一日目(4):理不尽な裁き
『えっ……ちょっ……今、なんておっしゃいましたか?』
「同じこと二度言うほど、私たちは暇ではない」
……わけがわからない。なんでぼくが殺されなくちゃいけないんだ。しかも、一度死んでいるのに。二度殺そうというのか。
それに――
『仮にあなたたちがあの世の使者なら、狙いは怜音だろ。それとも、ぼくが彼女の守護霊だから、か?』
「答える必要は無い」
その言葉と同時に、二人の男はぼくに向って走ってきた。殺意全開で。
『くそっ!』
ぼくはすぐさま逃げた。
ぼくのチキン中枢が、これ以上無いくらい警告を発している。
――あの二人は危険だ、と。
ぼくは公園のベンチをすり抜け、木々をすり抜け、フェンスをすり抜けて公園外に逃げようとした。
しかし、またしてもフェンスに激突した。飛び越えようとしても、まるでそこに見えない壁があるかのように、ぼくの体は公園内に弾き戻された。
公園から出られない。
どうなっているんだ?
幽霊なのに。
「死ね……」
感情の無い声。
ぼくは条件反射で身をすくめた。頭上を掠めるように、サーベルのような刃物が走る。
『うわぁ!』
ぼくはあわてて体の向きを変え、再び逃げた。
だが、ぼくの行く手を遮るかのように、目の前に公園の木が倒れ込んだ。倒れた木の向こうには、もう一人の男が立っていた。
『えっ……?』
ぼくは自分の目を疑った。
男の右腕が、剣のような形状をしていた。さっきまで、普通の人間の体をしていたのに。
しかし、ぼくの思考はそこで途切れた。ひやりとした、冷たい感覚と共に。
冷たい感覚の後、灼熱の痛みが込み上げてきた。
転がるように二人の男との距離を開け、体の痛む箇所を触ってみる。
背中が割れていた。おそらく、木の向こうにいた男に気をとられている隙に、背後からバッサリとやられたのだろう。
血は出ていない。当たり前か、幽霊だから。
しかし、痛みは本物だった。死ぬほど痛い。――いや、もう死んでるけど。
そして、この場の打開策を考える暇も無く、二人の男は再びぼくに向って走り出した。二人とも、剣のような右腕を振りかざして。
今度こそ、死ぬ。あの世からの使者は、ぼくを死へと誘う死神だったのだ。
半ば諦めた。チキン中枢はもう警告音すら鳴らさない。目の前に迫ってくる死がスローモーションのように感じられ、ぼくはゆっくりと目を閉じた。
――パリンッ!
ガラスのコップが割れたような甲高い音が、静寂の中に響き渡った。
ぼくと二人の男は、音のした方を見た。そして、硬直した。
一刹那が、永遠のように感じられた。
「やっと見つけたわ」
氷のような、ひやりと、そして凛とした声。長い銀髪の髪が羽のように揺れる。琥珀色の可愛らしい双眸は、見るもの全てを凍りつかせるような絶対零度の冷たさを帯びていた。
天乃川怜音が、死神よりも死神らしく立っていた。
「公園に結界を張るなんて、小ざかしい真似をしてくれるわ。おかげで、そこにいる家畜を回収するのが遅くなっちゃったじゃない」
『家畜!?』
ぼくを指差す怜音に向けて叫んだが、彼女は何の表情も浮かべなかった。
「それにしても、あの世の使者――それも下級のが二人なんて、わたしもなめられたものね。これでもわたし、あの世の上級裁判官だったのよ。あなたたち格下とはわけが違う」
二人の男は、微塵も動かない。いや、動けないのだろう。年齢も体格も自分たちより下の怜音が、恐ろしすぎて。そう、今の彼女の威圧感は、尋常でなかった。
一歩でも動けば、命を刈り取られるほどの。
ばっさりと。
「浩哉――あなたもわたしをなめすぎよ。家畜は飼い主のもとから逃げちゃだめよ。殺すわよ」
『だから、ぼくは家畜じゃ――』
「家畜を虐める権利も弄ぶ権利も嬲る権利も殺す権利も、全部飼い主であるわたしが保持してるの。だから、あなたたち下級の使者がわたしの家畜を殺すなら、わたしはあなたたちを、この世に一片のDNAも残さずに完全消滅させるわ」
『ろくな権利がねぇ!』
「間違えた――義務だわ」
『もっと酷い!』
「ていうか、それがわたしの使命よ」
『そんな使命に燃えるなよ!』
「だから――」
怜音は右腕を掲げた。
彼女も右腕を剣に変えるのだろうか。あの世の人たちは全員、そういうことが可能なのか、と思った次の瞬間――彼女の右腕に光が包まれ始めた。
ぼくは思わず目を細めた。光の眩しさにもそうだが、しかし、この光はおかしい。
見ていて、恐怖が全身を駆け巡る光。
光は普通、《希望》とかいうイメージが強いが、この光はその真逆。
《絶望》
見るもの全てを絶望させる、闇より暗い光。まるで、死刑宣告を受ける前のような気分だった。
「地獄で後悔なさい――」
彼女の唇の端が吊り上った。
厭な、笑みだった。
「断罪――!」
彼女の右腕が振り下ろされた。
同時に、光の弾丸が超高速で天から降ってくる。いや、降ってくるとぼくの視覚が認識したとき、すでに光の弾丸は地面に激突していた。地球全体を震撼させるような衝撃が、ぼくの体を貫く。
そしてあっという間に、二人の男――あの世の使者たちは光の弾丸に押し潰された。
悲鳴も上げず。為すすべもなく――