暴力はいけません、気持ち良すぎます。
その6
暴力はいけません、気持ち良すぎます。
戦力の再確認。
瀬賀千鶴、男性。
体格はやや背が高い。
体力なまり気味、能力的には自己回復と特殊能力に突出。
格闘技経験無し、喧嘩の経験は小学生以降は無し。
現状のメンタルは通常。
星座の加護は蛇使い座
防人あさぎ、女性。
身長、体格共に平均的。
体力は平均以上、能力的には攻撃力に突出。
暴走癖が有り。
格闘技経験有り、実戦においての気後れは無し。
現在のメンタルは通常。
星座の加護はエリダヌス座。
土田雄平
身長は高め、痩せ型。
体力はおそらく平均的、能力的には遠距離攻撃と空間作成能力がある。
直情型でやや短絡思考。
現状のメンタルは通常。
星座の加護は矢座。
水島麻里
身長はやや高め、体格は痩せ型
体力はやや平均以下、能力的には不明瞭な箇所が多いがおそらく回復と体力に突出。
戦闘への意欲にムラがあるように感じられる。
現在のメンタルは異常。
自傷行為を全くと言っていいほど厭わない。
星座の加護は未だに不明。
指定日、指定時間、夜十一時。
指定場所にて。
俺とあさぎ。
土田雄平と水島麻里は対峙していた。
意外な事に最初から水島は姿を見せていた。
そういった意味としては俺とあさぎが最初にイメージした対等な状況での試合開始といった状況である。
昨日のあさぎの様子を受けて俺は少し心配していたが、あさぎの姿たるや柔道着姿で気合い十分である。
十分すぎて、私服である俺達三人からしてみれば浮いた状態だ。
ちなみに柔道着ではなく柔術着である事を後に知る。
誰もいないとはいえ、ちょっとした町並みの繁華街の四車線道路の真ん中に柔道着姿でいたら違和感も甚だしい。
これでさらに隣にサバンナマスクがいたら、またしてもお笑い空間になるところだ。
「正々堂々と、いざ尋常に勝負! ってか! マジで笑えんだけど!」
今から命のやりとりをするっていうのに土田はへらへらと笑っていた。
本気じゃないのか、本気なのにあえて茶化しているのか。
土田の性格からは予想ができない。
ただ、水島さんの陰に隠れるような立ち位置でそう言われても俺には滑稽としか見えなかった。
もう、こいつに関しては不思議と何も思わなくなっていた。
こんな奴よりも水島さんのキャラクターが強烈すぎてこいつの存在が霞んでいるのだ。
当の水島さんはいつものように何を考えているのかわからない顔をしている。
「じゃあ、どうする? レディーゴーで始める?」
腕相撲のようなノリで土田は言う。
「お好きにどうぞ」
隣であさぎは相手にする気も無いように言った。
土田は後ろに隠れて、俺達は並んで立つ。
俺達と土田達との関係性の違いを表現するような初期配置だった。
そして、これは想定していた事だった。
土田が最初から顔を見せていたら、こうなるだろうと予測していた。
自分の事しか考えていない土田は、絶対に水島さんを盾にする。
だから、作戦通り煽る。
「男として、ちょっと聞きたいんだけど。女を盾にするってどんな気持ちなんだ?」
「別に何とも」
予想通りの回答だった。
俺の質問の意味をわかっていて、あえて茶化すようにけたけたと笑い飛ばしてみせる。
「つーかさ、お前って人の事言えるの? お前も女を戦わせてるわけじゃん、俺はそういうのは自分でやるぜ。ヤッベ! 俺の方がおっとこらしぃー!」
煽り返してくるのも、そういう風に言われるのも仕方ない。
それも予測していた言葉だ。
俺だって俺が戦えるなら戦いたい。
けど、現状は無理だ。
だからサポートに徹するしかない。
だが土田よ。
お前は隠れて戦うが、俺はまだ直接は戦えないかもしれないが、だからといって隠れはしないぞ。
俺はあさぎと一緒に矢面に立つ。
あさぎは殺したという責任を一人で抱えるつもりだろうが、俺は言ってはいないがそれを許す気はないぞ。
俺が、俺も一緒に殺したという気概はある。
自分で手にかけて、それでも何も感じないであろうお前とは気位が違うんだよ。
言っても、意味ねぇだろうから言わないけどな。
「じゃー、やっかー。ぶち殺すかー。それじゃー、レディー……」
どこか上の空な様子で土田がそう言い。
「ゴッ!」
同時に俺に向かって水島さんを突き飛ばした。
同時に。
「シャム!」
言って土田の手に鋭利なヤジリの付いた矢が出現する、そして俺に覆い被さる水島さんごと俺を刺したのだ。
そこまでするか! という俺の予想を覆す展開に驚きはしたが、それでも。
それでも、予想の範囲内の展開だ。
回復能力を持つ俺を先に土田が倒そうとするのは考えていた。
短絡的なこういつなら考えそうな事だ。
だから、あさぎは驚きもしないで対応する。
俺が予想しちいた展開だからこそ、流れるような動きで対応する。
「っだらああああああ!!!」
あさぎの拳が土田の横顔に炸裂する。
あさぎが、あのあさぎが大人しくしていたのは昨日の事でへこんでいたわけじゃない。
この一発に、この一撃で全てを終わらせるべきこの一発にため込んだもやもやとか怒りとかを全部乗せるために。
今の今まで我慢していたのだ。
土田は悲鳴さえも上げない。
人間の体が縦に回転するというところを俺は初めて目撃した。
六十キロくらいはあるであろう人間が十メートルくらい吹き飛ぶのも初めて見た。
もし、この瞬間をカメラが捕らえていたら五年くらいは世界の衝撃映像百連発的な番組のレギュラー映像として使われるだろう。
作戦としては単純だった。
あさぎが最初に考えた……。
思いついた作戦と一緒で俺が攻撃を受けるという物。
もっとも、ここまで簡単に事が進むとは思っていなかった。
土田は最初は隠れていると思ったからだ。
俺が狙われている間に、斜角から土田がどこに潜んでいるか探して、あさぎが見つけてブン殴るという物。
そして俺もただ的になるだけではなく、水島さんを押さえ込むという役があった。
防御が高いというのは利点だけど、それはあくまでダメージに対してのもので、単純に腕力で押さえ込む事ができればその利点は無くなるのだ。
攻撃力との関係もあったけど、簡単にはね飛ばされるという事もないだろうという予測も立てられた。
俺とあさぎが分断されれば、土田は二人に気を配らなければいけないし、土田の性格からそんな器用な真似はできなと思えた。
さらに遠距離武器というのは利点ではあるが、前回のように身を隠しさえすれば、逆にある程度は安全を保証できるのだ。
発射された方向によって、あらかじめここに隠れていようという場所もいくつも決めていた。
あとはバリアみたいな能力で時間切れを狙われなければなんとかなる。
この作戦の肝は、俺がやられそうになってもあさぎは気にする事なく土田を倒す事。
コンビネーションという利点を捨てて、勝つためにあくまでツーマンセルとして行動する。
もっともそこまで考えていたにもかかわらず、土田は自ら墓穴を掘ってくれた。
確かに俺はやられたけど、死ぬというほどではなく。
一緒に矢が刺さったのだから、水島さんも俺から離れる事もなく。
俺は放すつもりもなく。
おかげで憂いの無くなった拳は文句も無くクリーンヒットした。
続いてあさぎは腰を深く落とす。
コォッと腹から息を吐き出す。
「おごつ、あがっ! ちょ、ちょっと待てよ! 歯が折れた! 歯が折れた! 痛ぇ! 待てよ! おまっ! ふざけんじゃねぇぞテ前等!」
「……リゲル」
無様に、見苦しく土田が悶えながら後ずさりする。
的外れな命乞いはとても目障りで、非常に耳障りで。
そこまで取り乱した土田を前にしても、あさぎは非情に徹しきる。
「ふざけんなよ! マジで俺をキレさせたらどうなって……」
首を落としたあさぎの目に影がかかる。
キレさせたって、すでにぶちキレている土田が何を言っているのだろうか。
仮にこれ以上キレたとしても何もできまい。
それをわかっているからか、その土田のパートナーである水嶋が。
「……こんなもんか」
と、満足そうに。
それでいて感慨など無く。
他人の事のように冷徹に。
知り合いですらないように無味乾燥に。
無慈悲に。
俺には意味を計りかねる言葉を、ともすれば聞きのがしてしまうほど儚く囁いた。
「キーーーーーーック!!!」
怒号一閃。
土田の腹にあさぎの必殺の横蹴が炸裂する。
身体をくの字に曲げ、その蹴りが土田の身体に食い込むと同時に土田の蒙昧な言葉の羅列は途絶えた。
ビッと空手の残身を取り。
「押忍!」
と、短く声を張り上げるあさぎ。
吹き飛んだ土田の体がだんだんと薄くなっていき、存在が朧気になっていき。
やがて霧のように消えてしまった。
それで本能的に理解した。
このゲームでの死はこういうものなのだと。
「なんとなくこうなるってわかってたけど……呆気ないものね」
土田の消滅と同時に、土田の矢も消えてしまったので俺と水島さんがペアリングされている物が無くなったので水島さんが体を起こして立ち上がる。
「回復役さえ倒せばあとは楽勝、なんて気楽に考えてたんだから仕方がないといえばそうよね。もっともそんな事を後悔する間も無く死ねたんだから幸せだったのかしら?それともやっぱり不幸だったのかしら?」
クスクスと楽しそうに笑う水島さん。
そこにはパートナーが死んだという事に対しても、自分の状況に対しても、死に対してさえも心底どうでもいいように笑っていた。
「それで、私をちゃんと殺してくれるのかしら?」
小首を傾げながら、俺達を試すように水島さんは尋ねた。
いや、これはもう希望だ。
殺してくれと俺達に頼んでいる。
何でもない事のように既望している。
俺もあさぎも固唾を飲む。
迫力というか、存在感というか、水島の持つその圧倒的な何かに再び気圧される。
気がついた、などと言っていた彼女の望みも彼女の前では意味を持たない。
そもそも気がついてもいないし、意味など最初からなかったのだろう。
彼女は最初から何も持っていないと、自分でそう言ったのだから。
「やっぱりダメよね? 殺すつもりならこんな私のお喋りにさえ付き合ってくれないものね。本当に優しくて素敵よあなた達」
心底残念そうに。
本心からどうでもいいように。
嘘偽りなく俺達を誉め称えると。
「やっぱり死ねなかった」
面白くもなさそうに、さよならも告げずに水島麻里は散歩でもするような足取りで俺達の前から去っていった。
その奇妙さに。
その気持ち悪さに呑み込まれてしまった俺達は、水島が言うように何もできず立ち尽くしてしまった。
一度は助けようとした女性に、最初から敵として認識していなかった彼女に恐怖心を感じてしまった。
おかげか土田を殺したという実感が沸いてきたのも、ホライゾンから戻っての事だった。
「んー」
俺の世界に戻ってきてあさぎは大きく伸びをした。
世界間の移動は移動したところに戻るらしく、俺の部屋から移動したのだから俺の部屋に戻る。
柔道着越しにあさぎの小ぶりな胸が強調されるものの、俺は目線はそこには流れなかった。
いや、貧乳は好きだよ?
大きいと小さいだったら、小さい方を選ぶ。
古来より伝わる舌切り雀の伝説から、俺が幼き頃に学んだ教訓だ。
かっこよく言って取り繕っても無駄だが。
あさぎの乳だからどうでもいいという事ではない、土田は死んだのだ。
嫌な男で。
最低な奴で。
気に入らない存在で。
殺さなければ殺される状況だから。
殺した。
殺したという事実が重くのしかかる反面、殺したと思えるのが、感じられるのが少しだけ嬉しかった。
直接手を出したのはあさぎだ、だけど俺も殺したと感じる。
罪をリンクさせている。
それが嬉しかった。
「二回目だけどさ」
あさぎは続けた。
「やっぱり良いもんじゃないね」
そう、あさぎは二回目だ。
俺は一回目のあさぎの殺人を受け入れてない。
だから、だからこそ。
今を逃せば聞く事ができない。
「一回目の時はどうだった?」
あさぎはあからさまに呆れたといった顔をしてみせた。
「スゴいタイミングでスゴい事を聞いてくるね、スゴい男でスゴいデリカシーが無い」
「何とでも言え、あとスゴイを言いすぎ」
「……どうしてそれが聞きたいの?」
「人を殺すと気分が悪い、その悪い気分を共有しないと相棒じゃないだろ」
「あはははー……そう言われると弱いかな。でも、駄目。教えてあーげない!」
茶化すようにあさぎは言った。
「そう言ってくれるのはとっても嬉しいんだけどさ、千鶴が今そんな気持ちであるのと一緒で私もそんな気持ちなのよ。土田をぶん殴った感触とかまだ手に残ってるしね。そういう意味じゃ一回ぶん私の方が慣れてるんだけどさ、慣れていいもんでもないっしょ。それに私も人間だしね、耐えきれなくなった時に弱音を吐くと思うんだよ。そん時に言うよ、秘密じゃなくて保留にさせて」
そう言われたら俺はそれ以上は何も言えない。
「いい気分じゃないけどさ、これが続くんだから弱音なんてそうそうは吐いてられないけどね。だって殺した責任があるんだからさ」
「そうだな」
その通りだった。
自分の願いを叶える代償は、相手の願いを潰す事だ。
それが死という極端な者になっただけで、案外そういう物なのだ。
だから、立ち止まれない。
停止を許されない。
「最近ちょっと思うんだけどさ、食べ過ぎはよくないじゃん」
「まぁ、そりゃね」
「眠り過ぎだって体に良くないし、遊び過ぎも生活によくない」
「う、うん」
「でも、やってる間は気持ちいいよね?」
「何がいいたいんだ?」
「いや、そういうのってやりすぎないように体とか世間がうまーく管理してるんだなって。考え方の違いってだけでさ。私はちょっとそれが怖い」
「何を言ってるのさ?」
「私も言っててよくわかんない! あはは、それじゃ帰るわ! あ、そのうちこっちの世界にも遊びに来なよ、案内するから!」
「そうするよ」
「でも、今すぐは駄目だよ」
「……やっぱり、土田を殺した事に何か」
「あ、いやそういうんじゃなくてさ」
俺の心配をよそにあさぎは続けた。
「今から戻って着替えるからさ、少年マンガみたいなお色気展開は勘弁。ぶん殴るよ!」
「それは勘弁してくれ……」
文字通り、殺されてしまう。
土田のように殺されてしまう。
でも、そんな話をしてたら確かに罪悪感は薄れていた。
麻痺を始めたのかもしれない。
それどころか生き残ったという充実感さえも沸いてきてた。
生き残る事は気持ち良い事で、この場合はいけない事なのだろうか?
だけど言い換えれば人生なんて常に何かと戦っているって事だよな?
戦うって事を言い換えると……
勝つという事の因果関係を深く考えてしまうと……
イコールで生き残る事を気持ち良く感じる事を?
ならばいけない事とは何だろう?
背徳感とは。
あさぎじゃないが、何だか自分でもわからなくなってきた。
いいや、今日はもう寝て。
明日また考えよう。
明日になれば明日に呑まれて消える疑問だ。
戦闘結果。
瀬賀千鶴、防人あさぎ VS 土田雄平、水島麻里
勝者 瀬賀千鶴、防人あさぎ組
敗者 土田雄平(死亡)水島麻里(存命)




