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星のアスクレピオス  作者: 面沢銀
後半パート  星まで届く本戦編
43/66

通話と対話、そして。

 その16

 通話と対話、そして。



「おっもー!」



「おはようございます……」


「おっもー!!」


「……おっもー」


「よーし、良い挨拶だ!」


 ヨアンナさんに天童さんについて話をし終えたところで、追いかけ渦中の人であるところの天童さんから連絡が入った。

 相変わらず、朝っぱらから凄いテンションである。


「聞いて聞いて!良いニュースがあるのよ!!」


 何となく想像はついたけど、ここは形式的にどうしたんですかと尋ねる。

 天童さんは心の底から嬉しそうに『サキと次で当たる事になった』と報告してきた。

 やっぱりね、知ってた。


「それで、何か聞きたい事でも?」


「ん、何か知ってるのん?」


 知ってると言えば知っているし、知らないと言えば知らないのだけど。

 どうしよう、言っていいんだろうか?

 大和さんの話と同じような事を話しても、天童さんの機嫌を損ねそうなだけだし、一応は言わない方向で皆とも合わせているからな。


「ヨアンナさんんとちょっと知り合いでして、サキは手をドリルみたいに変化させてくるそうですよ」


「お、まさかの情報だ! いらねぇー!」


 いらないようだった、何だよ畜生!

 考えてもみれば、正々堂々正面切ってぶっ飛ばすのが天童さんなのだから、こういった有利に運ぶ情報も不純物なのだろうけど。

 最もどう思われても、ヨアンナさんには申し訳なくも思うけど、この神対天災のカードは俺としては天童さん達に勝ってもらいたい。

 天童さん自身が言っている事だけど、神殺しのチャンス。

 そんな事をやってのけるのは人間側では天童さんを置いて他にいないと思うのだ。

 天童さんで勝てないようなら、おそらく誰も勝てない。


「しかし、あんなのと知り合いとは……。ああ! 前もミライのとこ行けるからそれで知り合ったのか?最近あの娘の所に行った?私はトント行けないんだよなぁ、遊びたいのに」


「僕も行ってないです」


 これは嘘であって本当だ。

 おそらく、もう行ける事はないだろう。


「ふーん、地球様の考える事はわからんね。会ってみてぇって言えば一周回って水島とはもう一回喋ってみてぇな」


「あれ、苦手なんじゃなかたんですか」


「それは変わらねぇよ。でもな、それはここまで残らないって思ってたからでだな。残ったって事は何かしら変化とかそういうのがあったのかなーって思って」


「天童さんも変わったんですか?」


「変わりまくりなんだぜ」


 いつもの調子でそう言うのが俺にとっては意外だった。

 そういえば、完璧すぎて自殺まで考えていた何て言ってたもんな。

 完璧すぎて自殺とか完璧超人の首領か、得意技はラリアットか。


「変わったというか、本当はこんな奴だったんだろうなって感じかなぁ。青臭ぇ話だけど自分探しの旅ならぬ自分探しの戦いみたいな?そういう意味じゃ千鶴はどうなんだ?」


 急に真面目な話を振られても反応に困る。

 自分探しね。

 いつだったか、日下部がラーメン食べながらそんな話をしていたけど、あの時は結局のところわけのわからない話になってたな。

 自分探しの戦い、ね。

 そんな考え方をしてみると、この戦いっていうのはまさにそうなのかもしれないとミライを見て思ってしまう。

 だから、俺自身を反映して。


「まだ、そういうのはわからないですね」


 俺はそう素っ気なく答えてしまう。

 ふーん、と鼻を鳴らす天童さん。それで興が失せてしまったのかじゃあねと通話を向こうから切った。

 ともあれ、この流れも想定していた部分ではある。

 後はヨアンナさんがどうにかするだろう、当面は俺達は水島さんと灰山さんの対策を考えよう。

 ……とは言っても二人とも能力も何もわからないんだよな。

 水島さんに戦闘能力は無いから、戦うとなると実質は灰山さんと戦う事になるのだろう。

 性格から考えて水島さんの戦闘介入はあっても灰山さんの壁になるくらいだろうか。

 いずれにしてもあさぎ次第だな。

 今日は拉致された時に強打した頭の検診もあるから、それが終わってからあさぎと合流だな。

 俺はあさぎに連絡を入れて、そのまま病院に向かった。



 

 その病院で、バッタリと水島に出会った。

 ここは産婦人科じゃないよな?

 そんなわけはない、そもそも水島さんの姿は白衣なのだ。


「あら?」


 あら、じゃねぇよ。

 どうしてこんなところに居るんだよ。


「どうしてこんなところに、って顔をしてるけど拉致事件があったのに警察沙汰にするわけでもなくスムーズに治療するんだから関係者の息がかかった病院に通院する事になるのは当然でしょ」


「そーなのかー、って違うわ!」


 いや、違うって事はないのだろうけどさ。

 だからって関係者の病院に、半ば当事者がいるとは思ってなかったよ。

 そもそも水島さんって看護師だったのか、半自殺志願者に看病されるとか嫌すぎるだろ。


「元気そうで何より、誘拐されたって聞いた時は心配したのよ」


「それはどうも……ありがとうございます」


 どうしてか素直にお礼を言えない雰囲気なんだよなこの人は、うーん助けてもらったのと同じようなものだからこういった挨拶に躊躇したら人間としていけないのだけど。


「命は一つしか無いのだから、こんな戦いの中であっても大切にしたいものよね」


「……そうですね」


 不幸を追求する性格というか本質は変わったのだろうか。

 さっき天童さんも言ってたな、自分を探す戦いであって本来の自分にあるための戦いだと。

 そのうえで水島さんに会いたいって言っていたのだから水島さんの変化を知っていたのかもしれない。

 不幸すぎる人で、不幸を良しとする人だから、この変化は良い事だ。


「ところでお腹の子を下ろすのにはいつ付き合ってくれるのかしら、あまり時間をかけてしまうと下ろせなくなってしまうのだけど」


「一つしかない命は大切にって台詞はどこにいったんですか!」


 俺のモノローグを返せ、この人は何にも変わっちゃいない。


「無責任に産むよりはよほど良い選択だと思うのだけど」


「無責任に妊娠すんじゃねぇよ」


「仕方ないじゃない、強姦だったのよ」


 そうだった、失言だった。

 そう言われると何も言えない。

 むしろ、酷い事を言ってしまったと思ってしまう。

 これも不思議な話だ、自分で言っておいて何だけど命の定義があやふやな事になっている。


「……でも、やっぱり良くない事だと思います」


 苦し紛れにもう一言だけ反発するも、俺の語気は明らかに弱くなっていた。


「どのみち戦いに負けたら一緒なんだけどね。最近は勝った時のお願いにこの妊娠を無かった事にしようかなと思っているのよ」


「そんな事にお願いを使うんですか?」


「そんな事と言っても私にしては大切な願いよ、産まれてこなければこんな思いはしないでいいわけだしね」


「こんな思い?」


「何も楽しい事なんて無いのなら、そもそも産まれてこなければいい。あなた達はきっとそれでも良い事が無いなんて事は無いだろうって言うのでしょうけど。その良い事が今となってはしんどいのよ」


「不幸じゃないと落ち着かないっていう割には、不幸なのが嫌なんですね」


「兼ね合いの問題だと思うけどね、ずっと幸福であるのもまた不幸だと私は思うし」


 『だから最初から産まれてこなければいいのよ、面倒くさい』と水島さんが締めたあたりで、先生が入ってきてMRIの写真を取り出した。

 診察の結果は異常は見受けられなかった。


「なのでもう来院する必要はないわよ、もっともおろすのに付き合ってくれるなら、ここは産婦人科も兼任してるからどうぞ」


「自分の職場でそういう事すると角が立つんじゃないんですか……?」


「そういうのもどうでもいいのよ」


 言って、いつものように水島さんは疲れた笑顔を見せた。

 それは白衣の天使という言葉のように優しい笑顔で、だからこそ生き死にに触れる現場だからこそか、その優しさに息災が感じられる事はなかった。

 水島さんだけの事だろうけど、やはりその笑顔の気色悪さといったら無かった。





「十分に異常じゃない!」


 病院から出て合流したあさぎに今の話をしてみると、大変ご立腹のようだった。

 又聞きんらこういう反応をとるだろう、きっと俺もこんな反応をしたと思う。

 ただ、彼女を正面にしてしまうとこういったリアクションができないんだ。


「だいたい何よ、それならとっとと死ねばいいじゃない! 殺でもすればいいんだわ! 物連鎖に生かされているのに何よ!」


 あさぎの言い分も随分と乱暴な気がするのだけど、そんなあさぎの気持ちもわからなくもない。

 生きたくて生きたくて仕方ない友人が死の宣告を受けていたのだ。

 死にたくて死にたくて死のうとしないっていう水島の理屈が納得いかないのだろう。

 もっとも、水島は幾度も死のうとして失敗しているのが正しい。

 狂言自殺でも何でもなく、本気で自殺しようとしても死が遠ざかるという事だった。

 それは強烈な幸運を持っているのか、強烈な不幸を持っているのか、それがどちらかなのか、俺にはわからない。


「最初にも思った事だけどさ、戦うにしてもこれは嫌だよな」


「確かにね……んでも、どうすればいいのかな?」


「そもそもちゃんとお礼を言えていなかったから、俺は灰山さんに会ってみるべきだと思う」


「トーナメントなのに、ただ戦うだけにならないのがこの戦いのミソよねぇ。無視してもいいんだろうけどさ」


「じゃあ、あさぎは行かないか?」


「行かないでか! てそれとは別の話でさ」


 あさぎは首をかしげながら聞いてくる。

 それはもう自分の考えを放棄しているとしか見えない様子である。


「天童さんとヨアンナさんの事はどうするの?」


「加賀美ちゃん達と話た通り、天童さんとヨアンナさんがぶつかった時は天童さんを応援するよ。ヨアンナさんも承知のはずだし。以後の事は加賀美ちゃんに任せるしかないな」


「本当に千鶴の予想通りになるかな?」


「なると思うよ、天童さんはサキと戦う気満々だったからね。それでも穴だらけの作戦なのは間違いないよ、だからあさぎが嫌だと思うなら考え直す部分はあるんだけど」


「いや、千鶴を信じるよ」


 あさぎはノータイムでそんな重い事を言ってくる。

 信頼される事は嬉しい。

 信頼される事に応えなければならない。

 今まではそれに応えようとしていたから、その重さも心地良かった部分があって俺も頑張ろうと思っていた。

 思って、浮かれて、気づけないでいた。

 そんな重さを感じるような大事な決断を、何も考える事なく人任せにするあさぎの性格の問題を。

 きっと失敗しても、あさぎはいいよと言うだろう。

 でも、それはそれで問題じゃないか。

 多少なら美徳だけど、目的と信じる物のために狂気に走るあさぎの様子を俺は知っているから。

 だから、内に何を秘めているのかわからないが。

 何をああまで内包すればあそこまでイカレてしまうのかわからないが。

 一種の博打に近いのだけど。

 灰山とあさぎの邂逅は何か得るものがあるのではないかと俺は考えていた。

 そんな俺の気持ちをお互いは知らないだろう、お礼が言いたいと体よく理由をつけて灰山さんに俺は連絡を取り付けた。


「それじゃ、行くか」


「応っ!」


 ドアを開けると同時に俺達の目に飛び込んできたのは白。

 髪も服も、そして肌さえも透き通るような白。

 どうしてコイツがここにいる?

 不意を打つように、待ち構えるように、星乃ミライがそこに立っていた。

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