自己嫌悪できるほど、君は優れた人間じゃないだろ?
その19
自己嫌悪できるほど、君は優れた人間じゃないだろ?
「おっもーーー!!」
「おっもー……だから流行りませんよこの挨拶」
もう着信の名前を見なくても、声の正体が誰なのか考えなくても、このセンスの欠片も無い挨拶を聞いただけで誰からかかってきたのかわかる。
そうでなくてもこんな朝早くからハイテンションな人物を俺は一人しか知らないが。
元気の塊というか、脳天気というか、何も考えていないというか。
この人の場合はどれも正しく、どれも間違いなのだろう。
そもそもこの人は考えなくてはいけない事態というのに遭遇した事がないのだろうから。
「それでどうしたんですか、こんな朝早くに」
「オジキがさ、残った八人を集めて懇親会をしたいんだってさ。今日の夜を空けておいて」
大丈夫かじゃなくて、空けるように強制するあたり天童さん節が冴え渡っている。
絶対にそんな強制力のある召集を地蔵院さんがしたとは思えない。
やる事が無いわけじゃないけれど、今になって天童さんと距離を置いても仕方がない関係だし。
最後の晩餐ってわけじゃないけど、勝つにしろ負けるにしろゆっくり話をしておきたい。
その前に、聞いておきたい事がある。
「次、僕たち天童さんと当たります」
「おうよ、次に天童さんは千鶴とあさぎをぶっ潰すよ」
殺し合いの宣言としてはライトすぎるノリで天童さんはその事実を認めた。
否定しようも無い事なのだから重々しく言おうと、今のようなノリで言おうと事実関係が変わるわけじゃない。
ないのだから、逆に今まで通りに接する天童さんの対応が正しいようにさえ感じる。
「しかし、残念だよなー。どうせなら決勝で当たる事になれば師弟対決としてもドラマチックに拍車がかかるじゃん。最後に夕日を見ながら、流派天童不敗の約束を唱えるのよ」
「そんな流派名は初めて聞きました」
「必殺技は超級覇王天童弾」
「顔だけ残して竜巻みたいになりそうな技名ですね」
「千鶴とネギが相手なら覇王天童拳を使わざるをえない!」
「それ流派違う!」
「オレンジ色の空手着で、しかも下駄履いてバイクをかっとばすって最高のセンスよね。最近はそういう真面目にやったはずなのにネタにしか見えないってのが少なくなってきて残念なのよ。ネタなのはいいとしても露骨なのはちょっとね。不必要なパンチラが飛び交う漫画もしかり」
「水曜日に発売されるラーメン屋によく置いてある週間少年雑誌の悪口はそこまでだ」
「最近はどの週間少年漫画もパンツの一枚や二枚は毎週見れるって、千鶴ってばあんまり最近は漫画読んでないの?」
「そんな余裕はないですよ」
「余裕の無い人生なんて、生きたうちに入らないわよ。そういえばアイツ……死にっぱなしみたいな女。そうそう、水島だ!アイツは勝ち残れなかったっぽいね、さすがにアイツに負ける要素は無いと思ってたけど。戦ったらさすがの私も気が滅入りそうだから良かったよ」
偶然なのか、狙っているのか。
事、天童さんを前にしてみるとどちらかなのかはわからないが、馬鹿な会話で少し気が紛れていた俺にとって、またその名前が出てきた事に対して動揺して言葉に詰まる。
そして、天童さんはその俺の一瞬の揺らぎを見逃す事はない。
「……ん? ああ、もしかして千鶴とあさぎが水島とかち合ったんだ。そりゃあテンション下がるなぁ。で、どうだったの?」
「……それなら、地球と戦った天童さんから話てくださいよ。地球に勝つとかどうやったんですか?」
そこでハッと気がついた。
誰であろう天童翼子である、勝つにしても戦いの定石である弱い方を倒すなんて事はしなかっただろう。
つまり、ヨアンナさんじゃなくて本当にサキと戦ったんだと思う。
昨日の天童さんの様子を見るに、言っちゃ悪いがヨアンナさんが天童さんをあそこまで疲弊させられるとは思えない。
思えば、このトーナメントはどちらかの死亡で終了するのだから残った方はどうなるのだろう。
サバンナマスクにはとてもじゃないけど顔を合わせられず、二回戦の二人に関してはどちらも殺してしまったわけだし。
ルールとして考えるなら灰山さんはどちらかの世界で生きているって事になるのか。
もし会えるなら、もっとゆっくりと水島さんの真意を聞いてみたい、だけどそれはきっと叶わない願いだろう。
「嘘か本当かわからないけど、地球なり神なりを自称するからそりゃあメッチャ強かったよ。あのヌルハチだか、星乃サキって女は。そうだ、忘れてたアイツからあんた達に伝言があったんだっけ!」
サラリとこの戦いとか、星の未来とか星乃ミライについて重要な事を忘れられていた。
もっとも天童さんにとってはそれはさして重要な事とは思ってないのだろうけど。
「まぁ、それは置いておいてさ。サキの星座だけど牡牛座だったのよ。私も知らなかったんだけどさ、あれってゼウスが変身した姿なんだってね。サキほど使いこなす奴はいなかっただろうけど使い勝手いいわよあの星座。元がゼウスだから雷は落とすわ、手がドリルになるわ、牛に変身して突っ込んでくるわ。肉体強化して頭突きしてくるわ。おまけに凄いタフなのよ。私の強化が先に切れたら負けだったわね、本当の雷があんな威力なのかは知らないけど本当に痛いのよ。私が放射能から産まれた怪獣だったらマグネットパワーが付与されてるわよ」
「VSメカなんたらの第一作じゃないですか!」
「お、知ってるね。アイツ首がグルグル回るロボなのに何で首をもがれたら動かなくなったのかな?」
「わかりませんけど、二作目では首をもがれても動いてましたからいいじゃないですか」
「そうね、あの話だと沖縄の怪獣は何でフルコーラスで歌を歌わないと目を覚まさないとかにしたのかしら、長いのよあの歌」
「別に盛り上がるような歌じゃないですからね、って脱線してますよ」
「おお、悪い悪い。沖縄の怪獣じゃなくて放射能怪獣の話だったな。昭和のシリーズはあれで終わって海に帰ったじゃない。平成の最終作でも海に帰ったあたり、私はなんだかんだでいつか新作が作られると思ってるんだけど、まだかな?あ、マグロ喰ってるような奴は駄目な!」
「いや、その話じゃなくてですね」
「ん?」
「ヨアンナさんってどうなったんですか?」
「ん? 死んじゃいないよ、ヨアンナはこの戦いについて来れないって状況だったし。気になるなら会いに行けば?」
「会いにいけばって……そんな事できるんですか?」
「できるよ、本戦が始ってからは残った片割れの郷愁くらいは調べるし。会って話せそうなら話もしたよ。アフターケアってわけじゃないけど」
思わぬ情報が思わぬ人物から聞けた。
というか天童さんは裏ではそんな事をしてたのか、なんだかちょっと誤解していた部分があったようだ。
「何か失礼な事を思われた気がする……千鶴、私を戦闘狂のキリングマシンだとか思ってたんじゃないでしょうね?」
「ごめんなさい、思ってました」
「準決勝で生き地獄を味わわせてやろうか!と、思ったけど正直に話したから許す!」
「……それはどうもありがとうございます。じゃ次にサキが俺達に残した伝言って奴を」
許してくれたから良いものを、この人はサキとの戦いで心を読む能力をラーニングでもしたのだろうか。
許されても許されなかったとしても、地獄を見るのは違わないと思うが。
「ああ、忘れてた。えっと『考えてもいなかったけど水島のおかげでもっとやりやすくなったわ、私は立場上はできなかったから上手くやって』だそうだよ。全く意味がわかんないんだけどさ、どういう事なの?」
どういう事と言われても、俺もサキの思惑はわからない。
けれど、それだけで確かにわかった事もある。
サキはミライの事を心配してたんだ、立場上といっているあたり表だってミライを救う事ができない状態だったのだろう。
考えてみれば自分の半身を本気でやっかむ事なんてできはしない。
最後の『ありがとう』はそういう事だったのだろう。
水島のおかげでやりやすくなったというのは命を与えられて完全に実体を持ったという事に起因するんだろう。
なら、俺達の考えはやはり正しい。
「おーい、もっしもーし」
どうするか?
相手は次の天童さんだ、勝つつもりで戦うけれど勝てるかどうかは本気で怪しい。
なら、やっぱり言うべきだ。
「えっとですね……」
これまでの経緯や、俺達の計画を隠す事無く俺は天童さんに伝えた。
天童さんは珍しく、これといった茶々も入れずに黙って聞いてくれた。
俺が話終えて、天童さんはふむと頷く。
「なーるほどね、やっと東や大和だっけ? アイツ等の考える事がわかったよ。しかしお人好しね、そんな事のために願いを使う気なんだ?」
「ええ、僕たちはそのつもりです」
「せっかく話してもらって何だけど、私はパスね。世界を救うなんて話は映画やゲームで十分。っていうか映画でもゲームでももう飽きたって話。終わりなら終わりでいいじゃない。全員そろって死亡エンド。ある意味一番公平よね、泣こうが喚こうがおしまい。そこで簡潔するのなら続きを求めるのは野暮ってもんよ」
天童さんは言う、その言い種はまるで命を諦めていた水島のようで。
だからか、俺はそう思ったからそう言ったのだ。
「まるで水島さんみたいな事を言いますね」
「ん? 私が? 何を言ってるのよ、私と水島なんて正反対じゃない?」
「その生きる事を諦めたような言い種はそっくりだと思います」
口は災いの下というか、口を滑らせた代償というか。
感情的になって否定したというわけではないが、俺はそう何ともなく、考えもなく、そう言ってしまったのだ。
瞬間、ぞわり、と凍った手で心臓を握られたような悪寒が走る。
別に天童さんが何かを言ったわけではない、電話越しの天童さんの様子だけで、その身震いが襲ってきたのだ。
「……千鶴、言った言葉は取り消せねぇぞ」
地鳴りのように響く、低く怒りを押し殺した声。
それだけを言って、天童さんはまた何も言う事はなかった。
無言だからこそ、その圧力を感じていたからこそ。
俺は弁解も言い訳もできなかった。
死刑判決を待つ囚人のように、ただただ天童さんの次の言葉を待つしかなかった。
「……ま、言われてみれば一理あるか」
しかし、天童さんの続けた言葉はあっけらかんとしたもので、その語調に既に怒りは無かった。
「確かに言われてみれば同族嫌悪なのかね。水島がマイナスに秀でた奴で、私がプラスに秀でた奴。結局、行き過ぎると最終的にどうでも良くなるあたりね。そういう意味じゃ私は羨ましかったのかね、あそこまで生きるのに前向きな女はいないだろうし」
天童さんの意外な言葉に俺は思わず聞き返してしまう。
「前向きですか? 後ろ向きじゃなくて?」
「そりゃあんた前向きだろ、ゲームと一緒だよ。負け続けてもやる気は無くなるし、勝ち続けてもやる気はなくなる。どっちのパターンも続けたくなくなるのは一緒だけど、勝つっていう目標がある以上、負け続ける方がまだマシなのよ。私が今言った事はさ、全員でこのゲームは詰まらないからやめようぜって話。水島のは自分は勝てないからゲームを辞めようって話。心情としては似てるけど、それは全く違うっしょ? 辞める辞める言いながら結局のところプレイ続行し続けた、もう何でプレイしてるのかわからないほどにね。それって単純にもうそのゲームが好きなんでしょ。一周まわって凄ぇって思う。その姿勢に美しささえ感じるよ私は。そうだね、そういう意味じゃ毛嫌いしないで水島とはもっと話しておけばよかったかもしれないな。私を負かす唯一の存在だったのかもしれない。詩的な事を言うなら負けてる人の方が真剣に生きてるのよ。あー自分で言ってて凹んでくる、そういう意味じゃ私はいつもマジじゃねぇからなぁ~」
自覚しつつ、それでいて無自覚。
矛盾を抱えるようだが、天童さんはそれをわかっていた、だからこそ生き方を変えられない。
似た境地だからこそ、似て非なる境地だからこそ、天童さんが共感できる水島さんの考え。
それを直接言われたら、水島さんはきっと否定しただろうけど、天童さんにそう言われると納得してしまう。
言い方を変えれば、何度も投げ出したけど水島さんは最後までやめなかったのだ。
嫌だ嫌だと言いながらも生きる事をやめなかった。
灰山さんは水島さんの最後を命を燃やすと言っていたけど、そう考えれば比喩でも何でもなく言葉の通りなんだろう。
それと流そうかと思ったけど、今の天童さんの話だと、俺とあさぎじゃ天童さんに勝てない事になっている。
あの格闘ロボットアニメじゃ弟子に師匠が抱きかかえられるのに逆じゃないか。
仮に正しい状況になったとしても、流派天童不敗の心得なんて知らないけれどな。
そしてそれは受け継がれた。
星乃ミライに受け継がれた。
嗚呼、そうか。
サキがやりやすくなったというのはそういう事か。
「ま、何でもいいわな。そんじゃ、次は千鶴が水島の最後を話してくれよ」
今なら喜んで話そう、水島さんのかけた呪いの話を。
そして早くあさぎに伝えよう、水島さんのその歪んだ美しさを。
結果として勝ちの確定していた状態での、消化試合の内容を天童さんに話すと。
天童さんは自身で話した水島さんの真意らしき話の事などすっかり忘れて『何それ、ずっけー』とブーブーと文句を言う。
思わず長話になってしまったが、それから話を最初に戻し、今晩の地蔵院邸での晩餐の話をする。
あさぎに伝えるかと聞いたものの『ネギとも話したいから私かけるよ、落ち込んでるみたいだし、超イジリてぇー!』と欲望に快活に答えてくれた。
天童さんとの通話を終えて考える。
話はしたものの、水島の考えに思うところがあったものの、天童さんは自分のスタンスを変える事はないようだ。
すなわち、世界などどうでもいい。
日下部達は最初から世界にとってかわるつもりだし、すると事情を話して説得できるなら芝村組か。
……いや、ここまできて願いを急に変えさせるような話は通じるはずもない。
もう弱気にはなれない、何度と無くそう思ったはずだ。
水島の呪いに負けるところだったけど、何というか天童さんにまた助けられた気分だ。
敵に塩を送りまくって、それに気がついてもいない。
最強ってのは、そういう物なのかもしれないな。
俺がやれるべき事を整理しよう。
状況を説明しないといけいない、っていうか安否の連絡を加々美ちゃんにまずしないとな。
っていうか、俺も大事な事を忘れるなよ。
次にできるなら、ヨアンナさんとコンタクトをとりたいところだ。天童攻略のヒントを聞けるかもしれない。
あとはできるならミライとの接触か。
思えば、ミライは端末を持っているのだろうか?
実体があるのなら、夢の中と言わず会えそうな気もするのだけど。
とにかくやれるだけの事を全てやらないといけなくて、そしてやれる事といったら話をする事くらいだ。
俺達が迎えるのは事実上の決勝戦なのだから。




