現在から未来へ、今から未来へ。
落ちていく。
昇っていく。
下りていく。
上っていく。
遅く、早く。
鈍く、速く。
右へ、左へ。
左へ、右へ。
光か、影か。
明か、暗か。
暑いのか、寒いのか。
熱いのか、冷たいのか。
「おっもー!」
その流れは円環のように終わりが無いようで、その状況は不規則で不安定なようで、その実は一定だ。
過去から未来へ、現在から未来へ。
過去の行動はやり直せないのだから、その結果が未来へ続く。
刹那に訪れた選択は、永劫の未来へと続く。
だから躊躇ってはいけない。
後悔をしてはいけない。
「おっもー!!」
死という現実を突きつけられて。
死という物に直面して。
死という物に触れて。
死そのものに俺は……。
「おっもーーーーーー!!!!」
「ああ、もう! うっせーなー!」
「おお、起きた起きた! 千鶴チーッス! おっもー!」
「おはようございます」
「ちがーう! 『おっもー』だろそこは、私はこれをガチで流行らせたいと思ってる」
「いや、それは流行らない」
「にゃにおぅ!?」
いや。
いやいや。
いやいやいや。
オッケー、まず現状を整理しよう。
周囲を見渡してみると、それは木でできた建造物のようだった。
子供の頃にちびっこ公園で遊んだような木製の施設、遊具はないけどそれなりに広くて、近くに太い丸太の柱が立っていて、その下にはログハウスが建っていた。
空は白い。
果たして空と形容していいのかわからないけど、とにかくどこまでも白い。
場所としてはそんな感じだろうか。
そして目の前にいるのは天童さんである。
あー、確かに人外めいた存在感と美しさと強さを誇っていたけれどまさか天使だったとは思わなかった。
思い返してみれば、背中の翼にタトゥーがあるとか天の童と書いてさらに翼の子なんて名前なんて、天使を隠喩しているじゃないか。
そんな所に伏線が張ってあったとは思わなかったぜ。
……そんなわけあるか!
こうも能天気に死後の世界にまで顔を出されては、さっきの俺の超抽象的なモノローグの意味がなくなる。
そもそも意味なんて無いけどね。
死んだ時はどうなるか、何てことをボンヤリと思っていただけ。
夢見心地で本当に夢を見ていただけ。
じゃあ、夢から覚めたこの状況は果たしてどういう状況だ?
「いやー、しっかし私とあの二人だけじゃやなくて他にもここに来れる人がいるとは聞いてたけどさ。まっさか千鶴もそうだとはね」
「天童さんが連れてきたんじゃないんですか?」
「ん? さすがの私にもそんな力はないよ」
「つまりもっと上の存在って事ですか?」
「おー、察しがいいね。さっすがチヅル・ザ・カシコイ」
「さっき……っていうのはおかしいのかもしれませんけど、似たような事を言われましたよ」
「さっすが、って誉めてほしい?」
「天使に誉められる機会もそうないから、お願いしようかな」
「うひゃあ!天使とかそこまで誉められた事はあんまりないよ。ってか、千鶴さ早く『おっもー』って言えよ」
「多少なりともあんのかよ!ってか言わせようとするなよ!」
天使に突っ込みを入れるなんて機会もそうあるわけじゃない。
終わったのに人生の経験なんて言葉は変だが、いろいろな事があるもんだ。
「あなたと対等と話せるなんて凄い子が迷いこんだね、ここには並の絶望じゃ来れないんだけど」
白い空に映えるような、溶け込むような、裸足に白いワンピースといういでたちをした白髪の少女がログハウスから現れた。
上品とか気品とか、そんな言葉が似合うその少女。
十代頭、中学生くらいであろう見た目の歳を考えれば尋常ではない存在感ともオーラとも形容できるものを身に纏った、身に包んだ、その少女を眼にした時点で足が竦んでしまった。
そんな俺を慈しむように、少女は笑いながらワンピースのスカート部分をお嬢様のように摘んで持ち上げながら、ペコリとお辞儀をする。
「星乃未来……と、翼子は呼びますが。特に名前はありませんのでお好きにお呼びおください」
「すげぇいい名前だと思わない!私ってばネーミングセンスもあるー!」
「ほとんど原型のままじゃないですか!」
ボーカロイドをもじっただけじゃねぇか、天童さんの思考回路がサッパリわからない。
というか、この人は自分本位でいるようでいて、わりと他人の意見とか世間を気にするよな。
わからないのは、この子だ。
超非現実的な世界に巻き込まれていたとはいえ、それでも一応は日常の延長上という枠ははみ出ていなかった。
それは天童さんのようなジョーカーのような存在でさえ、例外ではない。
でも、この子は違う。
明らかに、そのルールという世界観を。
世界を超越している。
「おっと、物知り千鶴君でも知らない事があるんだね。お姉さんは少し安心したよ、これ以上物知りだったら千鶴をアカシック・レコードと呼ばないといけないとこだったじゃん」
「過去も未来も俺は知らないですよ」
「過去はともかく未来は知りようがないね、全部この娘のサジ加減だからね」
そこで俺は黙った。
何か、この状況と今までの状況がこの子が結びつくという直感がした。
「初めての音が未来からやってくるってのが、耳慣れた子の由来だからさ。あながち間違ってないんだよ星の未来を決める存在。これは地球ってだけじゃやなく、私達の星を背負った戦いの未来先に至る存在。だからダブルミーニングになってる。由来がわかれば誉めたくなっちゃうでしょう?」
待て。
待て待て。
待て待て待て。
待ってくれ!
「じゃあ、この子が!!」
「ああ、知らなかったのか? この子が私達の星を巡る戦いの主催者だよ、ってか確かに初対面みたいなリアクションだったな。悪い悪い」
唐突な。
いや、そうでもないのかもしれない。
驚きはしたが、最初に十分に驚いたんだから思考は正常に回っている。
「それだけ落ち着いているのなら、やはり君は優秀だよ」
今度は背後から東の声が聞こえた。
だいたいの話が見えてきた。
「あさぎ君はまだのようだな、二人一緒の方が話が早いが。さすがにそこまで上手くはいかないか」
「……東ぁ」
「そう恐い顔をしてくれるなよ、これは仕方がない事だったんだ。あさぎ君をここに連れてくるというのも私の計画のうちでね。それには人生について深い絶望をしないといけないんだよ」
いつものように東はのらりくらりと言葉を紡いだ。
核心を避けるような、本心を隠すような。
他人を喰った、他人を利用するような喋り方。
それをおくびにも隠す事さえしない。
「いつもいつも、わかりにくいんだよ! ハッキリしてくれねぇかな!」
「じゃあ、ハッキリと目的だけを言おう。もっとも既に言ったがね、私はこのミライを盛大にコケにしてやりたんだよ。大人を舐めるなよと、人間を舐めるなとね」
ニヤリと東は笑う。
「言っただろう、自分の目にしたものを否定してはいけないと。もはや惑う必要は無い、これは確かに存在する。この存在を何と思おうとも勝手だ。この子は私達の『星』そのものと言ったが裏を取る事はできない。別に金星人とでも思ってもいいじゃないか。もっともそれもさだかではないがね」
聞いたような事を東は言う。
確かに、ハッキリと言っていた事を言う。
「別に東に信じてもらわなくても構わないけど、私はこの星。この地球その物。あなた達にわかりやすい言葉を使うなら『地球意思』とでも表現しようかしら?」
「始まったよ未来ちゃんの厨二病全開の設定。別にそんなのどうでもいいから続けてくれよ」
天童さんが自己陶酔しながら話す地球意思とやらに横槍を入れる。
空気を何一つ読んでいない天童節はどうやら地球意思に介入できるレヴェルらしい。
「つまり東の言うようにジハードを仕組んだのは私よ、私のために必要な事だったからね」
邪悪に、企んだ笑顔を見せる、その存在の言葉に続くように東が続ける。
「ジハードだろうとレコンキスタだろうと、そんな名前などは意味を持たない。ミライはこの星の表層心理といった存在のようだな。ミライが地球であるかはさして重要ではないが、意思を持った何かである事と人間以上の存在である事は間違いない。おそらく電磁波に近い電気信号を介して我々にコンタクトを取っているのだろう。ミライと同種の存在は長い時間を過去から未来へと生きる、この場合生きるというよりも時間を過ごすといった方がいいのかもしれないが。生命活動として必要なのかは怪しいが精神性の問題で生きるという意志が必要になってくる、というのが本人の弁だ。しかし、全ての仮定をそうと考えるのならば、この生き残り戦という構造は実に利に叶った回収方法だろうな」
東に言わせれば上位種の事を無視して、核心めいた事をベラベラと喋る。
自分が隠したいという事意外は、もう単刀直入に喋りまくった。
東の言う通り、確かに本当かどうかはわからないが、そうだとしたら実にわかりやすい説明だった。
そして透き通った白い肌をしたこの娘は、その白い頬を真っ赤に染めて悔しそうに恥ずかしそうに東を睨んでいた。
「う~!う~!」
唸っていた。
言う通りなら神と似たような存在だというのに、そこには威厳など存在しなかった。
登場した時に気おされていたのが嘘のようだ、ちょっと可愛いとさえ思ってしまう。
「で、で、でも、残念だったわね。東がどんなに頑張っても、もうすぐ東は時間切れじゃない!!」
「確かに。だが、だからこその瀬賀君とあさぎだよ」
時間切れという気になる事を自称地球は負けおしみのように言うが東は動じない。
「重ねて言おうミライ、人を舐めるなよ。意思は上書きされる。未来は続く、ミライは変わる、ミライへ届く。それが人のできる事だ」
未来、ミライ。
なら、この男は東一樹は。
「いい話をしてるところ悪いんだけどさ」
本当に悪かった。
本当に空気を読まない人だった。
「私は星乃未来派なんだけど、さっきからミライって。統一しようぜー、これじゃ意味わかんねーよ。未来はどっちがいいの?」
「どっちでもいいわよそんなの!」
上位種は癇癪をおこしていた。
気持ちはわからないでもなかった。
上位種は面白くない顔をしているし、天童さんも面白くない顔をしている。
「じゃあ、千鶴が決めろよ!星乃未来と星乃ミライとどっちがいい!」
天童さんは大人気なくキレていた。
だけど、それでも俺の意見は決まっていた。
「僕はミライ派です、天童さんのはそのまま過ぎる」
重要な、重大な話は、なんともゆるい流れで進んでいた。
ともすれば俺の家族を奪った少女が眼の前にいる。
死んだ俺に続きがあるのかわからないが、もしあるのなら。
その17
現在から未来へ、今からミライへ。
戦いを続けさせて欲しい。




