後日談(終):その笑顔が見たくて
最終話です。
「浩哉、今週の日曜日空いてるか?」
「ああ。空いてるけど、なんで?」
「あ、いや……ダブルデートしないか、ってさ。梨恵が」
「えっ?」
「実は……俺と梨恵、付き合うことにしたんだ。だからさ――俺と梨恵、そんでお前と怜音ちゃんで、映画にでも行かないかって話だよ」
学校帰り。地元の商店街を歩きながらタイヤキを食いつつ、京介はぼくにこんなことを言い出した。
それにしても、京介と梨恵が付き合うなんて、ちょっと驚きだ。あの二人、いつもなんかで喧嘩してるイメージが……。でも、『喧嘩するほど仲がいい』って言葉もあるしな。
「お前たちならお似合いのカップルだと思うよ」
そしてぼくはまた一口、タイヤキをほお張った。
六連星と別れてから三日が経った。
怜音の体はもうこの世の人間そのもので、よく食べるし、よく寝るようになった。あの世の人間の能力――霊に触れることや、飛べること、身体能力の高さなどは消えたが、霊が見え、話せる力だけは残った。だが、その力のせいで苦労したことはいまのところない。
黒丸と白丸は、すぐにあの世から戻ってきた。『ご主人を泣かせたら殺す』と、黒丸には冗談半分で笑われたが、隣にいた白丸の目は本気だった。あれは殺人者(犬だから殺人犬か?)の目だった。まあ、白丸は怜音に心酔しているから、しょうがないだろう。ぼくも十二分に気をつけることにしよう。
十月の風が身にしみる。上を見ると、雲ひとつない爽やかな秋空が広がっていた。それはどこか寂しく、しかし、人の気持ちを晴れやかにするものがあった。悩み一つない空を見ていると、心が洗われるのだ。
けれど、ぼくの心は秋空のように悩み一つなく澄み渡っているわけだはない。心の中には面倒な課題が山積みになって置いてある。
例えば家のことについて。怜音は今のところ、ぼくの家に居候している。ちなみに、ぼくの両親に内緒で。このままではいつ露見してしまうかわからない。家問題は早めに解決しなければならない。
それと、あの世のことについて。怜音の両親は、彼女がこの世の人間になってしまったことに対して、どう思っているのだろうか。結果的にぼくが彼女を奪ってしまったわけなので。ていうか、半ば駆け落ちみたいなもので……。報復かなにかで襲撃されたら非常に困る。
ちなみに六連星奏風ことソフィー=エレクトラは、黒丸&白丸情報によると、どうやら軽い罪で済んだらしい。ぼくの記憶を勝手に復元してぼくに返したり、怜音のことを見てみぬ振りしたり、けっこう好き放題だった彼女だが、これは嬉しい情報だ。
結局、六連星はぼくらの味方だったわけで、彼女のおかげで助けられたことにもなった。彼女には、また会いたいと思う。怜音も友人に会えるのは嬉しいと思うし。
さて――
ぼくは視線を元に戻し、前を仲良く並んで歩いている怜音と梨恵の後姿を見つめた。
あれから怜音は感情を表に出すことが多くなった。まだぎこちない表情は多いが、それでもぼくは嬉しかった。
もう本当の気持ちを隠す必要はなくなったのだ。ありのままの自分を表現できればいい。
そのうちきっと、屈託なく笑える日々が来るさ。
「浩哉!」
怜音は振り返って手を振った。そして、その手はちょうど怜音たちの隣に建っている店に向けられた。
「ここのカフェのコーヒー、すごくおいしいらしいわ。寒いし、温まりましょう」
「ん、わかった」
「もちろん、あなたの奢りね」
「何でだよ! さっきタイヤキ奢ったばっかだろ!」
「わたしたち、付き合ってるのよね。男が奢るのは当然じゃない」
「それは必ずしも当然とは言えないぞ!」
たしかに、あれはぼくから告白したことになるのだろう……。だが、だからといってぼくばかりが奢るとはどういうことなんだ。高校生の金銭事情を考えろ。
「えっ、浩哉の奢り? いくらなんでもそれは悪いよ」
意外なことに、梨恵が怜音に注意をした。
おお、あいつ気が利くじゃねぇか。京介が彼女に選んだ理由も何だかわかる気がする。
「浩哉の全額負担は可哀想だから、ここは浩哉と京介の二人に奢ってもらいましょー!」
「そうね。それがいいわ」
「何でそうなる!」「何だそりゃ!」
叫びが京介とハモった。あんまり良いハモりとはいえなかったが……。
あきれ返るぼくたちをよそに、梨恵は楽しそうに店の中に入っていった。
「浩哉、俺らって女の尻に敷かれる運命にあるのかな……」
「……かもな」
意気消沈している男二人。傍から見ると、奇妙な光景に違いない。
怜音はそんなぼくらを不思議そうに見ると、
「二人とも、早く入りましょう」
と、微笑んだ。
――それはごく自然な微笑みで。けれど、ぼくにとってはとてつもなく大きな意味を持つ微笑みだった。
「なぁ、浩哉」店に入っていった怜音を見て、京介は呟くように言った。「彼女、よく笑うようになったな」
「そうだな」
「ダブルデートのこと、彼女に伝えといてくれよ」
「……ああ」
ダブルデート……か。そのことを怜音に伝えたら、怜音はどんな顔をするだろうか。
驚くだろうか。照れるだろうか。困惑するだろうか。それとも怒るだろうか(照れ隠しならいいんだけど……)。
でも――笑って喜んでくれたらいいな。
そんなことを思いながら顔を綻ばせ、ぼくたちは温かい居場所の扉を開けるのだった。
完
貴重な時間を割いてまで、この作品を読んでくださった読者の皆様、本当にありがとうございます。
この「今日から守護霊!?」ですが――
後書きを使って作品のことを語ってしまうと、私の場合、単なる自己満足になってしまうので、あえて何も書きません。作品の解釈は皆様のご想像にお任せします。ただ、この作品は私にとって分岐点のようなものになりました……ということだけは書いておきます。
あとがき更新(2008・6/9)
この小説の続編を書く、と去年あたりここに書き、そして現実書いています。しかし最近生活が忙しく、なかなか書く暇がありません。楽しみにされている皆様、本当に勝手で申し訳ありませんが、続編完成は未定とさせていただきます。
これから投稿する時は、全て書き終えてから順次に投稿していきたいと思っています(中途半端に更新され、そのまま放置なんて嫌ですしね)。
その時、また読んでいただけたら幸いです。
では、失礼します。
辻民