未来は誰にもわからない、誰も何もわからない。
その6
未来は誰にもわからない、誰も何もわからない。
見通しが良くなったところで、不思議な空間である事は変わらなかった。
大きく円を作っているクイズの回答席。
離れた円卓とでも言えばいいのだろうか、どこまでも白い世界に等間隔でつくられた円。
なまじ見えているからか、今は床を踏んでいる感覚は確かにあるのに、足下に床などは無んだと思い知らされる。
さりとて浮いているという感覚もなく、透明度百%のガラスの上に足がついているという感じだろうか。
もう、この空間に対しての言及はやめよう、不思議空間でいいや。
何があっても驚かない、だから誰もいなかった席が全員埋まっていても驚かない。
当然といえば当然なのだけど、周りの埋まった席にはしらない人ばかり。
予選通過チームが一回戦で半分になったのだから、今は十六組三十二名という事になる。
当然の事なのだけど、あらためて考えると壮絶な間引きだ。
必死になってたどり着いた三十二組がもう半数になってしまっている。
逆に考えれば一気に終わりが近づいてきたという実感が沸く。
不思議な緊張感、あさぎもそんな様子だった。
すると。
空間の中央に黒く円が浮かび上がり、そしてその円の中から、頭からゆっくりと少女がせり上がってきた。
周囲が『おお……』とどよめく。
透けるような白い肌に、絹かと錯覚する美しい長い白髪、白いワンピース姿の美少女。
俺もこれが初見だったら同じようなリアクションしていたと思う。
イメージ先行で、勝手に高貴な存在だと感じてしまっただろう。
最初は俺も、近い事を感じたから攻めまい。
そうは思っても、それをミライだと知っている俺はあの娘っ子が好きそうな思わせぶりな演出だなぁなどと気楽に考えていた。
ゆっくり時間をかけやがって、早く出てこいよ。
「星の導きに選定されし勇者の皆様、勝ち残られた事をまず祝福させていただきます」
宝塚のような過剰な演技と、頑張って考えたのだろう無駄に荘重な台詞回しにと、作りに作った悪そうな笑顔でまず最初にミライは歌うように俺達を祝福した。
俺は一人で吹き出しそうになった。
天童さんは爆笑していた。
ミライを初めて見る地蔵院さんは「はやくしろ」と言いたげなぶっちょう顔だった。
あさぎは隣で「カッコイイ……」と言っていた、アホかこいつは。
「私はこの神聖なる聖戦の主催者……。皆様方を陰ながら敬愛する者……。フフ……そうとだけ今は申し上げておきましょう」
「お前は星乃ミライだろ、ちゃんと挨拶しなさい!」
空気を読まない天童さんの声が響き渡った。
……読まなすぎだった。
さすが天災、その対象がどのような者であっても区別も差別もせずに容赦無し。
厳かな空気が一声で珍妙な空気に早変わりし、その瞬間を切り取ったようにミライの顔が硬直していた。
自己陶酔しまくりて、無駄にミステリアスに振る舞っていた時にこれはかなり恥ずかしい!
自業自得とはいえ、さすがにミライに同情さえしてしまう。
どこかで味わった懐かしい感覚。
そうだ、授業参観で気合いの入った友達のお母さんが息子の番の時に声援を送っているのを目の当たりにしたあの感情だ。
「……ここまで勝ちあがってきた皆様は、そろそろ優勝という二文字を意識されるかと思います。フフ……ご安心ください、優勝された方の望みは必ずこの星乃ミライが叶える事をここに誓いましょう!」
おお! 頑張った!
ミライが頑張った!
さっき名乗らなかったのに、次の台詞で名乗っちゃうあたり何とも締まらないのは否めないが、それでもミライ自身の神々しい雰囲気だけは首の皮一枚でつなぎ止めた。
『誓いましょう』の時に無駄に腕を前にピーンと伸ばして決め顔を作れたあたり即興の割には大した演出だ。
ん?
伸ばした腕の先のそり上がらせた掌に何か書いてあるような……。
まさか、カンペじゃないよな?
さすがにそれはないよな。
「で、ミライ。私達は何で呼ばれたの?」
「お嬢ちゃん、前置きは十分だから話を進めちゃくれねぇか?」
ガン無視だった。
ミライの頑張りは残酷なまでに徒労に終わった。
天童さんだけでなく、地蔵院さんも今度は絡んできた。
天童さんは純粋に空気が読めないだけだからまだいいが、地蔵院さんに至っては普通に半ギレしてるあたり余計にタチが悪い。
確かに地蔵院さんは厨二病的な演出は好きじゃないだろうし、理解もできなさそうだしな。
気の毒だけど、それが通用しない相手だったというわけだ。
二人のおかげでミライのやりたかったであろうキャラクター作りは見事なまでに頓挫した。
「……なによぅ!」
目に涙を溜めて、ワンピースのスカートの裾を握りしめ、ギリと歯を食いしばり、ブルブルと肩を震わせながら恨み節を呟き。
もう、どうでもいいやとばかりに早口で掌を見ながら宣言する。
「人数も少なり戦いも佳境、皆様が今後どのような方と戦うのか、知らぬというのはあまりにも寂しく滑稽だと思いまして、フフフここで笑顔をつくって辺りを見回して手を大きくのばしてバレェのように一回転、スカートをひろがらせるように親睦を深めていただくためにこの場を用意致しました。しばしのご歓談をお楽しみくださいませ」
カンペだった。
ヤケクソになっていたからか、読まなくてもいい部分まで読んでしまっている気がするが俺は聞かないであげた。
俺だけは聞かないであげた。
三十六人もいるんだから、俺くらいは理解者がいてやってもいいだろう。
出てくるときの大見得切った登場とは対照的に、言うだけいってミライはこの場から消えてしまった。
天童さんも地蔵院さんも、どうしてくれんだよこの空気。
司会進行が不在となる、はた迷惑な話だった。
ミライもミライで、これから一ヶ月かけて殺しあう連中と何を話せっていうんだよ。
「どうしよう、まずは自己紹介かな?」
目が泳ぎまくってテンパってあさぎが俺の袖を引っ張る。
せんでいい、そんな事。
そんな中、天童さんが立ち上がった。
相変わらず気持がいい思い切りの良さだ、それだけに何を言い出すかわからなくて不安だけど。
「えーっと、まずは自己紹介か?」
「ほら、やっぱり自己紹介からだよ!」
天童さんにつられてあさぎが何か確信する。
恥ずかしいからやめてくれないか。
「私は天童翼子、自分で言うノモアレだけど。皆ランキングとかさすがに確認してるだろうから知ってるんじゃないかな。そうランキング一位の天童翼子さんです」
大事な事だからか名前を二度言った。
言わなくてもこの場の全員がこの人の名前だけは知っていただろうけど。
「やらなきゃならないからこのクソゲーをここまで進めてきたわけだけどさ、正直なところ私はわりとどうでもいいと思ってたのよ、叶えたい願いがあるわけでもないしさ。だけどちょっと面白い話をさっき聞いたからそれを伝えたくて……」
天童さんにしては珍しく言葉を選んで話をしていた。
そこで言葉を詰まらせてから、どう切り出していいものかと小首をかしげて少し悩んでみせてから。
「ランキング二位の私より下の大和晴彦っていうのがいたのもチェックしてるかな? それが私たちの一回戦の相手だったんだけどさ、そいつが前回の優勝者だったのよ」
トンデモない事を言い出した。
どういう取り組み表になってるのか、どういう意図でそういう風にミライは決めたのか。
意図的に決めておらず、完全にランダムで対戦相手が決まったのだとしてもこの流れは予想していなかった。
いや、ランダムなんて事をあの物語至上主義みたいなミライがするはずがない。
どちらかというと、ヨダレ垂らしながら『この子がこうやって勝ち上がれば決勝で、ウフフ……』とか危ない状態でノリノリでやりそうだ。
いや、待てよ。
ミライは誰が再参加者なのか知らないと言っていた。
知らないのならば不可抗力で、こういった展開になってしまう事もありえたのか。
カードを決める事はできても、戦うのは俺達なのだからミライの考えるように結果は進むのだから。
先の事は。
未来の事はミライにも分からない。
だとすると重要なのは結果だ。
こればかりは覆らないのだ、周りはいざ知らず俺達からしてみれば酷い話だ。
前大会の優勝者と名乗っておき、あげく思わせぶりに意味の無い話だけして。
顔もわからないままに、一回戦で敗退しやがった。
普通だったらそんな経歴の奴は、東の話じゃないけれどラスボス級の待遇を受けるもんじゃないのか。
いや、現実か。
これが現実か。
漫画やアニメじゃあるまいし、実力者やライバルが都合良く決勝で当たるなんて事はないのだ。
もういっそこの際、一回戦で天童さんと当たらなかったという幸運を噛みしめておこう。
しかし、この人が出てくると本当に場がおかしな事になるな。
まさに、天災だよ。
「で、だ」
天童さんはそこで大きく仕切り直す。
「大和晴彦の前回の願いっていうのは『この戦いの再参加』仕組みを理解したうえでこの戦いを利用しようとしたわけだ。さっきのミライは前大会じゃ出現もしてなかったらしい。前にミライに会ったって私が言ったら驚いていたよ。もう一人の主催者の願いだった『主催者を次回の大会で大会中に感知できる事』という願いがこんな形で叶っていたのかってね」
天童さんは続ける。
「さてと、どうして大和が自分の願いをさておいてこんな願いをしたのかって話なんだけど、前回の二人共通の願いっていうのが『ミライよりさらに上位の存在の介入』主催者というかスポンサーを引っ張り出す事で三者会議を開こうって事ね。根本に立ち返れば大会なんてものは、そうでないと開かれないものね」
『あ!』と思わず声を漏らしてしまう。
確かにこの戦いは変なところで選手主義というか、超常的ではあるけれど世間でいう暗黙のルールに従ったものだった。
公平でいて、公平ではなく、それでも公平と感じる民主主義。
だから何かをするならば面倒でも段取りを踏んでいくしかない。
それしか道はない。
逆に、そういった手順を踏みえさえすればそこに届くかもしれないという事だ。
こちらからの一方的な報酬や要求の改善は相手も飲み込まないが、選手と運営とスポンサーという必要な要素が会して合意するならばルールや条件の改訂が望めるという事か。
ミライだって最初にルールを強いられたと言った。
出資者である世界だか宇宙だかわからない『お父様』という存在が『ミライ』という地球を運営するにあたって『俺達』が選ばれたのだ。
そして、その報酬を俺達は今まで一方的に飲んできた。
叶えられない願いの注釈にあった『この戦いの停止を願うような事はできない』という一文。
それがあるからこの戦いに嫌気が差したとしても、もう行わせないという願いは無効になる。
だが、ここまで上記の要素を縛ってしまえば『お父様』も『ミライ』も俺達の要求を聞かざるをえなくなる。
自分の願いもあっただろうに投げ売って、その可能性に、壮大なストライキ活動に大和晴彦は打ってでたのだ。
自らと、自らの戦った相手達を全て犠牲にして必要な手順を踏んだのだ。
感銘を受ける、英雄と呼ぶにふさわしい決断だ。
そして、順調であったその計画はこの規格外の天童さんに残念ながら潰されてしまった。
……なんとも気の毒と言う他ならない。
「私も大和から聞いた聞いた話だからね。都市伝説に詳しい奴の言葉を借りるなら『信じるも信じないもあなた達次第』ってやつなんだけど今回に限り勝った奴がこのこの戦いのルールをねじ曲げるって望みや、この戦いそのものの中止を願えるって事らしいのよ」
誰も何も口を挟まない。
「自分達だけではなく、次の世代の事を考えてくれって大和晴彦は言ってたわ。自分が負けてしまう以上、この願いを託さないといけないとか何とか。ここで全員に言っておけば大和の願いは全員に託されたってわけだ」
言って翼子さんは肩をすくめた。
「で、まぁ……。私はそんなわけのわからん願いを叶えてやる気は無い!!」
前の戦いから画策した平和解決という悲願を翼子さんは『わけがわからん』と切って捨てた
ハッキリと否定した。
本当に大和の立場と言ったら無かった。
納得するというか、事情はわかったがそれはそうという物だ翼子さんからしてみれば、俺からしてみても。
そんな壮大な話をされても、世界の命運の話を持ち出されても、逆に壮大すぎて実感がわくわけがない。
これまで自分が戦ってきた理由をそうですか、じゃあそうしますといくはずもない。
そんな物わかりの良い奴は漫画の中にしかいないし、一個人が直接世界を救うなんてのはゲームの中にしか存在しないのだ。
「まぁ、細かい事はいいや! とりあえず話してくれって頼まれた事は全部話たしね。後はあんたら頭の中で適当に補完したり考えなさい。前からどういう事情だったとか、私達は知らないって話よね。細かい設定を気にするなんて日本人の悪い癖だよね! 怪獣の体重がどうとか、ヒーローのパンチ力がどうとか! 単純にデカイ! 強いでいいじゃないねぇ?」
怪獣図鑑のそういう設定を子供の頃に楽しく熟読していた俺には天童さんのその意見には賛成しかねる。
けど、天童さんの言い分はわかる。
天童さんの例えが致命的にへたくそなだけだ、日本で例えるなら前の世代がやっらかした尻拭いを今世代が引き継げという事だ。
大和は自分でやろうとしただけ、そういう風潮よりはマシってだけ。
今には今の事情がある、それが今ではなくこの場合は個人の事情ってだけだ。
「要するにだ」
天童さんの話をうまく纏められない悪癖に痺れをきらして、横から地蔵院さんが纏める。
「前の奴らがいろいろやったおかげで今回の戦いに勝てば、今回に限り戦いを止めさせたりってそういう願いをかなえられるんだとよ」
「もちろん、叶える必要も義理もないけどね」
めんどくさい説明をやっと終わらせる事ができると、天童さんは気持ちよさそうな顔で次に宣言した。
「ま、これで説明してくれって言われた義理は果たしたかな。後は自由に考えるといいよ、だいたいこんな話に意味はないけどね、なぜなら私がお前等を全員ぶっ飛ばす!!」
その迫力と言ったらなかった。
言葉を選んで何とか大和の言葉を伝えようとしていたしどろもどろな様子はそこには無かった。
俺だけじゃなく、あさぎも、この場にいる全員も感じただろう。
天童さんの持つ、強者しか持たないプレッシャーを。
「ちょっと待ってくれ」
サラリーマン風の男が天童さんに声をかけた。
「さっきの子、あの娘が本当にこの戦いの主催者だったとして、どうして君は彼女と前から会えたんだ?」
俺達はミライに以前に会っているし、なんとなく今回の戦いの特殊な状況もわかっていたから理解できたけど、何も事情を知らない人は当然そうなるよな。
「私だってわっかんないわよ。もー! めんどくせぇなぁ! 誰か代わりに説明できる奴いないのか?」
そう言われても天童さんなら当然そうなるよな。
といってもミライの正体は地球らしいとか俺が説明しても皆は納得しないんじゃないのか。
突拍子が無さすぎて、柔軟に考えられないだろう。
むしろ俺達と違って急にそう言われて納得できるのなら、それは思考放棄と言った方がいい。
「それでは、私が」
言って、スッと静かな所作で手を挙げる女性が一人。
少しつり目がかった、いかにもお嬢様といったブレザー姿の俺達と同じくくらいの歳の眼鏡の女性。
透き通った綺麗な声を張り、上品な笑顔で説明を始めた。
「初めまして日下部阿左美です、お前等みたいな雑魚共が余計な気をまわしたところで真実にも優勝にも到達できないのだから余計な事を考えずにせいぜい残り少ない余生を楽しみなさい、というお話よ」
やっと分かりやすい話になった。
なったけど説明になってなかった。
サラリーマン風の男の疑問に対して、何一つとして答えてはいなかった。
天童さんに続けとばかりな、彼女のただの宣戦布告だった。
「何だ君は!」
声をあげていたサラリーマン風の男が、その日下部の煽りに乗るように声をあげた。
その声に合わせるように日下部の上品な笑顔は、冷笑へと変貌する。
「雑魚なりの意地かしら、でも無い頭で理解できるかしら……?」
日下部はそこで一度ため息をついた。
「先程の天童さんの説明であげられた前回の優勝者の願い、優勝者の今回の戦いの再参加。二人一組なのだから再参加者は二人いるはずでしょう。どう、理解できて?」
直接それを言葉にする事なく、その冷めた言い回しと冷たい視線だけでサラリーマン風の男を日下部は圧倒する。
その風格たるや、天童さんと方向性は違えでも匹敵するものがあった。
それだけで彼女がそうであるという事を雄弁に語っている。
思えばお互いの願いを叶えるのだから、どちらか一方だけがその権利を受け取るように願う必要は無い。
再参加者は二人。
大和ではない方の再参加者。
残りの参加者全員を前にして、全くそれに臆していない。
ひしひしと感じる、前回の優勝者という存在感。
強者のみが持つプレッシャー。
それこそラスボスが持つような威風堂々たる佇まい。
「あら、脅えてしまったのかしら? 雑魚って言いましたけど、弱虫だったようですね。魚じゃなくて虫でしたわね。思えばそうですわよね、序列としては虫は魚の餌なわけですから。脅えなくてもよろしくてよ、優しく踏みつぶしてさしあげますから」
日下部は冷笑から再び上品な笑顔へと表情を戻す。
上品ではあるが、その笑顔の裏を見せられた後だからかそちらの方がより強いプレッシャーを感じる。
「おっと、活きがいいのが残ってきてるじゃねぇか!だけど、前回の優勝者の一人はもう私が倒しちまったぜ?」
戦闘モードに頭が切り替わった翼子さんが、その日下部の挑発に嬉しそうに乗りかかった。
「大和は大和、私は私。そんな事をおっしゃって、持っている物の違いがわからないというのなら、天童さんも底が知れてしまいますわよ」
「安心しな、アイツとお前は別格だ! ここにきてもう一つ楽しみが増えるなんて! ちゃんと勝ち上がって来いよ、翼子さんが直々に叩きのめしてあげるから」
「ご期待にそえられるかどうかはわかりませんけどね」
ジリジリと天童さんと日下部がにらみ合う。
視線と視線がぶつかり合う、漫画だったら絶対に火花が散ってるなこれ。
最近はあの表現ってあんまり見ないけど。
「………………イわねぇ」
日下部はどこかで聞いた覚えがある変なイントネーションで何かを呟きながら視線を外した。
埒があかないという事なのだろうけど、それでも負けた気がしたのだろう。
少しだけその綺麗な顔を強ばらせた。
逆に天童さんはご満悦といった様子だった。
「他に、今から私に喧嘩を売っておこうって奴はいないのか!」
「私だって負けないわよバサ子さん!」
「ブーーーーーッ!」
思わず吹き出してしまった。
なんか大人しくしてるなと思ったら、どうやらタイミングを見計らっていたらしい。
地蔵院さんは我関せずといった表情だし、日下部の隣の……。
日下部ばかりに気をとられていたけど、日下部のパートナーの男はどこかで見覚えがある。
顔はよく覚えてないけど、雰囲気というかシルエットというか。
それにしても二人ともよくそんな澄まし顔でいられるな、俺はもう顔から火が出るくらい恥ずかしい。
さっきのミライの気持ちが痛いほどわかるよ。
「そうこなくっちゃなネギ!私に当たるまで負けるなよ!」
俺達を知ってるヨアンナさんも水島さんも、この天童、日下部、あさぎ劇場についていけてない様子だった。
俺達を知っていてこれなのだから、俺達を知らない他の人達からしたらもっとだろう。
もう止めてほしい。
俺が授業参観でハッスルする母親に気恥ずかしさを感じる小学生のようにうつむいて、この生き地獄のような状況をやり過ごそうと耐えていると。
日下部の呟きが耳に届いた。
「……アイツもウザぁイわねぇ」
その独特のイントネーション。
それはラーメン屋の大気軒で偶然居合わせた、あの和服の女とアイドルのような格好をしていた女と同じ物だった。




