表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/21

五日目(7):護れる力

 ぐんぐんと、怜音の背中に近づく。だが、彼女はもう光の中に入りかけていた。手を伸ばしても、叫んでも、彼女には届かない。あとほんのわずかな距離がとても遠く感じられた。

 それは希望を煽る、絶望的な距離だった。

 すべてを諦めかけた。もう駄目だと、思考回路が停止を促した。

 ――ふざけるな!

 諦めるな! とにかく行動しろ! 四の五の言わず動け! 考えるのはその後だ!

『もうお前を失いたくないんだよ!』

 何も考えずに、ぼくは右腕を怜音に向って伸ばした。それは当然届くはずもなく、その手は中空を空振りした。掴んだものは虚無。遠ざかる後姿。指先から力が抜けていくのを感じた。


 その時――

 

 ぼくの右手から赤い閃光が怜音に向って伸びた。

 《赤い糸》。

 それは持ち主の意思によって、伸縮自在に操れるもの。

 ぼくの想いが、赤い糸に乗った。



 赤い糸は怜音の腕に絡まった。ぼくはすかさず、それを強く引いた。怜音がぼくに向って落ちてくる。呆気にとられた六連星の顔が視界の隅を掠めたが、ぼくの瞳の中には怜音だけしか映っていなかった。

 ――このまま中空で彼女をキャッチする。

 考えるよりも先に、ぼくは両腕を広げた。

 だが、彼女はぼくをすり抜け、地面に向って真っ逆さまに落ちていった。驚いた彼女の表情が、コマ送りで視界を上から下へ駆け抜けた。


 あの世の人間は、霊に触れられる。それは逆もまたしかり。霊であるぼくは、怜音を抱きとめることが可能なはずだった。

 そう、怜音が完全にあの世の人間であれば。

 怜音はこの世の人間の体になろうとしていた。つまり、いまの彼女の体は、あの世とこの世の中間の能力を有している。

 だから霊に触れられなくても、霊が触れられなくても、それは当然のことだった。



『うおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!』

 ぼくは腹の底から叫んだ。腹の底から湧きあがった声は、空間そのものを振るわせた。

 一直線に地面に向って飛び、怜音の落下を追い越す。

 それは一瞬の出来事だった。

 瞬きをしている隙に、すべてが終わるようなスピード。

 ぼくは、倒れているぼくの体に――瀬戸内浩哉の体に入り込んだ。久しぶりの、自分の体。この五日間、白丸が毎日トレーニングを欠かしていなかったので(「浩哉さん、運動不足ですね」)、体は以前よりもわずかに逞しくなっていた。

 ぼくは体に入るのと同時に起き上がり、落ちてきた怜音を全身で受け止めた。怜音の体重に加え、落下の速度と重力が重なり、ぼくの体に衝撃が走った。ひょっとしたら腕が折れたかもしれない。だが、そんなことは気にしていられない。気にする必要はない。

 怜音は、何が起こったか分からないといったような表情をしていたが、ぼくに抱きとめられたことに気づくと慌てて飛び退いた。

「な……なな……」

 舌が回っていないようだった。彼女は顔を赤らめてあたりを見回すと、ぼくを指差した。

「な、なに? どういうこと?」

「ごめん、やっぱり別れるのはいやだ」

 にっこりと、満面の笑みをぼくは浮かべた。うん。会心の笑みだ。

 呆気に取られていた六連星も、やがて地面に降り立った。

「六連星、悪いけどこれがぼくの答えだ。怜音はやっぱり渡さない。今度こそ、絶対に護るから」

「……キミ、元の体で――この世の人間の体で、ボクに勝てると思うの?」

 やれやれ、と六連星は呆れた風にため息をついた。

 たしかに冷静に考えてみると、この状況はぼくにとって絶対的に不利だった。あの世の人間の身体能力は、この世の人間の比ではない。ましてや、相手は上級裁判官である六連星むつらぼし奏風ソフィー。傍から見れば、これは途方もないくらい絶望的だろう。

 だが、不思議とぼくはこの状況に絶望していなかった。根拠はない。勝てる根拠はない――けど、負ける気はしなかった。

 六連星はぼくを見て、それから怜音を見た。そして、急に何かを思い出したかのように、手のひらをぽんと打ち合わせ、笑った。

「レイン、さっき浩哉くんの――霊体としての浩哉くんをすり抜けたよね。ってことは、あの世の人間としての力が無くなったわけだ」

 六連星は納得したように首を縦に振った。

「レインにはボクの姿ももう見えてないし、声ももう聞こえないはずだ。だって、キミはもうこの世の人間なんだから。……待てよ。ってことは、もうボクはレインを捕まえなくていいんじゃん。だって、レインはこの世の人間になっちゃったんだから」

 うんうん、と再度首を振る六連星。ぼくらのことを無視し、勝手に話を進める。

「じゃあ、ボクはもうあの世に帰らなくちゃ。帰って報告しなくちゃね。『レインは、既にこの世の人間になってたから、追うのはもうやめます』って」

「六連星――」

「浩哉くん、レインをよろしく頼むよ」

 六連星はそう言って、ぼくらに背を向けた。そして光に向って飛び立った。

「ソフィー!」

 怜音は叫んだ。涙をぽろぽろと零し、それでも懸命に叫んだ。

「ありがとう!」

 六連星は小さく手を振り、光の中に吸い込まれていった。光はそれで役目を終えたのか、すぅと消えてなくなった。



 月明かりと星たち、そして灯篭山に群がる火の玉たちが、再び夜空を照らし始める。その光は眠っている町を優しくいつくしんでいるようだった。

 ――時間が二人を包み、流れていく。ゆっくりと歩調を緩め、二人のリズムに合わせるように。

 ぼくは怜音を見つめた。彼女もぼくを見つめた。

「怜音――」

 あの時約束したこと。それを果たすために随分と回り道をしてしまった気がする。けれど回り道をしている間にぼくは色々なものを拾って来た。それは時としてぼくを勇気づけ、時としてぼくを傷つけ、それでもぼくは確かに集めてきた。あの時のぼくに無かったものが、今のぼくにはある。彼女を護れるだけの力が――確かにある。

 そして、今なら確信を持って言える。

「これからも、一緒にいてくれないか?」

「……ええ」

 もう泣かなくて済む。

 もう傷つかなくて済む。

 悲しい思いはさせない。

 辛い思いはさせない。

 これからは笑って楽しく生きていけるよ。

 

 心の奥でそう思いながら、ぼくは怜音を力の限り抱きしめた。

 温かい優しさの涙が、二人の瞳からゆっくりと零れ落ちた。

これで五日目は終了ですが、まだエピローグ的な話が一つあります。つまり次が最終回です。間違えてこれで読み終わらないでくださいねw

最終話の更新は明日のお昼ごろです。ぜひ、最後までお付き合いください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説ランキング>SF部門>「今日から守護霊!?」に投票 「この作品」が気に入ったらクリックして「ネット小説ランキングに投票する」を押し、投票してください。(月1回)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ