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星のアスクレピオス  作者: 面沢銀
前半パート  星へと至る予選編
11/66

難しく考えても、難しい答えしか出ないよ。

その8

  難しく考えても、難しい答えしか出ないよ。



 熱狂、熱烈、情熱。

 ともかく、熱という一字がこの空間を表現するのにもっとも適切な文字だった。

 一字が万字である、それこそ字が違うけど。

 その一体感、同一感は言葉に表せないほどで、宗教というそれにハマる人はこういう感覚なのだろうなという疑似体験をさせてもらった思いだった。


 最初は興味もなく、斜に構えていた俺だが、飛び散る汗に弾ける筋肉。

 その一挙一動に歓声を上げ、逆に閑静な世界を創りあげる。

 まさに創造の創という字がふさわしいだろう。

 リングに上がっている全員がお互いを引き立て、敬い、尊敬し、信頼できるからこそ行える戦い。

 戦いには痛みが伴い。

 その痛みというリアルが俺達を虜にする。


 嘘で塗り固められた本当の世界。

 いつしか、俺達もまたその住人となり。

 俺達があげる声もまたこの世界を創りだす一つになっている。

 あたかもレスラー達は、この世界の神であるように。

 それこそ指一本あげるだけで、俺達に空間の創造をさせてくれる。


 N1センセーション、ファイナルである王座戦において。

 その神こそまさにサバンナマスクその人だった。

 『ブーーーーー!』という約二万のブーイングが振動となって文字通り会場を震わせる。

 その中の一人にはもちろん俺も含まれる。

 あさぎもヨアンナなんてかなりの貢献をしている。

 よくもまぁ喉が枯れないなと関心するばかりだ。

 開演の時の握手の際にしていた警戒などどこにいってしまったのか、あさぎとヨアンナさんの観戦のツボはどうやら一緒だったらしく。

 もうお互い敵である事などすっかり忘れて声をあげていた。


「さぁ、後藤慎太郎をコーナーにとらえたサバンナマスク。日本体育館の天井を親の仇かのように指を指し場内へとアピール。そしてリオントゥース! 後藤の額にその野生の牙が突き刺さる!!」


 客席からはまたしてもブーイング、俺もブーイング。

 そもそも、サバンナマスクが悪役である事を今日知ったのだけど、サバンナマスクの分かりやすいほどのヒールっぷりはプロレス初心者の俺でも入りやすかった。

 というか、リオントゥースなんて大層な技の名前がついているわりにやる事はただの噛みつきだ。

 もちろん反則なので反則カウントが取られる、反則は5カウントまでならOK。


 冷静に考えたらアバウトすぎるルールだ。

 4カウントまでレフリーが数えたところでルールに乗っ取ってサバンナが反則をやめる。

 正しい表現なはずなのに、どこか間違った日本語になっているのは気のせいだろうか。


「おーっと! 後藤出血! 後藤の顔が深紅の血に染まる。後藤の視界は定まらない、ふらふらの足取りの後藤!もちろん野生の王はその血の臭いを逃しはしない! 大きく手を広げ狙うのはもちろんライオネル・スピンニング・ボトムだ!」


「L! S! B!」


 雄叫びと共にサバンナマスクは後藤の後ろから手を回し、肩と首をロックする。

 確かフルネルソンっていう状態だ。

 キリストが張り付けにされたように後藤の肩があがり首を押さえ込む。

 そしてそのまま回転する。

 遠心力で後藤の体が宙に浮く、肩を持ったジャイアントスィングのようなものなのだろう。

 そして回転に合わせて観客も「ワン」「ツー」と合いの手をかける。

 さっきまでブーイングを送っていたのに、こっちもわりとアバウトに応援してしまう。


 五回転したところでサバンナは体を入れ替えて、柔道の大外刈りの要領で体ごと浴びせ落とす。

 この一連の流れがライオネル・スピニング・ボトムという技なのだろう。

 端から見ても強烈だったその一撃は、試合の決着としては十分すぎるインパクトだった。

 そのまま押さえ込めばサバンナマスクは3カウントを取れるだろう。

 だというのに、なぜか技をかけたサバンナマスクも倒れて動こうとしない。

 自分も目をまわしたって事なのか、なぜか息も絶え絶えになっているが、さすがに技をかけたサバンナマスクの方が先に立ち上がる。


 そこで押さえ込むのかと思ったら、トップロープを掴んでぶんぶん上下に揺さぶって雄叫びをあげて客席にアピールしている。

 いや、いいから早いとこ押さえ込めよ!


「さぁ、戦慄のプレデターがついに獲物をしとめる宣言だ! ゆっくりとコーナーに上っていくサバンナマスク!」


 遅っ!

 遅いよ!

 さっきまであんなにキビキビ動いていたというのに、まるで牛歩戦術のように一歩一歩踏みしめるようにコーナーを上っていくサバンナマスク。


「さぁ! でたーーーー!サバンナヒートだぁぁぁぁ!」


 コーナーポストから前方宙返りをしながらボディプレスを決めるという、サバンナマスクの大柄な体で行われるそれは、見事な放物線を描き。


「後藤避けたーーーー!!」


 ズデーンという音と共にキャンバスにサバンナマスクの体が激突した。

 というか墜落した。

 まぁ、あんだけ時間をかければそうなるな。


「さぁ、後藤とサバンナどっちが先に起きあがるか。おっとぉ! 先に立ったのは後藤だ! そしてサバンナを持ち上げてGPSの体制だ!勝利への全地球測位システムは正常に作動するのかーーーッ!」


 後藤が先に立ち上がり、サバンナをかつぎ上げる。

 そしてそのまま変形のボディスラムでサバンナを落とす。

 そしてすぐにサバンナを押さえ込む。

 ああ、これで決着で後藤って人が王座防衛かなと思った矢先。


「おっとぉ! フランク・ボーイングがここで乱入! サバンナのタッグパートナーが満身創痍の後藤を無理矢理起こしてそのままタービュランス! その名の通りこれは荒れそうだ! 起きあがったサバンナ、ここで先ほど失敗したサバンナヒートを後藤に決めた!!」


 ゴングが鳴らされて、会場は今日一番のブーイングに包まれる。

 レフェリーが両手を広げてゴングが鳴らされる。

 決着などない、盛り上がりに水を差す唐突な展開。

 不意に訪れるノーコンテスト裁定。

 え、何これ?

 せっかく盛り上がってたのに何で!?


「倒れる後藤の腹の上に挑発するようにベルトを置くボーイング、そんな後藤にサバンナはまたしてもサバンナトゥースの洗礼だ!」


 すると今度はブーイングではなくワッと歓声が沸き上がる。


「おっとここでここで怪我で離脱していた秋山満が椅子を持って乱入だ!秋山の電撃復帰!サバンナにフランク、これにはたまらずリングを離れる!」


 またしても突然現れた秋山がマイクをよこせと手をまねき、そしてリングを睨みながらゆっくりと離れるサバンナとフランクを指さして吠える。


「おいこら! そんなにやりてぇなら!やってやるよ! 逃げ場は無しだ! 俺と後藤! サバンナとフランク! 無制限一本勝負! 八月のレッスルナイトでだ! フランク!てめぇ! 膝の借りは返すからな!!」


 秋山は後藤を起こすと、後藤にもマイクを渡す。


「おいサバンナ! サバンナの王者だか何だか知らねぇが……依然として王者は俺だ! ここで一番タフなのは俺なんだよ! このベルトが証拠だ! 俺がナンバーワンだ!」


 そう言ってマイクを投げ捨てる後藤。

 しかし、そんな後藤にいきなり秋山はパワーボムを仕掛けた。

 ぐったりと横になる後藤に秋山はフランクと同じように腹にベルトを乗せて、倒れる秋山に顔を近づけて宣言する。


「いいか、最強は俺だ! そのベルトは俺のだ! お前は俺のベルトを預かっているだけだ! 八月までこれからよろしく頼むぜ相棒!!」


 場内はどよめき立ち、去っていく秋山。

 そして後藤はゆっくりと立ち上がると、それでも今の王者は俺だとベルトを高く持ち上げる。

 その雄々しい振る舞いだけで、場内は再び歓声に包まれる。

 不完全燃焼だった会場の空気を再燃させる。

 肌で感じる。

 これが、カリスマってやつか、と。



 『ごっとっうっ! ごっとっうっ!』のコールは後藤が場内から去ってもしばらく続いていた。

 熱気さめやらぬ会場を後にして、近くの個室のある居酒屋チェーンに俺達は移動した。

 そこは最初から試合が終わった後にという事でサバンナと待ち合わせしていたところなのだけど、当然のようにヨアンナさんもついてきていた。


「いやー、マジで今後の展開ってどうなるのかしら!」


「後藤と秋山がタッグってイッテモ急造だからネ。秋山としてハ後藤を利用シテイルってところジャナイ?」


「八月までにどうなるかなってところだよね、案外さ後藤の八月までの王座陥落もあるのかも?」


「ウーン、フィフティフィフティってところネ。やっぱりソコハ後藤がチャンプのママでフランクとサバンナが八月はとりあえず勝っテ。負けのゲンインで完全に後藤と秋山がブンレツって流れジャナイ?」


「それだと秋山とフランクの遺恨が晴れないよ?」


「ドウナノカナー? そこは試合内容とかなんじゃナイ、また秋山とフランクの抗争ってのもマターって感じヨ?」


「うーん、目が離せないね!」


「本当ソウネー!」


 俺にはついていけない二人のプロレストークは最高の盛り上がりを見せる。

 端から見ている限り。

 いや、見なくても聞いている限りだけで俺は確信する。

 この二人は絶対にお互いが敵だという事を忘れている。

 すっかり忘れて十年来の友人かのような仲の良さで年頃の女子達がプロレスの話に熱を振るっている。


 なんだろうこれは……。

 これが合コンの席だったら男子の頭は帰りたいという気持ちでいっぱいだろう。

 事実、俺はもう帰りたい。


「お待たせしました」


 そんな酷い空気を打ち壊すように現れたメシアはプロレスラーだった。

 もう、わけがわからない。


「オーマイガー! 本物ネー!!」


「えっと、あれ?」


 サバンナマスクがマスクごしに戸惑う。

 そりゃそうだろう、待ち合わせの席に見知らぬ外国人がいたら戸惑うに決まっている。

 それが見知らぬプロレスラーだったらなおの事だ、俺の気持ちをこれで少しでもサバンナマスクが理解してくれたら嬉しい。


「この方は?」


「オーウ、ソーリィー。ナイストゥーミーチュー、私はヨアンナ・有村と言いマース。そしてこういう者デース」


 言ってヨアンナさんは名詞代わりに端末をサバンナマスクの前に差し出した。

 これにはサバンナマスクも顔を強ばらせ、あさぎも唐突に戻された現実に難色の色を示す。


「これは暁光デース、私は運命的な物を感じてイマス。アーメン」


 言って胸元で十字を切るヨアンナさん。

 戸惑う俺達を落ち着かせるように彼女は続ける。


「私の端末にはあさぎの名前とま……サバンナマスクの名前がありマシタ。本当に、半分はただ楽しむタメだけにここに来たんデス。まさか、お二人が知りあいダタとは思わなカタです。ハウスショーを楽しみツツ、サバンナマスクと接触したカタだけなのデスが、そこにあさぎが居てしかも隣の席ダタとか。運命でショウ!」


「ヨアンナ、ちょっと意味がわかんないんだけど…」


「オーウ、ソーリィ。チョト興奮しちゃたね。単刀直入に言うヨ。あさぎ、チヅル、サバンナ。私とチームを組まなイカ?」


 そのヨアンナさんの申し出は魅力的で、酷く暴力的だった。

 サバイバルとはいえ、仲間が居た方が有利に事は運ぶ。

 だけどあくまでサバイバルなのだから、その仲間と戦う時がやってくる。

 仲間、つまり自分の側にそういう人を置くという事は寝首をかかれる危険をわざわざ側に置くという事だ。


「チームとは言いましたガ、あくまで共闘、同盟テ考えてほしいデース。お互い信頼ハします、するようにシマす。私タチのこれから築く関係性はあくまで例外デス。でもこの戦いのルールにはそぐわない例外デス。矛盾してマスが私の言うチームはそういうモノです。ソウデスネ、サキの

後藤と秋山の結成したタッグみたいな関係性。ソウイウのデス。大きな敵を倒すマデの共闘ミタイナ?」


「大きな敵というのは予選という事か?」


 ヨアンナの出した前提条件は突き詰めるとそういう事なのだろう。

 サバンナの疑問は俺の疑問と同じだった。

 確かに予選を勝ち抜くまでというなら、この同盟は大きな意味合いがある。

 そういう意味ではあさぎの協力者も同じような物だ。

 ならば予選通過三十二組のうち四組が身内という事になる。

 予選通過組の八分の一という余裕のある数字も魅力的な数字だ。

 これよりも多い数を勧誘すれば枠の制限がプレッシャーになってお互いに邪推をするようになってしまう。


 仲間割れの原因になってしまう。

 それにあさぎの協力者はこちらは黙っていて、こちらの切り札にしていてもいい。

 今の状況でさえ、きちんと同盟が設立されてしまえば、極論は一人あたり三対一で戦いを進める事ができるのだ。


「とにかく本戦まではいかないとデス。そういう意味でメリットはありマス。健太君を守りきる確率も高くなるデスよ?」


 サバンナマスクの顔に緊張が走る。

 今の発言はある種の脅迫だ。

 言葉は丁寧だが確かな恫喝だ。

 健太君の事をこちらは押さえているぞという圧力だ。


「気を悪くしないでくだサイ。有効的な話合いのつもりではいますガ、あくまで今はまだお互いに敵デス。敵の事を知ってオクのは基本デス。桶狭間で織田信長が勝ったのダテ情報戦でショウ?」


 もっともらしい事を言うヨアンナさん。

 これでサバンナマスクは現状でヨアンナさんに思うように手出しができない。

 だけど、ヨアンナさんの話には二つ穴がある。


「ヨアンナさん、でもその桶狭間の例だと敵をあざむくにはまず味方からって事だよな。奇襲するために情報をあえて出さなかった。敵っていうのはもちろん俺達だって含まれるだろ?」


「チヅルは賢いナ」


 ここにきて有名ロボアニメの仮面の男の物真似だった。

 余裕というか空気が読めないというか。

 空気をあえて壊して、こちらのペースを乱すような。


「そういう意味でアサギもチヅルも私としてはイレギュラーなのサ、現状では情報がマルデない。ただネ、それでも確信してる事はアルヨ?」


「何ですか?」


「プロレス好きに悪い奴はイネェ!」


「乗った!!!」


 俺達の舌戦や心理戦を全否定するようにあさぎが叫んだ!


「難しい事はよくわかんないけど、仲間が増える事はいい事だよ!ヨアンナもこう言ってるし、私もヨアンナの事を悪い奴だとは思わないし、千鶴もいいでしょ?」


「いやいやいやいや!」


 何をちょっと家電の買い換えみたいなライトな感覚で聞いてくるんだこの女は。

 『この冷蔵庫右側でも左側でも開けられるよ、便利そうだしこれにしましょ』というようなノリで話を進めるな、そんな冷蔵庫買ったって結局は片側からしか開けないよ。

 何も考えてないならまだいい、考えて出した答えがどうしてこうもちゃらんぽらんなんだ!


「え、何でさ!? だって、協力してくれる人は多い方がいいじゃん? 他にもこういうやりとりしてる人達はいると思うけど八人体制とか必勝って言える人数だよ」


「ん、つまりあさぎ達にはすでに協力者がいるデスか?」


「うん、いるいる! 今、海外旅行に行ってるけどね。あの二人も歓迎してくれる申し出だと思う」


 会話のアドバンテージを取ろうといろいろ考えていたヨアンナさんだったが、このあさぎのあけっぴろげな物言いにさすがにペースを乱す。

 取ろうとしていた事が徒労に終わっている。

 それどころか、こっちの協力者を秘密裏にしておけば、俺達の切り札にもでき得たのにどうして喋っちゃうかな!


「それにさ、裏切るとか言い方悪いけど。そういう事されたら遠慮なくぶっ潰せるじゃない。そもそもこれはそういう戦いでしょ?」


 俺のぐるぐる回る思考だけではなく、この場の空気に水を打つ一言をあさぎは言った。

 あさぎのその一言は、この戦いの真理だった。

 ヨアンナさんは自分達の同盟はルールとしては例外だと言った。

 だから例外に甘えてはいけないし、本来ならばそんな例外はあってはならない。


 ルールはルールで、この戦いのルールは単純な潰し合い。

 例外を少しでも認めてしまえば、そこから例外が広がってしまう。

 甘えが強くなり、例外が大きくなってしまう。

 そんな俺達が抱いていた杞憂をあさぎは真っ正面からぶった斬った。

 絶対に犯してはならない不可侵の部分を、ここで俺達に問答無用で最確認させた。

 卑怯だが、それも認められる戦い。

 俺達の同盟だって周りからみれば卑怯だ、だまし討ちだって卑怯だ。

 卑怯な事をしているのに、自分がしていない卑怯な事をされたからといって卑怯と文句を言ってはいけない。


 プロレスのルールでいう反則攻撃みたいな物だ、5カウントまでは認められるアバウトさ。

 それでも、5カウント以上それを行えば待っているのは反則負けだ。

 その絶対的な線引き。

 アバウトなルールの中で、それでも越える事のできないボーダーライン。


「確かにそうネ、そういう物デいいわ。むしろソウ思ってくれた方が私もヤリ易い。私を信頼してクレルなら私も手札を全部ミセルわ。いいえ、私の方が言い出しタ方なのだから、あなたタチは全部見せてクレなくてもいい。それでドウ?」


「いいわ!」


 無駄に元気よく返事をするあさぎ。

 もう俺は頷く事しかできないし、サバンナマスクもそれに続いた。

 この時、俺は観たばかりだからかプロレスのルールを例にしてこの事を考えた。

 考えて、そして今だからこそ気がつく事がある。

 プロレスで言うならその反則の裁定が下されるのはレフリーが見ている時の事だ。

 サッカーでもそういう事があるのだが、レフリーが見ていない反則は反則には取られない。

 技術として消化されてしまうという事に。



補足として、プロレスの会場では本来は実況は聞けません。

今回は臨場感を重視しました、そして筆者はWWEが超好きです。

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