば正義だ』って価値観だ」

「勝利して成功するのは素晴らしいことだよ」

「いいや。勝っちゃいけない人間はいる」

「それが仁君だっていうの?」

「いいや、俺だ」

「えっ」


 蛭女が止まる。


「俺のようなとんでもないザコは勝っちゃいけないのだ。

 中学の頃、俺は全国最強だった。

 二年生の春頃から結構注目されて色んな人と戦った。

 強い人もいっぱいいた。

 その人たちはまだいい。でも、中にはザコのクセにしょうもない努力して、挙句に対俺用の技や戦術を考えて来る奴もいた。

 その人との戦いは凄く苦しかった。

 弱いくせに。

 俺への対策がうまいだけ。

 だから凄いつまらなかった。

 でも負けられなかった。

 プライドが許さないし、第一、その人たちは俺に勝って、その後どうするつもりなのか。

 多分、俺に勝ったその次の試合で負けるんだと思う。

 どれだけ完璧な対策を練っても、データのない人間はいるハズだから。

 となると、彼らはいったい何だったのか。

 ただ優勝候補を潰しただけ。

 そういう人と戦っているウチに俺は負けちゃいけないな、と思うようになった。

 そして、それがやがて相手を勝っちゃいけない人間と見るようになった」


 蛭女は口を挟まない。


「俺は現実世界も同じだと思っている。

 上に行く能力のない人間が努力で実力を偽り下の人間や組織全体に迷惑をかけ自分の首も締める」


 止まらない。


「まだ納得行かないか? じゃあこんな話をしよう。ある試合がありました。

 その試合展開はとても一方的で最後まで見るまでもなく勝者と敗者は明らかでした。

 しかし、試合の終盤、第六ゲームにて劣勢を強いられていた選手にある変化が起こります。

 極度の興奮が見られ、ある種の覚醒のような変化。

 驚異的な反射神経が猛威をふるいます。もうこれまでの劣勢を覆すような勢いでした」

「お、なんか見たことある」

「さて、その第六ゲーム直前。覚醒した彼の飲んだ水筒の水には、いったい何が入ってい

たのでしょう」


「!? まさか……」


 蛭女の筋肉が強ばる。


「カフェイン、エフェドリン、アンフェタミン……、何でもいいけど」

「興奮剤……! ドーピング!?」

「素人の高校生が使っても絶対にバレないしな」

「王ちゃん! いくらなんでもそれは……!」

「落ち着け。冗談だ」

「な! そ、そうなの?」

「まあ、しょうがないよ。気持ちはわかる。

 ドーピングなんて許せないよね。そんな方法で勝っても、誇っちゃダメだよね?

 本当の強さじゃないよね?

 あと健康にも良くないよね? でもね、俺からしたら、努力だってさほど変わりない」


 その時、蛭女が口を開いた。


「お、王ちゃん、スポーツの体罰とかどう思う?」

「スポーツの体罰? 体罰。

 そ、そうだ! その体罰の善し悪しをめぐる議論に俺は疑問がある。

 賛成派の意見は「好きでやっている競技で上手くなるためなら仕方ない」であり、反対派の意見は「体罰をやっても上手くならない。それは下手な指導者が勘違いしているだけ」というのが主流になっている」

「ああ、なるほど。だんだん王ちゃんの言いたいことがわかってきた。そうか。そういうことなんだよね」

「どちらも「上手くなるなら何やってもいい」って考えなのだ。

 結局、後は効果があるか、が議論の中心であり、そして本人がそれをイヤで部活を辞めないのなら後は自己責任として片付けてしまっている。

 おかしいでしょう!」

「……」

「温いんだ。

 どっちも本質がわかっていない。いいか。本質を見ろ。

 体罰の本質は身体を痛めつけて強くなる、だ。

 ドーピングの本質も身体を痛めつけて強くなる、なんだ。

 本質は全く同じ。

 俺はどっちも許せない。本人が苦しんでいるとか関係ない。

 ドーピングが反則として取り締められるのなら、体罰だって反則として取り締まるべきなのだ。

 ズルいんだよ体罰は。体罰が許されるのなら、ドーピングだって許されるべきなんだ。

 でも、それに気づかない人が多い。何故か。そこに具体性がないから」

「その流れに王ちゃんは「努力」まで組み込んでしまうというの?」

「そう。体罰は身の丈に合っていない努力の極端な姿。

 そして、その体罰の本質はドーピングと同程度。

 よって順位を正しく決める上であったはならないもの。

 圧倒的な才覚でトップを突っ走ってきた俺にとって、下々の人間が生み出す全ての行為はドーピングと同じように見えてしまう。

 わかるかな? この俺の怒りが。

 さっき蛭女も俺がドーピングをやっているのでは、と疑って思わず立ち上がるくらいには怒りをこみ上げたハズだ。

 俺にとっては全てが同様のストレッサーとなっているんだよ」

「もういいよ! ありがとう! いっぱい引き出せた。それだね」

「ああ、すまない。気持ちよかった」


 蛭女は一呼吸おいて、


「すっ! すっ! すごいよおおお!

 王ちゃん! こんなバカバカしいこと本気で考えているの!?」


 そう叫んで、俺に飛びついてきた。


「ごめんね! わたし今まで王ちゃんのそういう持論はやっかみで自己の正当化だと思ってた。

 でも、そこまでの怒りを抱いてるならやろう! ぶつけよう! 日本中に!」


 日本中? スケールでかいな。


「わたしは王ちゃんについてくよ!

 たとえそれが良くないことで身を滅ぼすことになっても、ついてくよ!

 王ちゃんが夢中になって打ち込めることが見つかるなら、わたしは何だって嬉しいし、ずっと応援するよ!」

「でも、具体的に日本中にぶつけるってどういうことだよ」

「高校テニスを超つまんなくさせるんだよ!」

「……! そ、そうか! 俺が今日愛仁にやったようなことを、これから何日もかけてじっくり行って、レベルを落として、泥試合に持ち込んで、全国大会をガッカリなものにするんだ!

 そうすれば、日本中が俺を理解してくれる!」

「うん! 王ちゃんをみんなが嫌ってくれるようになれば、それが王ちゃんの正しさの証明になるんだよ!」


 一気に目の前が開けたような気がした。蛭女といれば何だってできる気にもなった。


「俺がやりたかったことは、これだったんだ!

 今までもやもやしてて、うまく言葉にできなくて、だからがむしゃらに動いてきた。

 それがようやくわかったんだ! 蛭女、やるよ! 俺は!」


 2人で確認し合うように目を合わせもう一度言った。


「高校テニスを超つまんなくさせよう」


 そう言ってから2人で笑いあう。


「お~い、何やってんだ?」


 遠くから仲間の呼ぶ声。

 今までもやもやしてたものが言語化され、よりやる気になる。

 さあ、練習しよう。工夫しよう。

 日本中から嫌われてやるんだ。俺が正しいんだ。

 それが今、絶望の淵に立った俺のやりたいこと、やるべきこと。




終わり

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