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二日目(2):想い出の場所

 学校にいる間、怜音の様子は昨日とまるで変わらなかった。最強の転校生として、いつの間にかクラスで不動の地位を確立している。

 今日も昼休みは京介と梨恵と一緒に弁当を食べた。怜音は笑いこそしなかったが、すごく心地よさそうな表情をしていたような気がした。



 そして放課後――

『怜音、今日はどんな修行なんだ?』

 今朝の修行がすごくハードなものだったので、ぼくは次のが気がかりでしょうがなかった。せめて、心の準備だけでもしたいものだ。

 しかし、彼女は鬱陶しそうに手をひらひらと振った。「話しかけるな」という意味だろう。なんか少し腹が立った。

 その時、ぼくの背後から黒丸が話しかけた。眉間にしわを寄せている。本当に人間らしい犬だな。感情豊かだ。

『こんな人の多いところでご主人に話しかけるな。お前の声はご主人にしか聞こえないんだからな』

 ――そうだった。

 ぼくの姿や声は、怜音にしか見えないし聞こえない。ぼくと話しているところを他の人に見られると、彼女は確実に、《怪しい人》扱いされる。だって、独り言を喋っているようにしか見えないもの。

「怜音!」

 元気の塊のような声がぼくたちの後ろから飛んできた。振り返ると、和泉梨恵と岸京介が並んでこちらに歩いてきた。京介は身長が180センチあり、梨恵はその点150センチ弱のため、かなり凸凹なコンビだ。

 声の主である梨恵が怜音に言った。

「ねぇ、怜音ってこれからヒマ?」

 昨日初めて会ったばかりの怜音に、梨恵はもう下の名前で(しかも呼び捨てで)呼んでいる。相変わらず、人見知りしないやつだ。

「別にこれといって用事はないけど……」

 梨恵の勢いに押されたのか、怜音はそう答えた。……ぼくの修行があるだろうに。

「そっか!」梨恵の顔がぱっと輝いた。「じゃあ、転校したての怜音に、あたしたちがこの町の見所を紹介したげる。一種の社会見学ね」

 「たち」ということは、もちろん京介や白丸(外見は《ぼく》こと瀬戸内浩哉)も含まれているのだろう。梨恵の後ろで京介が苦笑いをしていた。白丸はきょとんとしている。何だか話の展開に追いつけていないようだ。

「じゃあ、レッツゴー!」

 梨恵が楽しそうに笑った。



 ぼくの住んでいる町は都心から少し離れた場所にある住宅地だ。俗にいうベッドタウン。閑静で小さな町のように見えるが、しかし、駅前に商店街があるので昼間でも町は活気に溢れていた。……おばちゃんたちの。

 そして、その赤い煉瓦で舗装された道の商店街を、梨恵は所狭しと動き回っていた。

「ここラーメン屋は醤油ラーメンが最高なの。で、あっちのパン屋さんのメロンパンは、並みのメロンパンとは格が違うわ。隣のアイスクリーム屋さんのアイスは冬に食べてもいけるし、向こうのカフェは女子生徒たちに人気よ」

 何だか食べ物に関するネタばかりだ。さっきから梨恵はこんな調子で、怜音と京介、そして白丸を連れ回している。

 それにしても、梨恵の食欲には恐れ入る。食べても食べても太らない梨恵の体質は、肥満型の人から見たら、さぞかし羨ましいだろう。

「梨恵」京介が肩をすくめた。「もうそろそろ時間だぞ」

 その時、まるでタイミングを計ったかのように、五時を知らせる鐘の音が商店街に響き渡った。見上げると太陽はもう沈みかけており、空がオレンジ色から薄い紺色へ、鮮やかなグラデーションを演出していた。

 そういえば、もう秋なんだな。

 梨恵はぷぅと頬を膨らませたが、「わかったわ」と言った。

「最後にあの場所に行こう!」



 商店街から離れ、住宅街を抜けること十数分、ぼくたちは道路沿いにある小さな山の(ふもと)にやって来た。隣の区とまたがっているこの小さな山は《井出山》という名前であり、通称《灯篭とうろう山》。

「この山はね、いわくつきなんだよ」山の頂上へ向う階段――らしいところを登りながら、梨恵が怜音に言った。

「この山はね、《灯篭山》って呼ばれてるの。なんで《灯篭》かっていうとね。……出るんだって、幽霊が。でも幽霊っていうか、火の玉みたいな形をしているらしいんだけどね。それが灯篭の明かりに似ているから、《灯篭山》。まぁ、あくまでも噂だけどね」

 梨恵はいたずらっぽく笑んだが、ぼくは少し身震いを覚えた。

 実際、ぼくはこの山で幾度と無く幽霊を見ている。特に、霊感が戻りつつあるここ一ヶ月の間。

 ぼくの家の窓からでも、夜になると、この山の上で飛び交う無数の火の玉が十分に観測できる。だから、梨恵の言っていることは本当のことだ。……しかし、幽霊であるぼくが幽霊を怖がるのも変な話だな。

 怜音は梨恵の話に「そうなの」と相槌を打っただけで、あとは何も喋らなかった。足場の悪い階段を、梨恵のあとを追って難なく登る。

 先頭を行く京介がたびたび後ろを振り返っていたが、全員が苦も無く付いてきているのを見て安心したのか、後ろにいる白丸に話しかけた。

「浩哉、天乃川ってやっぱりお前の彼女なのか?」

「それは前にも申し上げましたが――彼女は私の主人です。そして私は彼女の従者。私とご主人様は、彼氏彼女の関係では決してありません」

 断固とした口調だった。

 京介は少し黙り、それからまた口を開いた。

「それにしても、彼女ってアレっぽいよな」

「アレ?」

「そう、アレ。――今流行っている、ツ……ツ……」

「ツ?」

「そうだ、ツンドレ!」

 おい、京介。

 それをいうなら《ツンデレ》だろ。間違えるならせめて《ツンドラ》で間違えろよ。しかも、ツンデレって流行っているのか?

 いや、それに怜音は本当にツンデレなのか? ……デレてるところなんざ、今まで一度も見たことないぞ。これじゃ《ツンツン》だ。

「京介」白丸が首をかしげた。「それをいうなら、アンドレじゃありませんか?」

『《アンドレ》って外国人の名前だろ!』

 ちなみに《どれ》っていうのは、だらしないこと、酔っ払うことって意味がある。一文字違うだけでこんなにも意味が違ってくるんだな。

 《ツンドレ》:普段はツンとすげない態度をとるが、一定の条件下ではだらしなく酔っ払うこと。

 ……新たなブームが到来する予感はしなかった。



 山の頂上に着いたときには、夜空を無数の星が瞬いていた。太陽はお役御免。月と星が織り成す幻想的な夜へようこそ。

『……やっぱり』

 太陽が完全に沈んでから、この山に無数の火の玉が集まってきた。無数の星と無数の火の玉。幻想的というよりかは、摩訶不思議世界だ。もちろん、この火の玉が見えるのは、ぼくや怜音、それと白丸、黒丸だけで、梨恵と京介には見えない。

 山の頂上は平らになっており、広さはバスケットボールのコートひとつ分くらい。地面は所々に苔の生えた石畳に覆われている。鬱蒼と木の茂ったこの山から、ぽっかりと切り離された場所のようだった。

「しかし……ここって何も無いじゃねぇか。最後に案内するには、少し物足りないかもな」

 京介が揶揄するように梨恵に言った。

 梨恵はまたしても頬を膨らました。怒っているらしい。

「でも、ここはあたしたちにとっての『想い出の場所』だよ。だったら、浩哉の彼女さんの怜音にも見せてあげなくちゃ」

 だから彼女じゃねぇよ。

 ご丁寧にも白丸が訂正しようと口を開きかけたが、

「ここって――」という怜音の発言によって、それは阻まれた。

「三人にとって、どういった『想い出の場所』なの?」

 ごく普通の、友達同士でするような会話の口調だった。表情こそは変わらないが、怜音独特の冷たさを孕んだ口調ではなかった。それがぼくには、妙に新鮮に感じられた。微笑ましくも思った。

 もう、怜音はぼくらの仲間なんだな。

「ここはね、あたしたちが初めて会った場所なんだ」梨恵は楽しそうにそう言った。

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