未来を救うたった一つの方法(前編)
第24話
未来を救うたった一つの方法(前編)
「どういう魔法を使ったのかしら? いや、本気でそう思うわよ。天童翼子を倒せるのは私だけだと思ってたから」
自信ありげに日下部阿左美は言う。
「勝ったわけじゃないさ」
「でしょうね」
俺達がどういった状況に陥った末にここに来たのか想像がつくと言った様子で、日下部は笑いを堪えるように肩を奮わせると、いつものすました様子に戻る。
その様子が鼻についたのか、ここに来た時点で怪我の類は治っているものの、疲労の色が隠しきれないあさぎが負けじと日下部に食いついた。
「でも、上がって来たのは私たちよ。あなたを倒しておしまい。変わらないわ」
覇気なく、言葉だけの勢いで日下部に言葉を投げるも日下部は意を介さない。
こっちの話など、聞いていない様子でミライに訪ねた。
「あなたは今回の決勝トーナメントのマッチングに関わってないのよね」
「そうだよ……そうよ、決まってるじゃない」
素の様子で言ってしまった後、慌てた様子で通そうとしている尊大キャラの口調に戻すミライ。
ここまで来ると痛々しいから、さらにもう一周して微笑ましい。
「そう、ならちょっと私の考えを皆に聞いてほしいのよ。私達が決勝に残ったけど、もしも仮に私達が一回戦で当たっていたのなら。それは事実上の決勝戦と言えたのかしら?」
日下部はこれまでを振り返るように、目を瞑って語った。
「私が準決勝で天童と当たっていても、ここに立っていたとは確実には言えなくもない。これでも控えめに言ってるのだけどね。それだけ天童はウザぁイ存在だった。勝てるのは私だけだと思っていたもの、それがねぇ」
「喧嘩売ってんの? 買うわよ」
「売ってはいるけど、予約だけにしておきなさい。相変わらずウザぁイ女だわねぇ、焦らなくても来週には当たるのだから」
「で、結局は何が言いたいんだ?」
「予選もわりかし運が必要だったけど、本戦も同じように運が必要だったって事。全部を運って言うわけじゃないけど。その運を引き込んだのはあなた達の力や努力って事を言いたいのよ。強い弱いを言うのなら、私達が運命的に強かった。天童なんて、あんなもの災害じゃない。災害から逃れるには運も重要でしょ。それにはそういう強さが必要って事よ」
日下部はニヤリと笑った。
それこそウザぁイ笑顔だった。
だって、そうだろう。
今、俺達は敵に塩を送られた形になるんだ。
天童さん達に勝ちを譲ってもらえたのも、俺達の人間的というか運命的な強さであると。
恥じる事なく、天童翼子よりも強いからここに立っているんだぞという自信を持つように促しているのだ。
屈辱感を覚えるが、常に相手を見下すというか、嘲る日下部らしい反応かもしれない。
天童さんが戦いに全力を求めたならば、日下部は戦いに万全を求める。
どちらも自分を満足させるエゴだけど、似て非なるものである。
天童さんは互いの満足を得るためであって、日下部の方は言い訳できない状況の相手を倒して見下すためだけにそれを求めている。
ただ理由はどうあれ、複雑ながらも俺は多少なりとも日下部に感謝していた。
日下部が天童さんを倒せるかという話はともかくとして、日下部もまた俺と同じく天童さんを『災害』と捉えていたのだ。
そして災害を避けるのも強さの一つだと、誰かに言われなければやはり気持ちよく決勝には立てなかっただろう。
あさぎはそんな真意をわかっていないようで、単純に馬鹿にしやがってと荒ぶっている。
まぁ、あさぎがやる気を出したのなら何より……。
「それじゃ、大会運営のあなたから決勝に向けて何か一言もらえるかしら?」
「ひゅい!?」
急に話を振られて、ミライは素っ頓狂な声をあげるが。すぐにキリッとした様子になる。
「一週間後、ジハードのアルマゲドンを執り行う!」
無理にかっこよく言おうとして残念ながら滑った。
言いようも無い空気が場にたちこめて、ミライは恥ずかしさを誤魔化すように俺達を現実に返した。
勝ったという自覚もあやふやなまま、自室のベッドに腰をおろすと俺は大きくためいきをついた。
次で終わり、決勝戦。
勝てば願いが叶う。
俺の、俺達の願いはミライを救う事。
そうなるように、計画もお膳立てもしてきた。
実感は無いが、世界を救う。
実感があるのなら、一人の少女を救う。
救わなければいけないのだけど、どうしても欲が出る。
あの小生意気な女の子があまりにも人間くさいから、あの子を救わなければ世界が終わると思えない。
あの子を、ミライを救わないという選択だってある。
気の毒だとは思うが、他人だ。
天童さんとあさぎの戦いを観たからこそ、逆にそう考えてしまうのだ。
泥臭いからこそ、自分の世界を守って何が悪いのかと。
互いが互いの願いを叶える。
だから、あさぎに当初の目的の通り『家族の復活』を願ってもいいのじゃないかと。
きっと、あさぎはいいと言うだろう。
でも、それでいいのだろうか?
痛みを伴うから、それを共有する。
それもまた天童さんとあさぎの戦いで得た教訓だ。
ウジウジとした自分に苛立つ、俺は何を迷う事があるんだ。
理由ならわかってる、この目的が俺のものだと言い切れないからだ。
ここまで来たからこそ、どうしても東の事を思い出してしまう。
煮えきらない俺の耳に携帯の着信が入ってくる、あくまで携帯であって、端末ではない。
発信者は天童さんだった。
「もしもし?」
「ちょっと大変! 私の端末が無くなってるんだけど!」
「……天童さんは負けたんですから」
「え、マジで!?」
本気でわかっていないらしく『うぇ? 』『ほぅわ!? 』と奇声をあげている。
基本的に狼狽する事はあっても、半分はふざけている天童さんだからこのリアクションは新鮮で。
そして痛々しかった。
「何で? 私ってばあさぎに勝ったじゃん!あさぎが寝てて、私が立ってた。マンガの史上最強の生物だって最終的な勝利は標高で決まるとか、なるほどわからん!な事を言ってたじゃん」
その理屈で言うなら、立ち上がったあさぎの標高のが高いんだけどな。
天童さんの中ではあさぎが倒れたところを目にしてダウンしたわけだからそう思ってしまうのか。
地蔵院さんの言う通り、勝負に勝ったが試合で負けたってところなのだけどそれを理解しきれてないのか、我が強すぎるってのも考え物だ。
そして、だからこそ地蔵院さんは言ったのか。
だから、俺は約束を果たした。
「天童さんは勝ったんですけど……決着が着く直前に俺が地蔵院さんを倒したんです」
「あぁつ!!!?」
明確なまでの怒りをその一声に凝縮させて天童さんは叫んだ。
俺は電話越しに身を竦ませてしまう。
これが決勝に行く代償か。
快男児ならぬ快女子の天童さんとの離別、良くも悪くも振り返ってみればこの人にはお世話になった。
「あんのクソジジイ! 最後の最後まで人をバカにしやがって! 素直に誉めてくれた試しもないまま逝きやがったのか!」
しかし、予想とは裏腹に天童さんの怒りの矛先は俺じゃなくて地蔵院さんの方に行ってるようだった。
その様子も地蔵院さんのせいで、というわけではなく地蔵院さんの在り方について怒っているようだった。
「……それで、ホントのところはどうなんだよ?あのオジキが黙ってヤられるタマじゃないのは知ってるし、千鶴もネギもクソザコみたいにオジキを狙うなんて事は本当はしてんぇんだろ?」
バカなように見えて、バカな部分はもちろん強いのだけど、それでいて実際のところは天童さんはかなり賢い。
それに天童さんと地蔵院さんの間で積み重ねてきたものも軽いものじゃないのだろう、だからその最後は俺の言う通りじゃないと確信している様子だった。
「オジキの顔もあるんだろうけど、本当の事を言えよ。じゃないと次に会った時に首の骨をへし折るからな!」
その言い回しは本気で脅していて、怖いのだけど。
それでも俺は黙っていた。
怖いからではない、地蔵院さんとの約束だからだ。
少しの間、お互いに無言。
しばらくして、天童さんは弱々しく。
「……頼むよ」
と、言った。
俺は答えない。
「……じゃあ、オジキは最後に何て言った?」
それは口止めされていなかった。
「達者でな、と」
名前を呼んだのは伏せておいた。
それも地蔵院さんは知られたくはないだろうと、思ったから。
天童さんは『そっか』とだけ言った。
また、少し沈黙した後に曇った声で言った。
「よし。明日、あそこにラーメン食いに行くぞ。結局はオジキに食わせてやれなかったからな。弔いだ、……あさぎは悪いけどパスしてくれ。今日、明日じゃ喧嘩になっちまいそうださいな。代わりにミライに声をかけといてくれ、時間は夕方の七時でよろしくな」
と一方的に電話を切った。
これもまた恐ろしい事に、その精一杯強がったその言葉の抑揚を受けて、俺はあの天童さんをまるでか弱い女の子のように錯覚してしまった。
それにしても、ミライに声をかけろと言われても、俺だってミライと自由に連絡ができるわけではないのだが。
一晩寝て、ヨアンナさんと加賀美ちゃんに経過を報告して。
それからあさぎに連絡を取るも、非常に寝ぼけた声で『んあー……千鶴……悪いけど……今日は寝かせて……』とまだらボケた様子で会話にならなかった。
寝起きというより、起きてないのだから寝たまま話た事になる、器用な奴だ。
寝てそのまま、起きた。
つまりミライとは連絡が着かなかったのだが、着かないのは着かないでしかたがない。
約束の時間に間に合うように俺は部屋をでると、そこにはミライが立っていた。
「うおっ!」
そりゃ声もあげてしまう。
コイツ、何で俺が出かける予定やタイミングを知ってるんだ?
いや、知らないでずっと待ってたとか?
何それ怖い。
「七時からなんでしょう、早く行こうよ」
「いや、いやいやいや。何で知ってるの?」
「電話で話していたじゃない?」
「そっか、それでか。うん、大問題だな」
盗聴じゃねぇか、それでいて全く悪びれてないし。
なのにどういうわけか怒りがこみ上げてこないというのも、コイツの人徳というか役得というか。
まぁ、それも俺だけか。
「決勝進出おめでとう、って言った方がいい?」
「ありがたいけど、準優勝じゃ何ももらえないから優勝までそれはとっといてくれ」
「そう、そうしておく」
何だか会話が続かない。
ふと思い出してみると、ミライと二人っきりってあの時以来か、なんか甘酸っぱい事になってたような。
いや、中学生女子の妄言に違いない。
「優勝と準優勝でオールオアナッシングってフランダースのなんとかみたいだよな」
「なんとかの犬って『パトなんだっけ? 疲れたろう。僕も疲れたんだ、なんだかとっても眠いんだ』ってアレ」
「そう、あれ。最近の子は知らないのか?」
「ネタとしてなら知ってるんじゃないの? 私を最近の子って考えるのはちょっとどうかと思うけど」
「そういや、お前は地球意志だったな」
「忘れないでよ」
「地球意志が世界名作劇場を知ってるのもどうなんだ?」
「一般教養くらいとしては知ってるよ、概要だったらシャチの奴の奴が好きだよ」
「七つの海のアレね、ハイハイ」
この時点で一般教養としてはどうなのだろうか、俺は知ってるけど。
そもそも地球意志の一般教養の基準がサッパリわからないが。
「また、脱線してるよ。負け犬の死の話はどうなったの?」
「本国でのタイトルを出すな、日本では悲劇のファンタジーなんだから」
「本国のタイトルも容赦無いわよね、昨今では作品のタイトルだけで内容がわかるような奴が多すぎない?」
「確かに多いきがすが」
「私は思うんだけど、漫画にしても絵の発達やコンピューターグラフィックの向上で視覚的に得られる物が多くなったからだと思うのよ、想像で補っていた部分まで明確になってしまったから文章でいうなら行間を考える部分まで書いてあるようなね。だから想像力の発達が以前に比べて悪くなっちゃった。だから、これはどういう話なのかなという想像をかき立たせて購入意欲をくすぐっていた時代よりもこういう話なんですよってわかるから買うって人が増える方向にシフトしてきたって考える」
「何かすっげぇそれっぽい話をしてきたな……」
見た目としては中学生だから凄く違和感があるし、こういう話を俺はしたかったわけじゃないんだが。
まぁ、面白いから止めないが。
「これも時代の流れだから仕方がない部分だと思うのよ、昔の漫画は展開が早くてよかったと言う人がいるけどさ。今の時代にその流れをやったら打ち切りが近いとか言われるわけだし、そもそも今の時代に求められる画力で昔の展開の早さなんて維持できるわけないじゃない」
「じゃあ、引き延ばし展開は擁護派なのか?」
「ふぁっきん」
「だよな」
まぁ、さらに最近じゃそういうのもまた少なくなってきた気もするけどね。
終わり時を見失って無駄に長続きしてる作品は多くなった気がするけど。
「何の話だったっけ?」
「犬の話」
そろそろ本題に戻るかなと思ったら、ミライはまだ何か言い足りないのかさらにまくし立てる。
「犬で思い出したよ。最近はドラマでも説明くさい台詞が多かったり。感動ドラマとかで明らかに泣かそうとしてたりするよね」
「ん、例えば?
「演出次第だと思うけどあざとすぎるのよ、ちょっと前の子供が歌う主題歌のドラマなんか、その子役達が家族と別れたくないって五分くらい延々と涙ながらに語るのよ。いっそここは泣く場面ですってテロップ出したらいいのに」
「視覚に頼るって意味じゃバラエティとかの文字テロップも理解力の減退の遠因のような気がするな」
「わかるかも、あれっていつ頃から入りだしたの? 邪魔なんだけど」
「俺が小さい頃にはもうついてた気がするな」
地球意志の一般教養は凄いな、うっかり科捜研なんていったらまたどうでもいい蘊蓄を披露しそうだ。
それはそれで面白そうだけど、それこそ引き延ばしになるから話を戻そう。
でも、どこまで戻せばいいんだ?
「結局さ、ルーベンスの絵の前で報われない最後を迎える
話の何を話たかったの?」
「ああ、あの主人公の少年が絵を描いて出したコンクールって一位がすげぇ奨学金とか出るのに二位以下はほとんど何も無しって変なコンクールなんだよ。普通は企画の段階でもうちょっと効率的な懸賞金配分にしないか?主人公の絵にしても審査員がずっと一位どうするか悩むレベルだったんだしさ。二位にしても育ててやればよかったのに」
「じゃないと、あと一歩早ければ誤解も解けて助かったのにって話にならないじゃない」
「そういわれると泣かしにかかってるのは今とたいして変わらないな」
「そうかもね」
うん、最初に戻った。
これを踏まえた上で聞きたかったんだよ。
「この戦いも優勝者のみ願いがかなうってのも酷い話だよな」
「……私が考えたわけじゃないわよ」
露骨に不機嫌そうな顔をするミライ。
確かに、この戦いはお父様とやらが画策したのだからミライに言われても困るだろう。
だからこそ、ミライに伝えておかなければならないだろう。
「ならどうして、そんなルールにしたんだろうな。お前がさっき言ってたような。お父様の行間ってのを考えた事があるのか?」
「それってどういう事?」
「決勝が終わるまでの宿題だ」
「……最近の千鶴ってまるで東みたいだね」
そのミライの言葉に深い意味は無かったのだろうけど、その言葉を受けておれの心はざわついた。
今さらになって東に対して何か確執めいた感情はないし、少なからずここまでこれたのは東のおかげだという感情もある、未だに認めたくはないけど尊敬めいた気持ちもあるのだろう。
そう思えるようになったのは、俺の成長なんだろうか。
でも、何だろう。
何か、何か俺の中で東に対して引っかかるものがあり。
その何かが昨日のような迷いを俺にさせてくる気がしてならない。
「おー! 来た来たぁ!」
俺の心のモヤモヤをかき消すように、店の前で待っていた天童さんが元気良く越えをあげながら手を振って俺たちを迎えた。




