納得できない事を納得してください
その2
納得できない事を納得してください。
そんなわけで、俺は自分を押さえられず怒声をあげながら部屋の中でそれを発散するように暴れ回った。
カッコいい感じに表現こそしたけど、つまりは「あー!」とか「おー!」とか「どひー!」などと奇声をあげなら部屋をバタバタと走り回ったり転げ回ったりしただけなのだけど。
ネットの怒りに任せてキーボードを破壊したり奇行に走る子供を見てバカにしてた事があったけど、まさかそれに近しい事を自分でする事になるとは思わなかった。
因果関係に気がついた時はそうとしか思えなかったが、そうではないかもしれないし。
そうだとしてもどうしようもない。
無様な醜態をこの女に晒しただけという事実に気がついたのは少し息が上がってからの事だ。
この女。
確か防人あさぎといったか。
冷めた今にしてみれば、もう現時点で顔を真っ赤にして布団にくるまってしまいたいような恥ずかしい醜態をさらしていた俺を特にどうという事も無く、俺がだした茶をズーなどという音を立てながらのんきに飲んでいるだけだった。
それはそれで、そこまで暴れていたのにも関わらず空気のような扱いをしてたってのも変な話少し寂しい。
落ち着いてとか、そういう一言があってもいいんじゃないか。
そういった思いを抱えつつ、この空気の中で果たして何と声をかけたら良いのかと俺は思いを馳せていた。
いつの間にか立場が逆転しているような錯覚を覚えたが、それは事実錯覚だろう。
俺が一人芝居のように、この状況にドタバタしただけでこの防人あさぎのスタンスは今のところ感情の起伏以外は一貫した物を貫いている。
「満足した?」
透き通るのような声で確認をしてくる。
「お、おう」
ちょっと対応に困る。
その声と言葉にはいったい防人あさぎのどういった感情が渦巻いているのか全くといっていいほど察する事ができない。
「うっふふふ」
はにかみやがった。
引っ張る、こいつ引っ張りやがる!
蔑むとかバカにするとか、同情するとか心配するとか、何かしらのアクションが早急に欲しい。
蛇の生殺しだ、俺にどうして欲しいんだ。
「なんというかね」
また引っ張る。
わかった、この女の芸風は溜め芸だ。
引っ張って引っ張ってドーン! と俺に精神的な苦痛を与えるに違いない。
こっちとしてはメンタルをザックリと抉られているんだからこれ以上は傷つけないで欲しい。
そっとしておいて欲しい。
「ちょっと嬉しいよね、こうも私と同じようなリアクションをとられるとさ」
お、おお……
絶妙な、それでいて予想外の感想だった。
「私もメールが来て、戦えって言われた時はそんな感じだったよ。そこまで無様に暴れたりはしなかったけど、君と同じで辛い状況の中でコレだったからね。あったま来てるくせにそれでいて物に八つ当たりするほど感情的になれないのも同じ。変に理性が強いのも考えものだよね」
共感された。
受け入れられたと言ってもいい。
それが、少し嬉しかったが。
「ま、超カッコ悪いのは間違いない。それも私以上に!」
しっかりと上下はつけてきた。
上下というか勝ち負けというか、あんまりそれをハッキリさせても意味の無い事なのだけど、防人あさぎはそこはキッチリと重視するようだった。
器が大きい割に心の狭い女だ。
「私はね」
真剣な眼差しで今までの流れをぶったぎるように防人あさぎは切り出した。
「友達が病気でさ、今の医術じゃ治療できないらしいのよ。持ってあと2年なんだって。だから、その友達の病気を治したい。それが私の願いで戦う理由。だから負けられないし、負けるわけにはいかない」
そういえば言っていた。
パートナーとして戦ううえでまず最初に願いを確認したいと。
俺は意味がわからなかったけど、今なら意味がわかる。
ルールの最後にあった、勝ち残ればどんな願いも叶えられると。
そして、願いはお互いのパートナーの物を叶える事ができると。
そういう意味ではかなり変則だ。
パートナーの願いが気に入らないかったら、それこそ良い関係は築けない。
自分の願いではなく、相手の願いのために戦う。
他人のために戦う事を余儀なくされる。
どこか引っかかるところのあるルールな気がするけど、それはこの際はどうでもいい。
理由が大事だというのなら、俺にだってすでに戦う理由、戦わなければならない理由がある。
「俺は死んだ家族を蘇らせたい」
ルールを聞かされて最初に思った事、願った事を言う。
言わざるを得ない。
防人あさぎについてはまだまだわからないが、一つだけ確かにわかっている事がある。
とにかく真っ直ぐな奴だ。
全くもって融通が利かない、こっちの都合なんて気にもとめようとしない、それが気に入らない人も絶対にいただろう。
俺だって最初の印象は最悪だった。
でも、今はそれがは気に入らないわけじゃない。
こんな性格じゃなかったら、こうまで俺は今こうまで落ち着いていなかっただろう。
「それはご愁傷さまです……」
「いいって、気にするな」
変にしおらしい防人あさぎ様子に、自分でもびっくりするような事を言ってのけた。
気にするなって、俺はそれを気にしていたからこうも引きこもっていたのに。
それさえも、まるで無かった事のように言ってしまっているのだ。
どういう心境の変化だと他人事のように思ってしまう。
まるでスイッチが入ったように。
それに折り合いがついてしまったように、俺はそう思ってしまう。
そんなはずはないのに。
そんなはずにしてしまって良いわけないのに。
「しっかし、きったねぇとかいうか、えげつないわよね」
俺の戸惑いを知ってか知らずか防人あさぎは気持ちを切り替えるように続ける。
「運営側がさ、絶対に叶えさせたい願いっていうか。戦わせる理由を用意してるわよね。それこそ私達の運命をいじくるように。運営側が何者なのか知らないけど、私はそれが気に入らないわ」
その通りだと思った。
事実がどうかは知らないが、こんなマンガやアニメの世界が現実におきたら、ご都合主義な話というか設定を盛られた事に作為めいた、作意めいた物を感じる。
俺もそう思って共感したが、防人あさぎにはそれより先の感情があった。
「でも、それ以上に、それに気がついたら自分の不幸をそれというかそいつらのせいにしてしまっている自分も気に入らない。そいつらが、運営側が悪いって思ってしまう事で気持ちが楽になってる自分が許せない。私の気持ちは、感情は私の物よ。絶対にそれは譲れないわ。それで少し楽になってるだなんて、感謝に近い感情は絶対に持ってあげない!」
真っ直ぐだと思ったが、とことん真っ直ぐな女だった。
自分に厳しいとかそういうレベルじゃない、絶対にドMな女だ。
しかも自分がマゾである事に気がついてない。
気がついていても、絶対にそれをこいつは認めようとしない。
ただ、共感する部分はあった。
俺だって家族を返せっていう感情が強いけど、返せっていっている時点で運営側を攻めている。
攻撃できる対象がいるのは楽だ、自分の中に閉じこめる必要が無いのだから。
でも、防人あさぎはそれすらも許さない。
その当然持って良い感情さえも甘えだと、誇り高く言い切って、言い聞かせてみせているのだ。
自分の中の矛盾さえも認めない。
気持ちはわかるが真似できないし、俺はそれを認められない。
防人あさぎのその強がりを、彼女の言葉で言い返すならとてもカッコ悪いと感じた。
カッコ悪いが、尊敬できる。
油断したというか、迂闊だったというか。
当然の事で、もうそれしか無い状況だったけど。
この強いようで弱点だらけの防人あさぎの力になってやりたいと微かでも思ってしまった。
人生を決める大事な事を、決まってしまっていた人生を決め治す大事な事を。
まるでレンタルビデオ屋の会員になるような、三十分たらずの邂逅で決めてしまった。
「名前で呼べばいいんだろ、俺も名前で呼ぶ。よろしくなあさぎ」
露骨に驚いたみたいな表情を見せた後に、やっとあさぎは笑ってみせた。
「こちらこそよろしく千鶴、今日から私達はパートナーよ」




