失恋。
その20
失恋。
翌日はあさぎと連絡がつかなかったが、さらに翌日。
東との敗北から数えて二日目に俺は防人あさぎと再会した。
再会したものの、その時既に彼女は別人になっていた。
地味を絵に描いたような、まるでモブキャラのような出で立ちから一変していた。
肩くらいまであった茶がかったボブヘアーの髪はバッサリと切られ完全にショートヘアになっており、ふわっとしていた前髪はもとからそうだったのか、はたまたストレートパーマを当てたのかしなやかに伸びており、色も黒になっている。
その前髪を九対一に目にかからないようにわけたものだから、あさぎの力強い目が露わになる。
ふわっとしたジャンパーのようなカーディガンなど羽織らず肘くらまでの丈のロングTシャツのみ。
ロングスカート気味のワンピースなど脱ぎ捨てて、ロングスパッツにミニスカートを組み合わせたスタイル。
変わらないのはトレッキングシューズの部分のみだった。
「え、誰?」
「誰とはパートナーに向かってご挨拶ね!」
いつもと変わらないあさぎがいた。
いや、見た目は変わりまくっているのだが。
あさぎに連絡をしつつも状況の整理というか、ヨアンナさんと別れて、一人になってみて。
死んだというか、負けたという事実を俺は噛みしめつつも遠ざけようと昨日は寝てしまっていたわけだが。
どうやら、その選択はとんでもない事を招いてしまっていたようである。
ともあれ、さすがに意味がわからなかったので詳しい話を聞くしかなかった
顛末を聞いてみて。
後の祭りというか、祭りの後というか。
結果としてだけど、俺はその場にいても結局は何もできなかったろうし。
何もしなかったろうし。
何もしてはいけなかっただろう。
でも、それはあくまで結果論であって。
あさぎのその決起に決意に、何もできないどころか気づいてもやれなかった事に一抹の寂しさを覚えるのは間違いなかった。
この感情は間違いなく恋いではないし、絶対に愛ではない。
言葉っていうのはこういう時に無力なのだと思ってしまう。
同じように俺は無力だったが、この件に関しては無力で当然なのだが。
これは失点ではなだろう。
失点だとしても挽回できる失点だ。
ありもしない汚名の返上だ。
まだまだ、俺にそのチャンスは有るのだ。
敗北を喫したあさぎは。
完全に敗北を味わったあさぎは。
どんずまりで絶望して、叶えたい願いが頓挫してしまったという事実に直面し。
その時に走馬燈のように、自分の心の中が見えたのだという。
それは死を感じた瞬間に東に言われた言葉がきっかけだっとのではないかと感じていたようだった。
心を射ぬかれたような、見透かされたような、だからこそ受け入れたかのような。
悔しいというのなら、失点というのなら、その役目は東ではなく俺がやりたかったという思いがある。
あるだけで、俺ではできなかっただろう。
俺では、きっとあさぎに殺されて終わりだ。
あさぎはそういう女で、自分でもそう言っていたし、そういう女だと知っているのだから。
東はそこまで見透かしていたのだろうから、本当に嫌な奴である。
さて、東に指摘されてあさぎは自分の中の想いというか感情というか。
恋心と向き合う事になる。
ヤッ君の事だ。
幼なじみという事だから、その恋慕の質も強さも、堅さも重さも俺には想像できないが、ともかくあさぎはヤッ君の事が好きだったわけだ。
ここで『だった』と。
今、過去形として振り返れる事に大変な意味を持つ。
あさぎ自身も自分の未熟さ、汚さから封印していた感情。
願いの根幹。
君子ちゃんという子が病にふせったという事をチャンスと思ってしまったあさましい心。
それをあさぎ自身が許せず、彼女を治すという願いを叶えてヤッ君と君子ちゃんとの幸せを願う。
と、いうのがあさぎの思惑だったわけで。
その男前な考えは俺も学ぶべき部分があるが、ここで重要なのはそれで二人の関係を。
もとい、三人の関係を修復した先にあさぎは何を求めていたのか。
それをあさぎ自身も気がついていなかったのだ。
前と変わらず対等の立場で笑えるようになりたい、とあさぎは語ったが、それはつまりヤッ君と君子が付き合うのは認めるし悪いとは言わないけれど、別にヤッ君の事は諦めているわけではないよという事だ。
振り出しに戻る。
元に戻る。
元の黙阿弥になる。
すべてを投げて叶える願いの本質は、結局そこに帰結する。
果たして、その覚悟は本物か。
本物と言えるのか。
あさぎは死を前にそこに直面し。
直面した結果。
それは違うと思ってしまった。
気がついてしまった。
だから。
心が折れてしまった。
今までと同じように笑い、今までと同じように会話をして、今までと同じように想いを隠す。
そんな物を自分は求めたわけではないと。
対等と言えるのは。
よこしまな気持ちなど無く、クリアな気持ちでいる事だと気がついた。
だからこそ。
その逃避に終止符打とうと決意した。
一度死んで、絶望し、だからこそ届いた結論だった。
つまるところあさぎはヤッ君にキチンと告白し。
そしてハッキリと振られたのだ。
完全に失恋を味わったのだ。
十年に及ぶ想いを本当の意味で断ち切れたのだ。
十年分の想いを全部涙に変えて吐き出した。
十年分の想いを全部涙に変えて洗い流した。
その先に残ったのは、純粋に友達を救いたいという。
それでも残ったのは、好きだった男と好きな友達通しの幸せを願いたいという想いだけだった。
あさぎは変わった。
だけど変わっていなかった。
常に真っ直ぐで、単純で、少し頭が弱いかもしれなが、だからこそ挫けない。
主人公のような女のままだった。
確かにあさぎには似つかないなと、俺も思っていた少女趣味っぽい服装は単純にヤッ君とやらの好みであり。
あさぎは意識してか、無意識なのか自然とそういう服を選んでいたそうなのだが。
まるで憑き物が落ちたように、昨日、自分の趣味と好みに合わせたそうだ。
好きな人に合わせて自分を変えたり押さえ込むなんてのは恋いに付き物だ。
それは恋という憑き物だ、決して悪い事じゃない。
憑き物がとれてなお、残った感情は変わらないというのがあさぎらしく。
それでこその防人あさぎだ。
それが俺にはたまらなく嬉しかった。
「そっちの方が似合ってるぜ」
「そんな事を言われても、惚れてはあげないよ?」
「こっちから願い下げだよ」
「なら、純粋にありがとう」
「どういたしまして」
叶えたい願いは変わらない。
俺はあさぎに引っ張られてあやふやになっていた想いを再確認する。
俺は家族を取り戻したい。
ミライが奪ったのかどうかは、もう関係無かった。
怒りが無いといえば嘘になるが、このあさぎと一緒ならばその願いに届く。
それには俺にも折れない心が必要だ。
このパートナーの心が折れないように、俺が精一杯手助けをするという決意が必要だ。
だから出来る事を始めよう。
拾った命なのか、とっておかれた命なのかは知らないが、終わらないならそれでいい。
その事実だけで十分すぎる。
あさぎの隣に並び立ち、俺はその時確かにそう決意したのだった。




