心を額に飾りましょう、ほら自分の心が自分の心にみえません。
その18
心を額に飾りましょう、ほら自分の物が自分の物に見えません。
「じゃあ、まぁミライちゃんでいいや」
頑なに自分の命名を主張していたわりには、天童さんはわりとアッサリと折れた。
サッパリとした性格と考えれば気持ちが良いかもしれないが、そもそもこの人が口を出さなければ話がスムーズに進んでいるという点を俺は忘れてはいない。
「これで私が呼ばれるのは……えっと、三回目かな。ミライちゃんと話をするのは翼子さんとしても楽しいんだけどさ。今日はガールズトークに二人男が混じっているのを天童さんとしてはどーいう事と思うのです」
俺としてはその口調こそ、どーいう事と思ったのだけどさすがに突っ込みは入れなかった。
話の進行を妨げている人に突っ込みを入れたら、また進行が滞る。
天童さんは突っ込み待ちだったらしく、無視した俺を見て少し寂しそうにしていた。
そんな餌には釣られない。
「もうすぐ予選も終わりだから、というのもあるわ。予選を円滑に進めてくれた翼子と、何かいろいろやってる東をもう一度会わせたいってのもあるし。私としてはここに千鶴がやって来れた事が想定外よ。私の招待無しでここに来れるとは思わなかったから」
「それもまた私達、人の力だよ」
「ふーん。まぁ、その人の力とやらがどこまで私に通用するのかという意味で私があえて乗ってやっているわけだけど……」
「私達が手のひらで踊らされているのは間違いないが、私達の踊りは君が望むものではないという事だ、私にしてやられている時点で、君の発言は既に負け惜しみにしか聞こえないな」
東に言葉を押さえられて、ミライはうぐぐと歯を噛みしめた。
状況を掴みきれてはいないものの、大の大人が子供を大人げなく手玉にとっているようにしか見えない。
ともかくミライがこのゲームの主催者だとして、東がこの主催者に反旗を翻しているのは確定事項とするのなら。
東の性格、東の発言を振り返るならば、東は嘘をついていない。
回りくどくも本当の事を言っている。
なら、東が俺達に話を切りだした時の前提条件というのもまた本当だというのだろうか。
「ミライ、この戦いに勝ち抜けば願いが叶えられるってのは嘘なのか?」
俺のこの質問にミライは驚いた顔をしてみせた。
最初の威風堂々たる様子は既にどこにもない、多少なりとも人ではない存在であるという事は俺の本能的な部分が感じているけれど、それによる恐怖心みたいなのが無くなっている。
「誰がそんな事を?」
精一杯。
むしろ背伸び一杯、略して背一杯って感じの態度と口調でミライは悪い顔をして見せる。
自分で定めたキャラを頑張って演じてるって感じが見え見えだった。
なかなか可愛い事をする。
「東」
「…………そう」
すぐにキャラを忘れたかのようにガックリと肩を落とす。
「願いは叶うわよ、叶える、私もそういうルールを強いられているから」
「ルールを強いられている?誰に?」
思いもよらない言葉に俺はさらに質問を続ける。
「あなた達の目線で言うなら『お父様』ってところかしら。正確には星の親、宇宙、因果とかもっと超次元的な物なんだけど。ひっくるめてお父様ね。翼子じゃないけど、理屈とか設定とかはどうでもいいわ」
自分に興味が無い事にはあまり関心を示さないようだった。
もっともここで小難しいオリジナルの専門用語を出されてもとっつき難くなるだけだ。
そんな事では世界観を広げる事にはならないもんな。
「東が言ったように生きる意思っていうのは私のエネルギーのような物、定期的にそれを補充しなければならない。これはどうしようも無い事なのよ。そこに目的意思は無い、あなた達だってお腹が空いたらご飯を食べるでしょう。それと同じ、意味なんて持たない。私はそれだけの事をしていただけなのにお父様がいつからかルールを設けた。それがこの戦い。これが私に最初に強いられたルールで、そのルールに組み込まれているのが勝者の願いを叶える事。だから願いは叶うわよ」
東の言葉を借りるなら裏が取れない事は疑え。
その言葉の意味は理解できるが、このミライの様子を見る限り嘘をついてはいないと思える。
とりあえず、安堵のため息が漏れる。
勝てば願いは叶うという前提条件は守られたわけだ。
なら、俺達の戦いに意味がなくなったわけではない。
……待てよ、あまりにもいつもと変わらないノリだから真摯に向き合っていないが俺は死んだんだよな?
「ミライ、ちょっと話を進めるのを待ってくれ。東、俺は死んだんだよな?」
自分を殺した相手に対してそんな事を聞くのも間の抜けた話だった。
しかし、東の返答はさらに間の抜けた答えだった。
「いや? 千鶴君、何を言ってるんだい。君が死ぬわけないじゃないか。死んでもらっては困る」
「いや、アンタが殺したんだろ?」
我ながら俺のプリンを勝手に食べたろみたいなテンションで自分の生死を訪ねるとは思わなかった。
どこまでもシリアスになりきれない種明かしだなぁ。
「本当の意味で絶望を味わってもらう事と、死に対して真剣に向き合ってもらう必要があったから。ギリギリのところまで痛めつけ、心をへし折らせてもらっただけだ。趣味ではないと言っただろう?」
「言えば良いってもんでもないだろ」
頭にきてはいたものの、つまりそうしないとこの場に来れないという事なのだろう。
俺とミライを会わせる。
ミライに接続させる必要があったという事だ。
狙いが何かしらないが、非常にいけすかなく、好きになれない男だが、意味のない事をするような男でもないというのは短いつきあいだが解った。
その点においてだけは、不思議と俺は変な信頼を東に持っていた。
「すぐ感情的にならないという点は君の長所だな、あさぎ君だったら今の発言で激昂していただろう。だが、今回においては君のその部分が足を引っ張ったのだよ」
「その回りくどい言い方をやめろよ、話が進まなくてイライラする」
「そうかね、では単刀直入に言おうか。君はいつの間にか自分の願いなどどうでも良くなっているだろう。あさぎの為に戦うなどといったぬるい気持ちでいただろう。それは聞こえが良い言葉だし、素晴らしき自己犠牲の精神だがただの逃げだよ。自分の行っている事に真剣に向き合えていない。確かに君は家族を失って絶望したのだろう、それでも死を選べない。ただ逃げて引きこもっただけだ。それを悪いと言う気はない、人生において必要だとも思うがそれだけでは至れない世界がここだ」
言葉の通り単刀直入に。
短刀が直入するようにグサリと俺の心を東の言葉が刺した。
「健やかな人生、そうでなくても人生とは、生きるという事は緩やかな自殺のような物だ。勝手に絶望して自殺するような衝動的なものではない、絶望がここには必要だ。生きる意思が必要だ。荒療治だったが上手くいって良かったよ」
東一樹はそう言った。
「その点においてはあさぎもそうだったからね。ここに到着したら彼女にも言うが、彼女もまた逃避だ。夢見る乙女だ、自分に都合の良いように言うだけで単純に彼女は失恋をする覚悟も勇気もありゃしない」
東一樹はそう言った。
「純粋な願いとは、上手く言えないがそういう物だよ」
東一樹はそう締めた。
俺に言葉は無かった。
「そしてここにもそんな子供がいるわけだ。私はちょっと導いてやりたいんだよ。大人としてね」
ニヤリと東は笑った。
一歩、ミライは後ずさった。
「君の言う通りだ、私はどうしても回りくどいね。結論だけ言おう、君もあさぎも生きているよ。死なれては困る、私の意思を引き継いでもらうのだからね」
ミライに意地悪を言うようにそういう東だったけど、俺としてはやはりイラつく。
東の手の内で踊らされている気がする。
「俺が嫌だと言ったら?」
「大丈夫、君は引き継いだ事にさえきっと気がつかないよ」
イラッ!
しかし、この男はそれを本当にやってのけそうだった。
俺は本当にコイツが嫌いだ。
苦手というか、嫌いだ。
「さて、種明かしはまだあるだろうミライ」
どうやらまだ何かあるようだったが、いつものように空気を読まず、天童さんが声をあげた。
「お、あさぎが来たぜ!」
東は確かに遅れて来ると言ってたけど、いつの間にか少し離れたところにあさぎが横たわっていた。
楽しそうに天童さんはあさぎに駆け寄り、俺は対照的に心配で駆け寄る。
寝顔、でいいんだよな。
目を閉じたあさぎの頬は涙で濡れていた。
「おっもー!」
流行りそうもない挨拶であさぎを起こす天童さん。
あさぎは寝起きがいいのか、その一言でううんと声をあげて目を覚ます。
「お、起きた。おっもー!」
「大丈夫か、あさぎ!?」
横たわるあさぎの顔を俺と天童さんがのぞき込む。
まだ虚ろな目をしたあさぎが自分の状況を確認するようにボソボソと呟く。
「あれ……私……東さんに……負けて……死んで……千鶴……えっ! 千鶴!?」
意識が覚醒したのだろう。
そして状況がわからないであろうにも関わらず、寝た状態というポジションであるにもかかわらず。
あさぎの顔をのぞき込んでいた俺の顔面を見事なストレートが貫いた。
「ふぐっ!?」
いいパンチだった。
突然の事に、俺はどうして殴られているのかさえわからなかった。
「何するんだよ!!」
「こっち見るな!」
「いってぇなぁもう……。安心しろ、良くわからんが死んでないらしい」
「そう……、良かった」
「あさぎ?」
起き抜けのハイテンションが急降下するようにあさぎは体育座りのままで俺に背を向ける。
「生きてる……のね……まだ、チャンスはあるのね……?」
それでも俺の言葉は届いたのか、震えながらも確認するようにあさぎは呟く。
「そうみたいだ、大丈夫か?」
「大丈夫じゃない! さっきも言ったでしょ! こっちへ来ないで!」
「何でだよ!」
「パートナーには見せられない……パートナーだから見せられない顔があるからよ……」
あさぎは消え入りそうなそうな声でそう言った。
そう言われては何も答えられなかった。
そして、同時に俺の視界は再び暗転した。




