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星のアスクレピオス  作者: 面沢銀
前半パート  星へと至る予選編
22/66

七百五十円で買える、かけがえのない時間。

 その19

 七百五十円で買えるかけがえのない時間。



 べろりと、じっとりとざらついた触感が頬を撫でた。

 まどろみ淀んだ意識がゆっくりと覚醒する。

 不思議と思考はハッキリしていた。

 リアルな夢を見ていた感じだ。

 どこからどまでが本当かわからない。


 敗北は死に繋がる戦いで負けたのだ、つまり死んだ。

 死んだんだよな?

 死してなお意識があるのか、死後の世界なんて死んでからしかわからないのだから、あれが死後の世界だというのだろうか。

 夢の中で夢を見たような、夢の中で天童さんと東とミライに会った事に現実感が持てなかった。


 あれが死後の世界というのならとんだ茶番だ、どうせ死後というのなら死んだ家族に会わせてくれよ。

 でも、俺達は人殺しだから家族と違って地獄に落ちるのだろうか、それなら会う事はできないか。

 そもそも天国とか地獄とかも本当は存在するのだろうか。

 死後の世界は死んだ人にしかわからないのだから、そんな物がある確証は無い。

 無いかもしれないし、あるかもしれない。


 あったとしてもそんな二つに分けられるものではないのかもしれない。

 この戦いも、俺が生きていた世界も、良い悪いで単純に分けられる世界じゃなかったのだから。


 そんな難しい事を考えながら目を開けると、俺の視界がアホ面をした駄犬でいっぱいになる。

 というか、ハチだった。


「あわわわわわわわ」


(あばばばばばばば)


「何でハチがここにいるんだよ!?」


(ふぁーすときっすを奪っちゃった ぽっ)


「ファーストじゃねぇから!」


(いや、俺ホモだし)


「マジで!?」


(すまないがホモ以外は帰ってくれないか!)


「じゃあ、俺帰るわ」


(いや……お前は帰らなくていいんじゃないか?)


「俺、ホモじゃねぇよ!」


(俺も実はホモじゃない)


「何テ会話をシテるのよ…」


 全くもってその通りだった。

 俺のシリアスなモノローグはまたしても台無しになった。

 台無しだと言ってみても、やはりあんな哲学的な思考など。

 あえて無意味といい切ろう。

 俺のそんな益体もない考えなどに意味なんて無かった。

 ちょっと難しいそうな事を考える自分に酔っただけ。

 それこそミライのような自己陶酔だ。


「ヨアンナさん!?」


「ドウシテここに?とかドウイウ状況ですか?とか月並みな質問はスルーするヨ、そういうのはあさぎガ目を覚ましてカラネ。お腹すいてナイ?チャーハン作るよ?」


 もしかしてハチがネットスラングを使うのはヨアンナさんのせい?

 それはともかく、俺達は東に敗北した。

 振り返ってみても夢じゃないし。

 振り返らなくても間違いない。

 ならば何故、俺達は生きているのか。

 そういう疑問はあるが、それはあさぎが目を覚ましてからだ。


 あのミライと東と天童さんと一緒だった時に聞かされた夢だか何だかわからない現実味をおびていない世界で聞かされた東の企みのままだとしても。

 肉体を持った俺の最後の記憶は崩れ落ちるあさぎなのだ。

 瞼を閉じれば最後の光景がまざまざと思い浮かぶし、未だに死の恐怖がフラッシュバックする。

 極端な面白キャラのヨアンナさんとハチがいなかったらその重圧でとっくに空になっている腹の中の物を全部出してしまいそうだ。

 もっとも、腹の中に物など入っていなそうだ。

 『ぐ~』という腹の音が俺の言葉の代わりに答えた。



 我ながら間抜けだなと苦笑いすると、それは俺が確かに生きている事に間違いと実感できる反応だった。

 良くも悪くも気負わずに考えてみよう。


 そうして、俺はすぐ横で安らかな表情で眠っているあさぎがいる事に気がついた。

 呼吸が見て取れるから死んでいない。

 それだけで、束の間である事はわかっているが俺は安心を覚えていた。

 寝ている。

 ならば、俺と入れ替わりであさぎはあの変な世界で東と天童さんとやりとりをしているのだろうか。


 うん。

 あの夢の中でのドタバタがあったからか心に余裕ができている。

 周りを観察してみると、俺が横になっていたのはソファー。

 ここはリビング。

 リビングにはハンモックがかけてあり、そこにあさぎが眠っている。

 大きめの観葉植物が二本、木製でインテイリアは統一されていて、床に引かれた白いシーツが清潔さを感じさせる。

 そのシーツの上で巨体を小さく丸めたハチが寝ていた。

 寝付きの早い犬だ、さっきのテンションは何だったんだよ。

 とにかく一見すればモデルルームのような部屋。


「あんまり女性の部屋ヲじろじろ見ルのはよくないヨ」


 どうやらヨアンナさんの部屋のようである。


「チャーハン作ろうと思たケド、米足りなかタよ。近くに美味シいラーメン屋さんあるから行きまショウ。チャーハン言てたから中華食べたいデス」


「あさぎは?」


「ハチいルから大丈夫でしょウ、実は私の体は麺で出来ているのですよ」


「酷い肉体の構成ですね」


 どんだけラーメン食べてるんだよ


「血潮はスープ、心はナルト」


「幾たびの大盛りを全て完食……ってやかましいわ」


 ……自分でも最近は突っ込みに磨きがかかってきた気がする。

 自分の新たな一面がどんどん開拓されている、俺ってこんな奴だったっけ?

 そもそも俺ってどんな奴だ?

 半年も引きこもりをしていたから、なんだかそれも忘れてしまっている。

 いや、俺は何を考えてるんだ?

 自分がわかる奴なんていないだろ、だから自分探しなんて言葉があるんだ。

 自分、自分ね。

 自分を探すなんていうのも、見方を変えれば逃げているって事なのかもしれない。

 体の良い言い訳のような。

 東に指摘されて気にして、ミライに感化されて厨二病な発想になってる、まったくもって馬鹿馬鹿しい。

 もっと別な事を考えよう。


「そこのラーメンは旨いんですか?」


「旨いヨー、ほっぺたが落ちちゃうヨー、本格的な富良野ラーメンだヨー」


「富良野とはまたマニアックな」


「札幌いちば~ん」


「北海道ってとこしかあってないじゃないですか」


「ドウシテ自分探しの旅テ北海道に行くんだろうネ?」


 急に俺がさっき考えていた事に直結した問いをしてきた。

 ヨアンナさんは、もちろんそんな事を意識していないだろう。

 だからこそ変なタイミングだ、今ここでそれについて考えろという啓示を受けているんじゃないかとさえ感じてしまう。


「私は自分探しイコール、ラーメンの食ベ歩キだと思ってイルのでス」


「あんたどんだけラーメン好きなんだよ!」


 思わず歳上をアンタ呼ばわりしてしまった。

 そんなラーメンジャンキーに連れて来られたのは『大気軒』というラーメン屋だった。

 お店のキャッチコピーは『美味しさ宇宙級』だった、実に胡散臭い。

 宇宙級のわりには地球の重力の中だし、その上に成層圏があるわけで、その辺りを店主はどう考えているのだろうか。

 それにラーメンといったらイメージカラーは赤だと思うのだけど、大気圏をイメージしたからかどうか知らないが店の看板の色がモスグリーンだ、美味しそうなイメージはほど遠い。


「あれ?」


「ん?」


 聞いた事のある声がしたと振り返るとそこには健太君がいた。


「あれ、健太君ジャないデスか。奇遇ですネ、どうしたンですか?」


「サバンナが帰って来るのを待ってたんですけど、お腹がすいちゃって。ここ美味しいから」


「ですヨネー」


 マジか、名前も見た目もアレだが味は本物なのか。

 ちょっと期待してしまうぞ。



「結論から言いマスと、私達は東ノ申し出を断っタのです」


 それはヨアンナさんの言葉から口引きを切られた。


「と、イウカですね。東の言い方ハ最初から徒党ヲ組ませル気ガ無かっタような感ジですね。アレです、徒党を組ムとある種のゲームオーバーへのフラグが立ツみたいな事ヲ行ってマシたから。それでモまぁ、あさぎと千鶴が倒れてル言われたラ罠かもシレなくても行くでショウ?」


「それは嬉しいですけど、やっぱり東の考えが良くわからないですね。ヨアンナさんの話じゃないですけど予選の間な……」


 予選の間なら有効な条件って話をしようとした矢先にふと思い浮かぶ。

 天童翼子の存在を。

 あの超企画外の存在の事を。


「ヨアンナさんは天童翼子って知ってます?」


「テンコドー? 韓国の格闘技でショウ?」


「それはテコンドー、じゃなくて天童です。しかも翼子の部分をガン無視のボケじゃないですか」


「テンドーね。でも、知らないヨ」


「天童翼子って、あの天童翼子?」


 以外なところで健太君が食いついた。


「背中に羽のタトゥーがある、背が高くて髪の長い人なんだけど、健太君知っているのかい?」


「知ってますよ、瀬賀さんって僕と同じ世界ですよね、むしろ知らないんですか?」


 なんだかおかしな事を言い出す健太君。

 というか、天童さんってそんなに有名なの?


「五歳で子役でデビューして、なんか有名な賞も貰って、TSUBASAって名前で歌も歌って、テニスか何かでオリンピックにも出て、海外の大学を出て、最近は格闘技の大会でチャンピオンになったとか」


 何だよれ、その経歴もチート級じゃないか。

 というかTSUBASAなら俺もファンだしCDも持ってる。言われてみればジャケットの写真に似ている気がする。

 つまりあれが天童さんだったって事か。


「何ヤラ、凄イのは解りましたが。そのテンドーがどうしたんです?」


「どこから話せばいいのか……」


 そしてどこまで話せばいいのか。

 俺はとりあえず、天童さんの出会いからミライとの出会いまでをヨアンナさんに話した。

 こうやって改めて話をしてみると、ミライというゲームの首謀者の存在よりも天童さんの方が嘘くさいように聞こえるだろう。

 それでもヨアンナさんも、健太君も真剣に聞いてくれた。


「ナルホド、話を聞いてみると。そのミライって言う子がテンドーに徒党を組ませたプレイヤー達を狩らせていたと考えるとシックリきますね」


 振り返ってみればそうだ。

 ランキングの発表と同時に天童さんは襲われたなんて言っていたけど、システム的に考えて天童さんが誰かもどこにいるかもわからないはずなのに、徒党を組んだ相手はあまりにも早く天童さんを狙った。

 それはミライが徒党を組んだ相手をそそのかしたからじゃないのか。


「そう考えるノガ妥当でしょうネ、私たちも当初の考えではできるだけ強くナテから戦ウというスタンスでしタから。このやり方は戦いが長期的にナリますからネ、ゲーム後半デ終わリが見えテいるのに膠着状態になるテいうのはミライ的には嫌ダタんでしょう」


「そういう意味でもジョーカーだったんですね天童さん」


 あの人が絡むならば、どんな思いもどんな考えも等しく意味を無くす。

 それだけの事をできる人なのは間違い無かった。


「ただ、話を聞いテいる分にハ。ミライとテンドーが繋がっていルとしてもミライにテンドーが協力しているトいうわけではないデスね。そこらはもうテンドーに直接聞いた方ガ早そうデス」


「多分、聞けばあの人の事だから包み隠さず教えてくれると思います」


 だんだんと、この戦いの全貌が見えてきた。

 それでも未だに。


「それでモ東が何ヲ考えてイルのかわかりまセンね」


 そうなのだ。

 東はわざと回りくどく話を進めて、核心を話す事はしない。

 もしかしたら、核心を話さないという事に意味があるのかもしれない。

 勝手に俺達を信じて、身勝手に俺達を駒のように扱っている。

 だけど、嘘も言わなければ意味のない事も言った事はないのだろう。

 悔しいが勝手に俺達もそう思ってしまう。

 思うように誘導されている。

 そんな東は、こうは言っていないのだ。


「願いは叶わないとは言ったけど、だからといって戦いを止める手があるという事は言ってないんですよね」


 止めるではなく破壊すると、東は表現として使っていた。

 そこを俺達が勝手にミスリードしたのだ。

 願いか叶わないという事を聞かされてすぐにそんな話をされては、この戦いそのものを止めるという思考にシフトしてしまうのは仕方ない。


「戦いハ続けル、その上で東の台詞を使うナラ、コケにするですか。変な所デ誠意的な奴デスから意味の無イ嘘ハつかナイでしょウ、願いが叶わないトイウのも東ハ本気でそう思テいたような気モしますし、あさぎを焚きつけるタメのブラフとも取れます。その辺の審議は東にシカわかりませんネ」


「天童さんと違って聞いても教えてくれそうにないですしね」


 うーんと頭をひねると、店に新しい二人の客が入ってきた。

 その二人が何とも個性的かつ、ラーメン屋という雰囲気にそぐわない二人組だった。

 男女の二人組。

 一人は着物姿の女に、一人はパンクなのかロックなのかビジュアル系なのか俺では区別がつかないがとにかく黒ずくめの男だった。

 歳は俺と同じくらいだろうか、俺達だけじゃなく店内の全員に注目されているというのに二人はまるで動じなかった。

 普通のラーメン屋が一気にコスプレ会場のようなおかしな空気に変わってしまう。

 デジャビュというか、サバンナマスクと出会った時と同じような空気だ。


「凄いセンスね……」


「ヨアンナさん、言っちゃダメだよ」


 健太君に諭されるものの、アンタも十分色物だという突っ込みは飲み込ませてもらった。


「そういえば健太君、サバンナマスクとは上手くいってるの?」


「うん、僕もサバンナも喧嘩とかはしないよ」


 そういう意味じゃないんだけど、健太君が無邪気にそう言うからどうにも話が続かない。

 するとタイミング良く、助け船を出すように頼んでいたラーメンが俺達の前に置かれた。


「イタダキマス」


「いただきます」


 俺もいただきますと続いて、湯気が立ち、良く油がのった麺をちゅるりと口に含む。


「こっ、これは!?」


 確かに大気圏に突入にするかのような旨さだった。

 堅すぎず、柔らかすぎず、丁度良い歯ごたえの麺。そこに薄くても上品な後味を残すスープが良く浸透しており噛めば噛むほどに口の中にうま味が広がる。

 ヒューストン応答せよ、などと言いたくなってしまうじゃないか。


「上手いっすねコレ!」


「デショウ?」


「健太君も美味しいだろ?」


「うん、美味しいよ。皆で食べるご飯は、誰かが近くにいるご飯はとても美味しい」


 何か、ひっかかる事を健太君は言ったけど、やはり立ち入った事はどうしてか聞けなかった。

 東とは違ったとっつき難さというものが健太君にはある。

 健太君とサバンナマスク抜きで接するとこうなってしまうのかと感じつつ、三人でラーメンを啜る。

 俺も含めてだけど、二人とも食べている間はあまり会話をしないタイプのようだ。

 だからというわけではないけど、店内に入ってきた超個性の二人の会話が耳に入った。

 別に聞き耳を立てているわけではなく、女性の方の声がどうしても入ってきてしまうのだ。

 別に大声というわけではないのだが不思議と耳に届くあたり声量が多いのだろうか、だというのにその澄んだ声は淑やかで耳障りにはならない。


「自分探しの旅ってよく聞くけどさ、ウザぁイわよね~。かっこつけないで小旅行って言えばいいのよ。北海道に行くのが多いのも私も最初はラーメンでも食べに行くのかと思ってたけど、よくよく考えれば四国でも九州でも美味しいラーメンはあるわけよね。つまり自分探しの旅とか何とか言って理由をつけてるけど、単純に夏休みの小旅行で避暑地って考えると北海道が一番の候補になるわけ。誰かが最初に思いついて、後はだいたい右にならえ。余計な事は言わないで普通に旅行すればいいのに。そんな事を言うから自分で自分に何かルールを強いちゃうわけじゃない?ウザぁイわよねぇ~」


 声は綺麗なのに話の内容は辛口だった、それにしても変なイントネーションの『ウザイ』だな。

 それはともかくその話におかしな説得力があって、俺は思わず少し黙って納得さえしてしまった。

 その和服の女の意見に対して、男の方に関しては終始無言である。

 面白い話というか、意見なんだから絡んでやればいいのに、いろいろな人間関係ってのがあるんだなと思う。

 この場にあさぎがいて同じ話題になったら随分と話が長くなりそうだ。

 食べ終わり、食後にそれなりに世間話をした後に健太君と別れてヨアンナさんのマンションへと戻った。


 ハチはまだ寝ていた。

 そしてあさぎの姿はそこには無かった。


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