さよなら、またね
この国には神子がいる。
由緒正しいご大層な歴史を持つ大国であるこの国には建国史にも現れる、それはもう止ん事無き神を崇め奉っていて、それは国の王すらも凌ぐ勢いだ。
そもそも王の戴冠だって神子の許可無しには行えない。まずは偉大なる神の神子にお伺いをたて、許可されて始めて認められる。そして神子自身の手により王冠を授かるのだ。
だからこの国での神子の立場は凄まじく良い。
許されないことなどあるのだろうかってくらいに良い。
敢えて言うのなら自由や一人きりになることぐらいだろうか。
そんな好待遇のわりに神子の仕事は少ない。
毎朝決まった時間に神に祈りを捧げるくらいで特にやることはない。重要な式典、例えば国王の戴冠やら葬儀やら、建国記念日やらぐらいしか役目はないので、ほぼ毎日暇なのだ。
そうなると必然的に大層暇になるわけで。
昔の人は言った。暇は人間の敵であり、人間を腐らせる悪であると。
「それで腐ったのがお前だと?」
「そうそう。だから俺様が腐ったのは暇のせいなのだよ陛下~」
芝居掛かった風に両手を広げてみせれば、冷たい視線が返ってきた。
視線だけで人を凍らせることができるのではないかと思うほど鋭く冷ややかな目の持ち主は、大仰にため息を吐くと疲れたように頬杖をついた。
「お前の性根が腐っているのは生まれた時からだろう。」
「いやいや、俺様の小さい頃知らないでしょ?いい加減なこと言ってると意地悪しちゃうぞ?」
「想像できるぞ、我が儘放題自己中心的天上天下唯我独尊なお前の幼少期がな。あと神官という名のお前の犬共を煽るのは止めろ。地味に面倒なことになるんだ。王家は教会を蔑ろにしてるやなんやと民に責められるんだからな。」
「え~事実じゃん。この前だって海連れてってくれるって約束してたのにすっぽかしてさー。何よ?俺様より優先することあるわけ?ムカッ!みたいな?」
「謀反が起きたのだ。お前の我が儘に付き合っている暇など無かったに決まっているだろう。」
何がムカッ!だ、馬鹿者と呟き、男は俺に手を伸ばし頬にそえた。
「まあよい。お前も暫くは暇でなくなるだろう。仕事をくれてやるんだ感謝しろ。そしてきりきり働け怠け者め。」
「馬鹿者とか怠け者とか酷いなぁ。俺様はこの世に存在してるだけで仕事してんの。」
「ふんっ、大層なことを言う。」
「だって神子様だもん。」
「…しかし、お前のその頭の悪そうな言葉遣いも聞けなくなるとは、感慨深いものだな。」
頬にそえられた手が、撫でるような動きに変わる。
徐にそんな男の手に己の手を重ねるようにしてみた。が、直ぐに手を下ろした。
「うーん微妙。」
「ふん、いかに神子とてただの生きた人間だな。」
「カッチーン!怒るぞ俺様!ただでさえ仕事作っていきやがってさー。あんたのせいで二回立て続けに頑張らなきゃじゃん。」
「日頃仕事をしていないのだからそのくらい働け若人。」
「年中無休で神子やってまーすー!」
馬鹿みたいに下らない言い合いだ。この男とは出会った時から幾度もやり合った。そもそも初対面の時からウマが合わなかったのだと思う。
こいつが王なんてヤダ戴冠認めない、なんて言ってやろうかなーなんて思ったけど、実際こいつしか王の器じゃなかったし渋々頭に王冠を載せてやった。
その後も暇だし相手しに行ってやる度に言い合いになるし、向こうから用も無いのに神殿まで来ても言い合いになるしでこいつの側近とか家臣はいつも顔色青くしてたっけ。やだなぁ流石に神に強請って神罰なんて下させたりしないって、なんてニヤリと言ってやったら一層顔色悪くしてたけど。しかもこいつには殴られるし。俺様にそんな態度とる奴いねーっての。
「しっかし、あんた早すぎ。もっと踏ん張れよ。」
ああ懐かしいな。昨日のことのように思い出せる。
「つか迂闊なんだよな~。俺様言ってやったじゃんあの女はヤダって。」
妻にするとこいつが連れてきた女を見て、内から囁く微かな声のようないつもの予感が言った。この女はこいつのためにならないと。
だから親切に忠告してやったのに、こいつは何を勘違いしたのか頬を赤く染めてちょっと嬉しそうにしてまともに取り合おうとしないし。
「仕方ないだろう、あの時はお前が嫉妬したのかと思ったのだ。…いつも私がしてばかりだったからな。嬉しかった。」
ぽつり、と最後に呟かれた言葉に瞼を軽く伏せる。
こいつが俺との約束を破ることは滅多に無かったけれどその逆は何度もあった。
呼び寄せた癖してそれを忘れて女や男、俺の腰付みたいな神官と遊んでたこともあったし、目の前で他の奴を選んだことだってあった。俺は縛られるのが嫌いだったし、一人じゃ満足いかなかったんだ。皆好きだった。だから皆選んだ。好きなように振る舞った。それが俺には許されていたから。
「あんた、本当に俺のこと好きだったんだな。」
真っ直ぐ目の前の男を見る。
酷いことを沢山した。それでもこいつは俺を愛した。俺の愛を欲した。
そもそも妻を娶ることにしたのも王の責任からだったのだろう。誰でも良かったに違いない。偶然選ばれた女を連れて俺に見せたら嫌がった。それが決め手になった。
ああ、結局これが神が定めた運命とやらだったのだろう。
「ああ、愛していた。ずっと、出会った時から。今も変わらず。」
熱っぽい視線に苦笑して今度は俺から手を伸ばす。
頬に手をそえるように置いた。
「趣味が悪いなー。いや、俺様の魅力が怖いだけかな?」
「趣味が悪いだけだ。私も、お前の周りに侍る者共もな。」
少しだけムッとした表情をする男に、ああこんな状況じゃなかったら押し倒してるのになぁなんて思いながら笑う。
「違いないね。」
少しも感触のない手を滑らせ顎にそえる。
優しく眇められた瞳を見つめながら、そっと唇を寄せる。
触れるだけの口付けに、直ぐに顔を離した。
「忘れないよ、あんたのこと。」
「忘れられない、の間違いではないのか?」
口の端を吊り上げて生意気に笑う男に、こいつは全くしょうがないなぁなんて自分のことは棚に上げて呆れるあまり笑ってしまった。
ああ、残念だ!誠に残念!
「では、そろそろ行くことにする。」
男がふわりと立ち上がり、俺を見下ろす。
高飛車で傲慢なその立ち姿が眩しく見えて、思わず手を伸ばしそうになるが抑える。
引き留めるべきではないのだ。
「ああ、行くといいさ。仕事はしよう。優秀な神子だからね。」
「何が優秀だ生臭神子め。」
最後まで憎まれ口しか叩かないのかこの男は。
「素直じゃないな~もう。」
ふざけたように言えば、思いの外深い色をたたえた瞳が俺を見た。
「一つだけお前に聞きたい。」
はいはい何かな~?言ってみろと目で先を促す。
男は穏やかな表情のまま、両手で俺の頬を挟むようにして触れた。
「お前は寂しく思ってくれるか?」
静かな問いに、俺は動きを止めた。
愛しているか?とかそんな感じのことを聞いてくると思っていたのに。こいつは。
「…ああ。寂しい。」
俺の答えを聞き、男は泣きそうな顔で笑う。
そして次の瞬間、まるで始めから居なかったかのように男の姿は消えた。
幻を見ていたかのような静けさの中、遠くの廊下から数人が慌ただしく足音を立ててやってくる音を耳が拾う。
数十秒、私室の扉がノックされ、震える声が告げた。
「こ、国王陛下が、せ、先刻、崩御されたと…!!」
ああ、忙しくなるなぁ。
・王様の死因とその後
「あの女」こと王妃様が多分病死に見せかけて殺しました。
理由としては反感もってた一派が謀反おこして、その首謀者の娘が生贄みたいに王様に捧げられたから丁度いいやって奥さんにしたけど、案の定彼女は実家に隙みて王様殺して来いって言われてて、なんか色々あって隙できちゃって殺されたよ!的な。多分。
王妃様が殺したんじゃって噂されますが証拠は出ず、彼女は出家して神殿に来ます。
王家は分家が継ぐことになりますが、王妃様の実家大勝利とはならないです。そもそも実家半分潰れてます。
こうして一つ屋根の下で神子と王妃様は暮らすのでした的な。
でも神子は多分仇討ちとかしないで、普通に接すると思います。
お粗末様でした。