一日目(2):親しき友人たち
一話の後書きで、更新の目安を『週2〜3回』としましたが、『ほぼ毎日』に変更させていただきます。詳細はこの話の後書きで。
転校生という人種は、何故か例外なく爆発的な人気を誇る。まるでその転校生が磁石か、あるいは台風の目にでもなったかのように、人が引き付けられる。転校生が美男美女だったら、それは尚更だ。
天乃川怜音も、その例外ではなかった。いや、こいつはある意味例外かもしれない。
彼女は、おそらく転校生史上類を見ない、最高にして最強のモテっぷりだった。
それは男女関係無く、クラスの垣根を越え、学年の隔たりすらも越え、彼女はその一日で瞬く間に学校中の人気者になった。
それほど、怜音は美人だったのだ。
「ねぇねぇ、天乃川さんってどこの学校から来たの?」
「両親が外国人ってホント?」
「好きな男の子のタイプは?」
「なんでそんなに綺麗なの?」
「髪の毛サラサラ〜!」
「天乃川って名字、珍しいね!」
「怜音さんって呼んでいい?」
「てか、付き合ってください!」
「むしろ結婚してください!」
「というか、罵ってください!」
と、いった具合である。
しかし、その天乃川現象(ぼくが勝手に命名した)は、なんと《ぼく》にも降りかかったのだ。いや、正確にはぼくではなく、《ぼく》の体に入った白丸にだが(紛らわしいので、これかは単純に白丸と呼ぼう)。
ではなぜ、白丸にも被害が及んだのか。それは登校中、怜音と白丸が並んで歩いていたからだ。そこをクラスの何人かに目撃され、噂が広まってしまったらしい。
ちなみに、白丸の周りに集まっているのは全員男。しかも、モテない連中ばかり。いつの間にか白丸の周りに《モテない同盟》(これも、ぼくが命名。ネーミングセンス、皆無)が形成されていた。
「おい、瀬戸内! なんでお前が天乃川さんと一緒に歩いてたんだよ!」
しょうがないだろ。あいつの命令なんだから。
「瀬戸内! お前だけには負けないと思っていたのに!」
ぼくって、そんなにモテない男って感じだったのか?
「瀬戸内! 何で俺に彼女を紹介してくれなかったんだ!」
あげられるなら、今からでも君にあげます。ただし、後悔しても知りません。
と、いった具合である。
しかし、その馬鹿な男どもの中にも、分かってくれるやつはいた。
「浩哉、お前、なんか変じゃないか?」
色黒の、いかにもヤンキーっぽい感じの生徒。しかし、その愛嬌のある笑みや、明るいキャラは、多くのクラスメートから親しまれている。
岸京介。ぼくの、小学校からの親友である。
やはり親友は違うな。ぼくの姿形や声は、彼には見えないし聞こえないけど、今なら彼に向って「ありがとう、我が友よ!」とか言ってやれる。
京介は、その愛嬌のある笑みを浮かべながら、白丸の肩を叩いた。
「でも、俺に隠れて彼女つくったなんて、ずるいぞコンニャロ!」
バカ京介! 違うんだ。お前なら分かってくれると思っていたのに。
「それにしてもあんな可愛い娘、どうやって手に入れたんだ?」
手に入れたんじゃねぇよ。
……ぼくが捕まったんだ。
「その言葉には語弊があります」
『ちょ、白丸!』
ぼくのことを完全に無視し、白丸は縷々と話し始めた。なぜか恍惚の表情を浮かべて。
「手に入れたのではありません。私が申し込んだのであります。ご主人様の、従者にと。ご主人様は快諾なされました。私はその時、天にも昇る気持ちでございました。ああ、今思い出しても、ご主人様の懐の深さに、感動と感激に身震いがします。なんと至福の、そして至高の幸せ。……ですから、私はご主人様のためには、例え火の中水の中――身命を賭して、全身全霊で仕える心持でございます」
「……浩哉、見直したぜ」
『何も気づいてねぇじゃんか――っ!』
感動に涙を流す、幼馴染の京介。涙もろい性格は悪くないが、泣きたいのはぼくの方だった。
その後昼休みが来るまで、天乃川怜音と、《瀬戸内浩哉》こと白丸の活躍は、目覚しいものだった。
まず怜音。その美貌もさることながら、頭脳の方も半端なく凄かった。抜き打ちテストで満点を取り、転向初日で教科書が揃っていなくとも、先生の問いかけに全て完璧に答えた(他の人のぶんも答えたりした)。
そして《瀬戸内浩哉》こと白丸も半端なかった。同様の抜き打ちテストで満点を取り(ちなみに、満点は白丸と怜音の二人のみだった)、四時限目の体育のバスケットボールで、一人で二十得点も入れた。
二人は一日でクラスの英雄となった。
そんな英雄たちと、ぼく、そして黒丸は、学校の屋上にいた。
今は昼休み。
間断なくやって来る授業のラッシュから一時的に開放された生徒たちは、多くも少なくもない微妙な猶予内で弁当を食べたり、友達と喋ったり、外で運動したり、あるいは図書室で勉強していたりする。
眼下に広がるグラウンドを俯瞰しながら、白丸が寂しそうに呟いた。
「それにしても、この世の人間の体は不便です。なぜ、こんなにも力が抜けるのでしょう……」
グゥゥ、と白丸の腹から音が鳴った。思えば、白丸と怜音は朝から何も食べていない。
ぼくの両親は共働きで、朝はぼくより早い。ぼくは母親が作った、テーブルに置いてある朝食を食べ、同じくテーブルの上に置いてある弁当を取り、毎朝学校へ向うのだ。
今日は怜音に無理やり連れて行かれてしまったので、朝食を食べる暇も弁当を持っていく暇も無かったというわけだ。
『怜音は腹減らないのか?』
ぼくは、屋上の鉄柵に背中を預けている怜音に向けて言った。
「あの世の人間は、基本的に生理現象が無いの。わたしの身体はあの世のときと変わらないから、生理現象は無いわ。……まだ、ね」
『まだ?』
「そう、まだ」
相変わらず口数の少ない女だ。思わせぶりな口調の割に、必要最低限のことしか言わない。ゆえに会話が続かない。ぼくは諦めて別の話題を振った。
『怜音、いまだによくわかんないんだけど……「霊」と「あの世の人間」ってのは、どう違うんだ?』
「霊は魂そのもの。あの世の人間は、この世の人間とほとんど変わらないわ。ただ、生理現象がなかったり、空を飛べたり、霊を見たり触れたりできるという、この世の人間とは異なる特性を持ってはいるけど。でも、同じ人間であることには変わりないわ」
『……なるほど』
怜音の常軌を逸した行動を見ると、あまり実感が湧かないが……。彼女もぼくらと根本的には変わらないのだろう。
会話はまた途切れてしまった。眼下に広がるグラウンドを眺めている怜音の横顔は、どこか切なく、まるで美しい肖像画を見ているようだった。
ぼくは彼女に再び声をかけようとした。だが、その前に、
「あ――――っ!」
という甲高い声が耳に突き刺さった。
やって来たのは、和泉梨恵。その後ろには京介もいた。
小さな顔によく似合うショートヘア。目はぱっちりとした二重。動物に例えると、猫そのもの。小さな体躯が、より一層動物らしさを感じさせる。
そんな和泉梨恵は、ぼくの数少ない女友達である。
梨恵も京介同様、ぼくの小学校からの親友だ。小学生の時、よく梨恵と京介とぼくの三人で遊んだものだった。その仲は中学生になっても変わらず、高校生になっても同様だった。要するに、腐れ縁ってやつだ。
「ちょっと浩哉! 先に行かないでよ!」
梨恵が頬を膨らませて怒った。
――しまった!
いつも四時限目が終わった後の昼休みは、ぼく、京介、梨恵の三人で昼食をとるのが日課なのだ。今日は朝からごたごたとしていたので、つい忘れてしまっていた。
「すいません、和泉さん」
事態を呑みこめていない白丸が、とりあえずといった感じで頭を下げて謝った。
しかし、梨恵は困惑した表情を見せた。
当たり前だ。ぼくが梨恵に向って名字で、しかも「さん」付けで呼んだことは今まで一度も無い。いつも「梨恵」と名前で呼び捨てだ。
ぼくは白丸の耳元でそのことを話した。白丸は納得した顔をし、「じゃあ、昼食を食べましょうか、梨恵」と、笑顔で言った。
ちょうどその時、京介が感嘆にも似た声で叫んだ。
「あれ、天乃川怜音じゃん!」
梨恵も怜音に気づいたようだ。大きく手を振り、
「天乃川さんも一緒に食べようよ!」と、楽しそうに言った。
それにしても――転向初日から英雄扱いされている怜音に向って、梨恵は何の臆面も無く、彼女を昼食に誘った。普通はそこに多少の躊躇いが生じるだろう。なんていうか、怜音は今、《近寄りがたい、神のような存在》のようなものだと思う。仮にぼく梨恵だったら、積極的に彼女を昼食に誘おうとは思わない。まあ、それが出来てしまうから梨恵なんだろうけど。
怜音は二人に警戒するそぶりを見せながらも、梨恵と京介に近づいていった。
「んじゃぁ、お弁当タイム!」
梨恵はその場に座り、弁当の蓋を開け始めた。彼女の弁当はいつも三段構えだ。一段目にぎっしりとオカズ。二段目にもぎっしりとオカズ……。そんなバラエティーの豊富な弁当は、梨恵が一人で毎朝作っているらしい。そして三段目におにぎりが四つ。これもぎっしりと。
この弁当のスタイルは、中学生の時から変わっていない。
しかしそれだけ食べても、彼女は一向に太らない。太った梨恵なんて見たくもないが、それでも不思議は不思議だった。
京介も座って弁当を広げる。こちらはいたってシンプル。男子が食べる弁当の平均量くらいだ。内容も平均的。豪華でもなければ、特に貧しいわけでもない。それでも、梨恵の弁当と比べると見劣りする感は否めないが。
そんな二つの弁当を、物欲しそうな目で見ている奴がいた。
そう、《瀬戸内浩哉》こと白丸だ。
「浩哉、お弁当は?」
「実は持ってきてないんです……」
グゥゥと鳴る腹を押さえながら、白丸は苦笑した。
「なら、俺のを分けてやるよ」
「……ありがとうございます。このご恩は一生忘れません」
京介から差し出された弁当を受け取り、白丸は深々と頭を下げた。
「んなことするなよ、気色悪ぃな……」
「そうだよ。今日の浩哉、どこか変だよ? 勉強はやたらとできるし、スポーツも凄いし。いつものドンくさい浩哉はどこいったのさ?」
そう言いながら、玉子焼きをもぐもぐと食べる梨恵。
――おい、今さりげなくぼくのこと馬鹿にしただろ。
「ねぇ、天乃川さんもお弁当無いの? よかったらあたしのお弁当、分けてあげる! この玉子焼きなんか、けっこう自信作なんだよ?」
「いや、わたしは……」
「ほい!」
梨恵は半ば強引に、怜音の口に玉子焼きを突っ込んだ。
怜音は戸惑いながらも、もごもごと口を動かし、やがて呑み込んだ。
「……美味しい」
「ねっ! 他にも色々あるから食べてみてよ」
「やめといたほうがいいぞ、天乃川」京介が苦笑しながら言った。「こいつの料理は、卵料理以外、相当マズイから」
「バカ京介! そんなこと無いわよ。ね、浩哉」
「は、はい……」
口に含んでいた肉団子(京介のやつ)を呑み込み、白丸は言った。
「ホラね。天乃川さんもそう思うでしょ?」
「うっ!」
梨恵が怜音に同意を求めたその時、怜音が口元を押さえた。顔色がみるみるうちに青くなっていく。
「天乃川、なに食った?」
「……おにぎり」
「くはは、それはこの世で一番危険な食い物だからな」
「京介!」
梨恵は弁当箱の裏で、思い切り京介の頭を殴った。
スパコォン! という小気味の良い音が、突き抜けるような蒼天に吸い込まれていった。
梨恵は、あははと笑った。京介も、くははと笑った。白丸も笑った。怜音はいまだに口元を押さえたままだった。
だが、ぼくは笑えなかった。
いつもなら、その笑いの輪にぼくが加わっているはずだった。しかし、今、ぼくの姿は梨恵にも京介にも見えない。声も聞こえない。
それがすごく、寂しかった。
自分だけがのけ者にされた気分だった。
いや、のけ者ならまだいい。のけ者なら、まだ《ぼく》という存在が彼らの中にあるからだ。
今のぼくは、存在していなかった。ぼくの代わりに存在しているのは、白丸だ。外見は《ぼく》だが、それは決してぼくではない。
そう思うと、無性に腹が立ってきた。
怒りと悲しみが、心の奥底から込みあがってきた。
ぼくはいたたまれなくなり、背を向けてその場から去ろうとした。
『待て!』黒丸がぼくを呼び止めた。『ご主人から無断で離れるな。お前はもう、ご主人の守護霊なんだぞ。ご主人の許可無く離れるのは、絶対に許されない』
『お前に何が分かるんだ!』
ぼくは思わず叫んだ。
怜音が、白丸が、黒丸が、ぼくを見た。驚きの入り混じった目。
その視線に、さらに腹が立った。
『お前たちに束縛される覚えなんか、ぼくにはない!』
ぼくは屋上から飛び立った。
振り返ると、梨恵と京介がまだ笑っていた。きっと、また他愛も無い馬鹿な話でもしているのだろう。
それを見てぼくは余計に悲しくなり、学校が見えなくなるまで飛び続けた。
前書きにも書きましたが、更新の目安を『週2〜3回』から、『ほぼ毎日』に変更させていただきます。理由は特にないんですが、なんていうか、手元に完成している小説があると投稿したくなる衝動が……。
自分勝手で真に申し訳ありません。こんな作者ですが、四話以降も読んでいただければ幸いです。