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星のアスクレピオス  作者: 面沢銀
アバンパート 星にと続く導入編
2/66

直進してください、ここは挫折禁止です。

その0

 直進してください、ここは挫折禁止です。




「え、女の子じゃないの!?」


 人の出会いってのは大事で、その後に仲良くなっていく人っていうのはだいたい出会いをよく覚えてるもんだ。


 そういう意味で防人さきもりあさぎとの出会いはよく覚えている。

 まごう事無く最悪だった。


 ショートボブの明るすぎない茶髪にどんぐりみたいな丸い目。顔立ちは整っていて、俺の好みだったかと聞かれればストライクとは言わないまでも、まぁアリ。

 服装はシンプルなシャツに茶系の地味なベストにくるぶしまであるロングスカート。

 履いている靴が今すぐにでも登山に出かけられそうなトレッキングシューズだったという点以外は極めて地味な、マンガだったらモブキャラのような服装だった。


 纏めると地味な容姿で平均身長な女が地味な格好をしているって感じだったんだが、最初のその一言が余計だった。


 挨拶さえも無く、そう言ってさらに。


「え、あれ? 千鶴? 間違ってはいないわよね?」


「あぁ、瀬賀千鶴せがちづるは俺だけど……」


 不機嫌そうにそう答えても、逆にあさぎは堪える事なく自己紹介をしてきた。

 その自己紹介も自己紹介で。


「良かった、初めまして。防人あさぎです。お互い思う事はあるだろうけどパートナーとして仲良くやっていきましょう!」


 快活で大概な事を言ってきた。

 言ってきただけならまだしも、一応は「お邪魔します」と断りはしたもののかってに部屋に上がって。


「汚い部屋ね!」


 と、一括した。


 その時の俺のあさぎへの印象というか、思うところというか宗教の勧誘とかやたら押しつけがましい訪問販売といったところで、怒鳴りつけて追い出そうと思った矢先。


「ちょっと、出しっぱなしはありえないじゃない。盗られでもしたらそれでゲームオーバーなのよ!」


 あさぎが目覚めたらあったスマートフォンを掴んで叱りつけてきた。

 寝覚めでも、その辺りで俺は思った。


 これはおかしいぞ、と。 


 腕を組み苛ついた表情のあさぎを少し怖いと思いはじめたのもその辺りだったのかもしれない。

 長いつきあいになっていく予感というか何というか、とにかくこの状態のこの女には逆らわない方がいいという一種の防衛本能めいたものを既に感じていたのではなかろうか。


 なし崩しというか、巻き込まれ型というか。

 よくあるボーイミーツガールのロマン溢れる、陳腐で捻りの無い、だからこそ大衆的で広く愛される少年漫画やライトノベルのような出会いだっと今は思ってしまう。

 今においても、だからといって俺は自分を主人公ともあさぎをヒロインとも思わないわけだが。


 むしろそういった物語的な見方をするならあさぎのほうがよほど主人公らしい行動をとってきたのだから、俺の方がヒロイン役といった方がしっくりくる。


 あさぎはいつだって何に対しても堂々としていたし、隣で見ていて、観察していて、立ってみて、よく疲れないなと思うほどに徹底して誠実だった。

 誠実だからこそ、誠実すぎるからこそ、時として不誠実だった。

 それこそ主人公らしい、筋を通す故に発生する矛盾だった。

 そして彼女はそれとも真っ正面がら向かいあった。


 俺ではできない、真似できない。


 背中に崖を背負ったかのような、本来だったらそこに立つだけで足が竦むような場所をわざわざ選んで決意するような不退転。

 背水の陣。

 

 意味の無い、意味を持たない考察だがあさぎは一昔前の主人公だ。

 最初から最後まで戦うべき物を見据え、ブレる事なく挫けようとも鋼鉄の意志で立ち上がり、絶対的な自信と比類無き力に持って障害を乗り越える。

 そんな憧れ型の主人公だ。


 こうありたい、こうでありたい。


 それでいて、こうなってしまってはダメだと、こうならないようにしなければと思わせる主人公。

 熱く、汗くさく、酷く不器用で、馬鹿で、正直で、素直で、カッコ悪いところがなぜかカッコ良くて。

 嘘をつけない癖に、自分の事となると本当の事を隠している。


 弱い癖に強がっている。

 脆い癖に強固と言い張る。

 本当は泣いているのに、笑っている。

 そんな時代錯誤で古くさい主人公だ。

 お世辞でも皮肉でも無く、俺は頭の弱い傍若無人なこの女に対して真剣にそう思ってしまう。

 あまり誉めるのもむずかゆい、こんな事を思い出すのも考えてしまうのも今としては無理からぬ事なのだけど。

 だけど。

 俺にとってあさぎは今はそんな奴なのだ。


 さておき、その時の俺は。

 その当時の俺は、スマートフォンの事が気にもなったので簡単に部屋を片づけると、スゥエットから私服に着替えて、とりあえず茶を出した。

 いつもの俺ならとっくに愚痴と文句を垂れていただろうが、その時はファーストコンタクトであった事と感情よりも好奇心のが強かったのだと思う。

 後は、前述の防衛本能か。


「ありがとう、頂きます。パートナー関係を築く上で私はまず目的を聞く事だと思うから単刀直入に聞くけど、それであなたの願いは何なの?」


 確かこの時に印象が螺子の外れたた電波女とかストーカーって事で一時既決された。

 半年も大きな外出はしなかったはずなのに何でだという疑問も確か浮かんでた気がする。

 思い出していて、自分でも本当に我慢したなと思うが、その質問を受けても意味がわからず、それにスマートフォンの事が気になったのもあって。


「いや、まずこれは何なの? お前のなの?」


「お前じゃないわあさぎと呼びなさい、私も千鶴と呼ぶから」


「いや……まぁ、それはどうでもいいけど」


「っていうか……あれ……おや? これってあなたのよね?」


「千鶴って呼んでねーじゃねーか!」


「そんな事はどうでもいいわ」


 やはりイカレた女だと思った。

 何というか地味な見た目と丁寧な口調で清楚なイメージだけはあるのに、無礼なアクションと間抜けな言動の恐ろしいほどにマイペースなこの女をまさか良き相棒と認める事になるとはその時はとてもじゃないがその時は思わなかった。


「知らないよ、俺のじゃない。何か起きたら枕元にあったんだよ」


「じゃあ、あなたはまだ何も知らないのね!?」


「そうだよ、ってかアンタのだったら持って行っていいからもう帰ってくれないかな!」


「アンタじゃないわ! あさぎと呼んで頂戴!」


「そこをまた強調しちゃうの!?」


 こうやって思いだしてみると、半年の間にほとんど声を出していなかったにもかかわらずよくも声が出たと思う。

 ともあれ、事情を察したのか女はスマートフォンを俺に渡して使えるか聞いた。

 スマートフォンは自分で持った事は無かったけど、さわれば動くって事は知ってたし適当に触ってみる。

 すると女はアドレス帳を開くように指示してきたから、アドレス帳を俺は開いた。


「動かせるなら間違いなくそれはあなたの物よ、残念だったわね」


 メールと同じような事を女は言った事を覚えている。

 でも、そこに当時の俺は気づくはずもなく。


「誰?」


 そこには五つの名前があった。



 防人あさぎ


 安西富護

 鈴木祐太朗

 *****

 西村つくし

 渡部美紀




 その羅列、一人は既に文字化けしていたのもしっかりと覚えている。

 名も知らない、聞いた事もない、目にした事もない関係という関係など一切無い。

 その時にあった名前のうち二人もまた目にする事など無かったけれど、だからこそ今は少し思いを馳せてしまうのだ。


 彼らにも彼女らにも、やはり負けられない戦いがあり。負けられない想いがあったのだと。


 今だからこそ思う。

 となりのあさぎもそう思っているだろう。

 元から負けられない。

 そしてここまで来るのに負けられない物を背負った。

 あの時にドアは開いたのだ。

 そしてここまで来たのだ。


 よくある戦いへの葛藤とか、何のために戦うのかわからないといった苦悩や、本当は戦いたくないんだ。


 などという甘っちょろい事など一片も無かった、少なくても俺達は目にしなかった。

 目にしていたとしても、不純物だと目を背けた。

 忘れ去った、前に進んだ。

 そんな巻き込まれただけの共感型の現代風の主人公ではとてもじゃないが生き残れなかった血なまぐさい戦いの終着点だ。


 泣こうが騒ごうが、黙ろうが茶化そうが、祈ろうが唾を吐きかけようが、ここから先は終わりへと至る戦いだ。

 終わりの始まりだ。

 祭りの時間だ。

 本戦第一回戦。







 瀬賀千鶴&防人あさぎ組VS


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