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一日目(5):五日間の約束

 ぼくは思わず尻餅をついた。

 地面が抉れ、土煙が上がる。視界が開けた時には、ぼくの目の前に大きなクレーターが出来ていた。

 ぼくの目の前に。

 あと一メートル近ければ、ぼくも光に押し潰されていたんじゃないだろうか。

「ちっ」

『何で今、舌打ちした!』

「家畜に教える筋合は無いわ」

『また家畜扱いか!』

「浩哉――」

 怜音がどんどん近づいてくる。冷たい目はそのままに。

 視線で射すくめられるとは、まさにこのことだろう。一歩も動けない。

 そして怜音はぼくの前に立ちはだかった。腰が抜けて立てないので、思いっきり見下されているような感じになる。為すすべの無いぼく。

「後ろ――」刃物のような口調で彼女は言った。「後ろ向きなさい。背中、切られているでしょ」

「へ?」

 一瞬、彼女が何を言っているのか理解できなかった。

「さっさとしなさい」

『は……はい』

 言われるがまま、ぼくは彼女に背中を向けた。彼女は地面に座り、ぼくの背中に手のひらを当てた。

 温かい。

 幽霊になってから初めて知った、人の温もりだった。こういうものって、失ってみて初めて大切なものだと気づくんだよなぁ。

『って……あれ?』

 何かいま、物凄く良い感じじゃないか? ドライアイスのような怜音が、ぼくの傷を心配してくれるだなんて。

 こ、これは――世にいう《ツンデレ》ってやつなのか!?

 初めての感覚だ。

 こういう感覚を、も――

「え……痛てぇぇぇぇぇええ!」

 突如、例えようの無い痛みが全身を駆け巡った。

 激痛どころじゃない。マジで死んだかと思った。

「あら、思ったよりまだ大丈夫そうね」

『ぼくは今、死んだかと思ったぞ!』

「それはそうよ。傷口を無理やり広げたんだから、死にそうな痛みも当然だわ」

『ぼくは何かの実験材料か!?』

「ええ、あなたの霊力を計らせてもらうために」

 霊力を計るために、死ぬような痛みを味あわなくてはいけないとは……。霊力を数値化できる便利な機械とか、無いのかよ。スカウターとか。

「戦闘力5――ゴミヤムチャね」

『ゴミヤムチャって!?』

「冗談よ」

 酷い言われようだった。ご愁傷様、ヤムチャよ。

『それにしても、何でぼくの霊力を計る必要があったんだよ?』

「霊力が高ければ高いほど、強くて壊れない魂ってことなの。あなたは常人よりはるかに多い霊力を持っているから、この傷で死ななかったのよ。常人の霊なら、この傷は致命傷よ」

『だからって……どうして傷口を広げる必要があるんだ?』

「ん、どれくらい痛みを与えれば死ぬかな、と思って」

『殺すつもりだったんかい……』

「肉体が死んでも魂は生きている。だから、生まれ変わりは可能。でも、魂が壊れる――つまり霊の状態で死んでしまったら、存在そのものが消えてしまうわ。いくらあなたに大量の霊力があったとしても、ね」

 そして、怜音はぼくの背中を、バシィン! と引っ叩いた。

 今度こそ死んだかと思った。

「治ったわ。さぁ、立ちなさい」

『立てるか……』

 幽霊なのに痛みを感じるなんて、何だか損な気分だ。

『ていうか、ちゃんと説明しろよ。……あいつら、お前の追っ手なのか?』

「ええ。あいつらは下級の使者。――使者っていうのは、天国、煉獄、地獄を管理する役職で、それぞれ下級、中級、上級の使者がいるの。裁判官も同様に階級があるわ」

『つまりあいつらは、あの世の使者の中でも弱い方なのか』

「ええ。ゴミのようなクズよ」

『ゴミもクズも同じだろ』

「ゴミのようなヤムチャよ」

『ヤムチャさんに今すぐ謝れ!』

 酷い言われようだった。哀れ、低級使者たち。そして、ヤムチャ。

「それに、上級裁判官と下級使者じゃ実力が違いすぎるわ。あの世の連中も、追っ手の人選を誤りすぎね」

『でも、次にまた低級使者がくるとは限らないだろ』

「そうね。今度は絶対に強いのが来る」

『じゃあ、ぼくは用無しだな』

 ぼくは怜音に背を向けながら言った。

『低級使者にも殺されかけて。次に上級なんかが来たら、ぼくは確実に殺される。それに、ぼくがいなくても、お前は十二分に強いじゃないか。あの技――断罪ジャッジメントだっけ?』

「そう。あれは、あの世の人間や霊を、あの世に強制送還する技よ。もっとも、あの技を受けたら三日間は体が動かせないでしょうけど」

 酷い技だった。でも、それほど強力な技があるのなら――

『あれの技があれば、守護霊なんて必要ないだろ』

「そうね、必要ないわ」

 感傷に浸る隙も無いくらい、高速の返答だった。

 同情くらいしてほしかった。

「必要ないわ、まだね」

『まだ?』

 ちょうど学校の昼休みの時にも、同じような問答を繰り返したような気がする。その時は深く追求しなかったので、結局答えは聞いていなかったが。

 怜音は、はぁとため息をついた。

 なんかすごく馬鹿にされた気分になった。

「浩哉、あなたはわたしがあの世の連中から一生逃げ続けなくちゃいけないと思っているの?」

 真夜中の北風のような声だった。怒っているというよりかは、呆れているといった方が近い言い方。

「わたしはそんなの嫌。一生逃げ続けるなんて、考えられない」

『じゃあ、ひょっとして……あの世の連中を全員殺す、とか……?』

 こいつならやりかねない。

 しかし、怜音はまたしてもぼくを馬鹿にするようなため息をついた。

「あなたは今から何も音を立てないで」

『つまり、黙ってろと?』

「呼吸音と心音もうるさいわ」

『遠回しに死ねってことか!?』

「うるさい」

 一喝された。

「簡単な話、わたしがあの世の人間で、あの世で罪を犯したから逃げなくちゃならないの。だから解決策は至ってシンプル。わたしがあの世の人間でなくなればいいのよ」

『なにわけの分からないなこと言って――グボォ!』

 鮮やかな手刀がぼくの喉に決まった。息が止まる。首がへし折れるかと思った。

 容赦のない奴。

「わたしの体はまだ、あの世の人間と同じ様式。それを、この世の人間のものに変える。体の構成を変化させればいいのよ。この世の人間のものに、ね」

 色々と言いたいことがあるが、手刀による疼痛が激しいため、声が出なかった。

「五日よ」彼女は手のひらを広げ、ぼくの前に突きつけた。「五日で、この世の人間になってみせる。そうすれば、もう追っ手は来なくなるわ」

 たしかに、彼女があの世の人間である以上、あの世からの追っ手は来るだろう。

 だが、この世の人間になってしまえば、話は違ってくる。それが五日で出来るのかは、彼女次第だろうが。

 でも、それではぼくの疑問に答えていない。

 ぼくは彼女の守護霊として、必要とされるのだろうか。

「だからあなたは馬鹿なのよ」

 思考を読まれた!?

「あなたが、無い脳みそを絞って考えているそぶりを見せたからよ。低脳さがバレバレね」

 彼女の言葉は本当に冷たい。ひょっとして氷山の中から生まれてきたんじゃないだろうか。

「この世の人間の体になるってことは、わたしの力は格段に弱くなる。身体能力の低下は勿論、霊にも触れられなくなるだろうし、見えなくなるかもしれない。《断罪(ジャッジメント)》も使えなくなる。下級使者にも簡単に殺されるわ」

『あ……』

 そうだった。この世の人間になるということは、あの世の人間の能力を全て捨てなくてはならないのだ。

「この世の人間に近づくにつれて、わたしは確実に弱くなる。だから、あの世の追っ手からわたしを護ってくれる守護霊が必要なの」

 彼女の目がぼくの目を真っ直ぐ捉える。逸らすことの出来ない、それはまるで信頼にも近い、純粋な眼差しだった。

「たとえ、わたしがあなたの姿を見ることが出来なくなっても、あなたの声が聞こえなくなっても、あなたはわたしを護るの。それが、あなたの使命だから」

 瞬きすらも許されない。

「わたしの体が完全にこの世の人間のものへと変化し終われば、黒丸と白丸があなたの魂を元の体に戻してくれる予定になってる。だから――」


「五日間だけ、わたしを護って」


 ……懇願された。

 思考回路がショート寸前。そして、今ショートした。

 怜音が――ぼくをけなし続けてきた怜音が、ぼくに対してお願い事を!?

「やっぱり、なんかムカつくわ」

 彼女の踵落しがぼくの脳天に直撃した。自然、腰が折れ、彼女に対して頭を下げているような格好になった。

「これでいいわ。このままずっと、わたしに頭を下げてなさい」

 依然としてぼくの頭の上から踵をどけない怜音。しかし、そんな彼女は気づいていない。

 そう、少し目線を上げればスカートの中が……。

 もう少し幸せな気分を味わいたかったので、ぼくは彼女に踏まれるままでいた。


 しかし数十秒の後、怜音はぼくの目的に気づいてしまう。

 その後のぼくがどうなったかは言うまでもないだろう……


 一日目終了

 残り四日


なぜこの小説のサブタイトルは「〜日目」なんだろう、という謎がようやく分かりました(すでに気づかれている方もいらっしゃると思いますが……)。

さて、残りはあと四日。浩哉は怜音を護りきれるのでしょうか?

次話以降も読んでいただけたら幸いです。

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