集束し収束し終息を始める人間関係。 後編
その15
集束し収束し終息を始める人間関係 後編
ヨアンナさんと東と加賀美ちゃんが、このゲームその物を壊すという壮大でいて、それでいてかえって現実味がある難しい話をしている中。
俺とあさぎとサバンナマスクと健太君とハチは何とも言いしれぬ気持ちになっていた。
遠回しなのにストレートという、矛盾を抱えながら東は結局のところ俺たちにこう突きつけたのだ。
俺達の望みは叶わないと。
もちろん、東の言葉を鵜呑みにする必要は無い。
このまま戦いを続けて、最後の一組になれば願いをかなえられるかもしれない。
かもしれない。
叶えられるという信用が地に落ちてしまったのは間違い無かった。
ならば。
「仮にこの戦いを壊すっていう選択肢が可能だったとして、そしたら願いは叶わないんでしょう。じゃあ戦う意味ってあるのかな?」
あさぎの想いが最初に溢れた。
意味。
意味か。
「意味があるか無いかはともかく、これまでに戦って、そしてもう殺してしまったのだから。どうするにせよ戦う義務のようなものはある……あるはずだ」
言い聞かせるようにサバンナマスクはそう呟いた。
大柄な体がひどく小さく見える。
「あるよ!」
迷い始めた俺達の中で、ただ一人。
目の輝きを失っていない健太君がハッキリと宣言する。
「だって願いを叶えられるのは一組だけなんでしょ、じゃあ最初から皆全員が叶えられるわけじゃないもん。サバンナが勝ったらお兄ちゃんとお姉ちゃんの願いは叶わない。ハチのお願いも叶わない。おじちゃんが言ってたように勝ってお願いを叶えたとしてもきっと良い気持ちって事にはならない。だったら叶えないために戦うっていうのも理由になるよ。誰かが不孝になるんじゃなくて皆が少しずつ不孝になるかわりに誰も死なない、殺さないっていうのは理由になるよ。それは義務なんかじゃなくて、僕達にできる事だよ」
全員が不幸になるための戦い。
何ともモチベーションの上がらない戦う理由だけど、殺してしまった相手のために誰も殺さなくするっていう選択肢は確かに正しい。
死んでしまった人間が生き返るのがおかしいのだ。
土田にしたって死んだ方がいいような男だとは思ったけど、死んで当然ってわけじゃなかった。
あんなに死にたがっていた水島さんだって、死んでいいわけじゃない。
それならば。
命を奪った責任に、誰の望みも叶えない戦いがあってもいいじゃないか。
誰も幸せにならない代償が死ぬ人が少ないってだけでもいいじゃないか。
「それに、願いが叶えられないからって。不孝ってわけじゃないと思うんだ。僕はサバンナにあえてすっごく嬉しい。僕の願いの今の生活から助けてってお願いはもう叶ってるんだ」
「健太……そうだな、もう誰も死なない、殺さないための戦いというのも確かな目的だ!」
健太君にだって事情があるんだ。
それでも、その願いを捨ててでも戦いを止めるべきだと思っている。
ならば、もう考える事なんてないじゃないか。
「……けないでよ」
あさぎが何か言った。
「ふざけないでよ! 何が誰も死なないよ! 殺さないよ! そんな戦いが何だって言うのよ!」
泣いていた。
泣き顔を隠しもしなかった。
明るく、元気で、いつも笑っていたあさぎが、まるで堰が切れたように号泣していた。
激昂していた。
いつも笑っていた。
いつも笑っていた?
いいや、違う。
失念していた。
あさぎの豪快さに、あさぎの頼りがいのある言動と行動の陰に隠れて忘却していた。
ひどい勘違いをしていた。
あさぎは、
あさぎは、
あさぎは初めて会った時に涙を堪えてていたじゃないか。
ふがいない俺を見て、強力する気の無い俺を見て『これじゃあの子を助けられない』と泣いていたじゃないか。
死んだ人の復活じゃない、ならもうそれはいい。
だが、あさぎは今を生きる命を助ける為に戦っていたんだ。
死んでいい人間はいない、だから戦うじゃない。
死んで欲しくない人間がいる。
だから戦ってきたのがあさぎだったんじゃないか。
もう遅い、あさぎは逃げるようにここから走り去って行ってしまった。
流されてしまった、これじゃパートナー失格だ。
「……あさぎ君」
「……お姉ちゃん」
サバンナマスクと健太君が呼びかけるでもなく、呟いた。
「そうか……あさぎ君は友達を助けるために戦っていた。なのにこれでは助けられないと。何て無神経な事を言ってしまったんだ」
(そう自分を攻めなさんな、君の言っていた事もまた間違っていない。私も死んだ主人を生き返らせるためだ、そしてヨアンナは夫と仲間を救うため。ヨアンナはこの計画が成功すれば叶えられる希望がでてくる望みだが、あさぎ君の願いは……)
「サバンナ……僕、ごめん……」
「いいや、健太は悪くないさ……それよりも」
サバンナマスクは俺を見た。
きっと世界から見て正しいのは東達なのだろう、それでも。
「俺、行きます。ここで行かなきゃアイツのパートナーじゃないんで」
サバンナはそうかとだけ言って俺を見送った。
(行ってやれ、お前はその義務がある)
「お前、キャラ違いすぎるだろ」
一言ハチに皮肉を告げる。
こうしてずっと先延ばしにしていた東達との同盟は、結ばれること無く破綻したのだった。
端末の位置情報は正確だった。
だからあさぎの場所は手にとるようにわかる。
居場所は大病院だった、きっとここに病気か何かのあさぎが救いたい人がいるのだろう。
名前も知らないが位置情報であさぎを探していると、そのあさぎの声が聞こえた。
「本当に大丈夫かいあさぎちゃん?」
「うん、大丈夫だよヤッ君。ちょっと耐えきれなくて泣いちゃっただけ。でも、ヤッ君の顔見たら安心ししたよ。こんなにヤッ君に愛されてるんなら君子もすぐ良くなるよ!」
「……あさぎちゃん」
「なーんて顔してんのよ! 知らないの?愛は奇跡を起こすのよ! ラヴより強いものなんて無いんだから! 女の子はその不思議パワーで生きていけると言っても過言ではないわ! だーかーらー、ヤッ君は私じゃなくて君子の心配をするように! 私はほら元気元気ぃ! じゃ、そろそろ行くねヤッ君」
「あの、あさぎ」
「ん?」
「ありがとう」
「んなー、なななな、何を言ってるのよ! と、当然の事でしょ。友達なんだから」
言ってあさぎは顔を真っ赤にしながら駆けだして来た。
急な出来事で、俺は身を隠す余裕が無い。
「あ」
あさぎは俺に気が付いて、それでも走るのを止めなかった。
だけど、今度こそ俺は追いかける。
その小さな背中を追いかける。
そんなに全力で逃げる気もなかったのか、病院の外に出るとあさぎは待ちかまえるように立っていた。
「でばがめ野郎……」
第一声は破棄捨てるような言葉だった。
「でも、まぁ」
第二声は品定めするかのような言葉だった。
「まぁ、ギリギリセーフかな。追って来なかったら、千鶴はデッドエンドだったよ」
第三声は低いトーンで茶化すような言葉だった。
茶化すようであって、本当に言っている真剣みある言葉。
そしてバッドエンドより酷い結末がそこにはあったらしい。
あれか、ゲームだったらきっとあさぎを説得するみたいな選択肢が出てきて、それを選ぶと死ぬとかそういった類のやつ。
しかも今回は時間制限有り、たちが悪いシナリオだ。
それでも、ギリギリらしいがどうやら間に合ったようだ。
「こえが聞こえたけど、君子って子があさぎの助けたい子なのか?」
そうよと今更隠す必要もないとあさぎは頷いた。
泣いたせいで少し目が赤いが、いつもの凛とした表情だ。
「えっと……なんか難しい病名だから忘れちゃったけどさ。呼吸器つけて髪の毛丸坊主にされて。まったく女の宝を何だと思ってるのかねお医者さんて奴は。それでも生きてる、私の大切な友達。小さい頃からずっと一緒だったのよ、さっきの男と3人。ヤッ君って言うんだけどね、あんな状態でも君子の事を好きでいられるなんて男の鏡よね。まったく、君子がいなかったら惚れてるところよ」
「いや、そのヤッ君って奴にお前は惚れてるんだろ?」
いつもの会話をするように俺は言ったのだが。
「な、な、な、な、何をおっしゃるウサギさん!?」
酷い有様だった。
せっかく戻った通常仕様の表情が再びぐっちゃぐっちゃだ。
「何を根拠に言ってるのかね?まったく酷いセクハラもあったもんだね。デバガメでセクハラ趣味とか、このゲス!」
「根拠とかって、見たまんまじゃねぇか!」
「あーあーあー!聞こえなーい!」
「ハチみたいなリアクションするな!」
どたばたと似たような会話を何回かループさせて、やっとあさぎが落ち着いた。
しかし、いつもの表情に戻ったというわけじゃない。
その表情は沈んだままだ。
「お察しの通りよ、私はヤッ君が好き。たまらなく好き。でもね、それと同じくらい君子も好きなのよ」
あさぎは淡々と告白する。
「ヤッ君と君子が付き合い始めたって聞いた時、悲しいとか悔しいとか、そういう気持ちも勿論あったけどさ。それよりも良かったとか幸せになって欲しいって思ったのよ。本当よ、だって二人とも好きなんだから。二人の幸せを望まないなんて友達じゃないわ。そして……今はもう私はあの二人の友達じゃない」
あさぎの様子に、俺は何でという言葉さえ出て来なかった。
「だって……君子が病気になって……助からないって聞いた時……私……私……ほんの少しだけ……ほんの少しだけかもしれないけど……じゃあ私にもチャンスがあるかもって思っちゃったもん……私はそんな自分が許せない!!」
今にも泣き出しそうな声だったけど、今度はあさぎは泣かなかった。
涙で表情を曇らせるどころか、今まで見せた事のないような鬼のような形相だった。
「意識を失う前に君子は泣いてたわ。それで私にごめんねって。私の気持ちを知っててヤッ君と付き合ってごめんねって泣いたのよ。後から知ったけど、君子は自分が病気なの知ってて思いでが欲しかっただけだったの、自分が死ねば私がヤッ君とつき合えるからって」
堰を切ったように、吐き出すようにあさぎは続けた。
「それを知った時、私はもう死にたいどころか消滅したい気持ちだったわ。私にとって君子の涙はこの世界とあなたの世界と全人類の涙に勝るのよ。君子を救うためならば、私が胸を張ってあの二人と友達だって言えるように戻るためなら、私は悪魔だろうが殺人鬼だろうが、何にだってなってやるわよ! 悪いヤツはだれだって言うなら私よ! 誰に何を言われても、それを曲げる気はさらさら無いわ!」
それは脅しにも似ていた。
ここでの説得はデッドエンドルート。
だけど、そんな選択を俺は選ぶつもりなんて無かった。
だってこの戦いの前提条件は相手の願いを叶えるために戦うんだ。
俺はこの馬鹿な女の、あさぎの願いを叶えてやりたい。
俺はこの誇り高い女の、罪の意識を消してやりたい。
自分の幸せを捨てて、他人の幸せのために戦うあさぎの想いを成就させてやりたい。
水島をうらやましいと言ったあさぎの気持ちがやっとわかった。
不幸だと思ってしまえば、あそこまで自分を諦めてしまえばあさぎにとってどんなに楽だろう。
それでもあさぎは戦う道を選んだ。
胸を張る道を選んだ、俯かない事を選んだ、友達のために自分の誇りを取り戻す戦いする決意をした。
正しいとか正しくないとか、そういう言葉さえこのあさぎを知った俺も、そんな事はもうくだらなく思えていた。
この戦いに根幹から悪い奴なんていないんだ。
「曲げる必要はないさ、だって俺はあさぎのパートナーだろ」
もとより協力者なんてあさぎしかいない。
閉鎖的でコミュニティーでさえない、ツーマンセル。
それでいい。
希望を持った先にペテンが待っていようとも、願いが叶う道があるのならそれに縋るしかないのだ。
「本気で言ってるの?」
俺の言葉にあさぎは心底驚いているようだった。
戦いを続けるのを悪いことと思っているからこその言葉だろう、そんなところも馬鹿だ。
馬鹿正直だ。
「言ったろ、既に俺達は共犯者だ」
「そんな事を言って気を引いても、私は千鶴に惚れてあげないよ?」
「いや、惚れられたらそれこそ困る。俺達は対等な相棒なんだからな」
そしてやっと、あさぎはいつものように笑った。
ここであさぎを抱きしめてやったなら、漫画や映画の主人公のように俺も様になるんだろうけど、それをしちゃあいけないな。
「そうだったね相棒!」
このやりとりを見計らうように、拍手があたりに響く。
わざとらしく、高らかに手を叩く音。
その方向には東がいた。
「素晴らしい決起表明だったよあさぎ君、僕の目に狂いは無かった。君はやはり本物だ。そして千鶴君。君もまた望まなくても本物だ。謹んで冷笑と賛美を送らせてもらおう。さてと、それでは始めようか」
「始めるって何を?」
何が面白いのか、何をたくらんでいるのか、あさぎの質問に東はにやにやと笑う。
「決まってるじゃないか、殺し合いだよ」




