表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/21

五日目(3):語られる真実

「そもそも、キミはいま存在してはならないんだよ。……だって、キミは一ヶ月前に死んでいたはずだもの」

 滔滔とうとう六連星むつらぼしは語り始めた。そこには何の表情もなく、また、その目は何も見ていないように見えた。

「一ヶ月前、キミは友達と一緒にキャンプに行ったよね」

『……ああ』

 ぼくは記憶を呼び起こした。

 たしかに夏休みの最後に、ぼくは友達とキャンプに行っている。守護霊になってから二日目――怜音を町の見学に連れて行ったあの日、京介と梨恵が怜音の前でその話をしていた。

「その時、キャンプ場の近くの川でキミは溺れかけた。でも結局、助かった」

 ぼくの記憶を確かめるように、六連星は言った。ぼくはそれに頷いた。

 だが、六連星はとんでもないことを言い出した。

「浩哉くん。あの時、キミは死んでいたんだよ」

『えっ……?』

 思わず声が漏れた。

 ぼくが……死んでいた? あの時に? バカな。たしかにぼくは溺れかけたが、後で息を吹き返したはずだ。

 その時、怜音が六連星の肩を掴んだ。

「ソフィー、もうやめて。これはわたしの望んだことじゃないわ」

「でも、話さないと気づいてくれないよ。彼が気づいてくれないと、キミが報われないじゃないか」

「そんなのどうでもいいわ。早く帰りましょう」

「いやだ」

 駄々をこねる子供のように、六連星は怜音の手を振り払った。

「浩哉くん、キミの霊を見ることのできる力――幼い頃に失った霊感、その霊感が戻ってきたのはいったいいつから?」

『それは一ヶ月前から――』

 言ってから、はっと気づいた。一ヶ月前。それは、ちょうど夏休みの最後。みんなでキャンプに行った時。ぼくが、溺れた時。

 ぼくの驚いた表情を見てとって、六連星は「やっぱり」と呟いた。

「きっとその時に臨死体験をしたから、反動で霊感が戻ってしまったんだろうね。でも、そのおかげでキミはレインの守護霊になれた。……なんだか皮肉な話だよ」

『六連星……たしかに、ぼくの霊感が戻ってきたのはあの時からだ。でも、それはあくまでも“死にかけた”からだろう? “完全に死んだ”わけじゃない。現に、あの時ぼくは息を吹き返した』

「違う」

 六連星の目の色が変わった。どんぐりのような二重の目は、いまや刃物のように鋭い双眸と化していた。真剣、というよりそこには様々な感情が渦巻いているように感じられた。

「浩哉くん、よく聞いて。あの時、キミは確かに死んだ。溺死だった。でも、キミは生き返った。なぜだかわかるかい? それは、レインがキミを生き返らせたからだよ」

 今度は声も出なかった。

 怜音が――ぼくを生き返らせた?

「ボクたち裁判官は、死者の魂を天国、煉獄、地獄に振り分けるためにいる。けれど、時にして死者を生き返らせることもある。例えば、それが予定外の死だったとか、あるいはその死者にまだこの世でなすべきことがあったとか。そんな時は複数の裁判官たちが議論をして、生き返らせるか否かを決めるんだ。でも、キミの死については議論の余地は無かった。だって、キミの死は予定通りであって、キミがこの世でなすべき重要なことは無かったもの。だから、本当は天国行きだったんだ」

 だけど、と言って六連星は首を横に振った。

「レインはキミを生き返らせた。無断でね。いくら上級裁判官でも、それは許される行為じゃない。そして、レインは地獄に監禁され、裁判官としての資格を剥奪された」

 怜音がこの世に来たとき、黒丸と白丸から聞いた。

 怜音は、あの世で罪を犯した。だから、この世に逃げてきた、と。

 その罪というのは――ぼくを生き返らせたことだったのか。

「レインを監禁している間、裁判官たちは大騒ぎだった。なんせ裁判官が、しかも上級が、無許可で人を生き返らせたのは初めてのことだったから。空前絶後にして前代未聞だよ。そして、一ヶ月に渡る議論の末、一つの結論が出た」


「瀬戸内浩哉を殺せ、という……ね」


「瀬戸内浩哉は、あの日、死ぬはずだった。運命は捻じ曲げちゃいけない。だから、ボクたちはキミを殺そうとした。殺して、捻じ曲がった運命を元通りにするはずだった。でも、それも出来なかった。またしても、レインのせいで」

 六連星は横目で怜音を見た。怜音は何も言わずに俯いている。

「瀬戸内浩哉を殺すという結論が出たその日、レインは監禁されていた場所から脱走した。そしてこの世に、キミのところに現れた。その後、キミを自分の守護霊にした」

 それが、あの日の夜だったわけか。ぼくが怜音に殺された日。そして、ぼくが彼女の守護霊になった日。

「ボクらはレインが脱走して、しかもキミを守護霊にしたなんて思いもしていなかった。だから何も知らないボクらは、まず下級使者二人をこの世に送った。でも、それはレインによって阻まれた」

 ぼくが怜音の守護霊になって一日目、公園で怪しい男二人組に出会った。あの二人は、怜音を狙っていたわけじゃなかった。最初から、ぼくを狙っていたんだ。

「二人がやられて、ボクらは酷く驚いた。あの二人でも、キミを殺すには十分だったからね。その後、ボクらはレインがキミを守護霊にしたことを知った。さすがに驚いたよ。だから、少し予定を変えた。『瀬戸内浩哉を殺せ。ただし、やむをえない場合、魂ごと殺してもよい。つまり、存在ごと抹殺してもいい』ことになった。そして、ボクらは再び使者たちを送った。今度は人数を増やして、ね。しかもレインが干渉できないように、人が大勢いるところを狙った」

 それは三日目のあの日。学校にいた時のことだ。あの時は、赤い糸を使って怜音の力を借り、黒丸と協力して撃退した。

「でも、それも駄目だった。キミは守護霊として格段に強くなっていて、しかも、他に黒丸がいた。ボクらは黒丸の力と、そしてキミの成長速度を見くびっていた。完全に油断していたよ。ボクらの完敗だった」

『…………』

「キミではなく、キミの体――つまり魂でなく肉体を破壊しようかとも思った。体がなければ、魂はあの世しか帰る場所がないものね。でも、瀬戸内浩哉の体には、白丸の魂が入っていた。白丸は身体能力が卓越している。いくら体が瀬戸内浩哉だとしても、中身が白丸では容易には殺せない」

 たしかに、白丸の身体能力の高さは、今さっきの戦闘からも窺い知れる。白丸は武器も持たずに、大勢の敵の攻撃をすべてかわしていた。これは並大抵のことではないだろう。

「そして今日、こんな大群を引き連れてキミ一人を殺しに来た。揃えるのに時間がかかってしまったのが、結局敗因になっちゃったけどね」

『ちょっと待て! じゃあ五日っていうのは……』

「そう、キミを殺すことのできる期間のことさ。あの世の人間ってのは少ないからね、あまりこういうことに人員を裂けないんだよ。ゆえに必要最低限の労力でキミを殺す必要があった。だから、期限は五日になった。五日過ぎればキミを見逃すことになってたけど、本当は誰一人としてキミが逃げ切れるとは思っていなかった。……でも結局、これだけの人数を率いてもキミを逃がしちゃうもんね。意味無かったよ」

 あはは、と自嘲気味に六連星は笑った。乾いた笑いが静寂の中に響き渡った。

「すべてはレイン=セイファートの思惑通り、ってわけ。まぁ、レインを捕らえることは出来たから、目的の半分は達成かな」

『……待てよ』

 この五日間が、すべて怜音の作り出した物語であることは分かった。

 だが、六連星の話を延々と聞き、一つだけ――ただ一つだけ、腑に落ちない点があった。それは今までの話の根底にあるもの。すべての源といってよいもの。

『怜音……』

 ぼくは六連星でなく、その後ろに隠れるように立っている怜音に言った。彼女は何も反応を見せなかった。いつもの素っ気無い態度も、無表情な顔も、身を凍らせる冷たい言葉も、何も出てこなかった。それはぼくを酷く不安にさせた。怜音が、怜音でなくなってしまうような気がしてたまらなかった。失うのが怖かった。

『怜音、聞こえてるか』

 反応はまたしてもない。

 ぼくはそれでも彼女に語りかけた。

『怜音、お前に聞きたいことがある』

 反応はない。

 だが、言葉がぼくの思考を無視し、紡ぎ出すのではなく口から溢れるようにして出た。

『どうして……どうしてぼくのことを護ってくれたんだ? ぼくとお前は初対面のはずだろ? どうして、ぼくを生き返らせてくれたり――あの世から脱走してまで、ぼくを助けにきてくれたり。辛いのに、この世の人間になるって言ったり。ぼくの修行に徹夜で付き合ってくれたり。どうしてお前は――こんなに優しいんだ?』

 彼女にとってメリットは何一つない。それどころか、掟を破ってぼくを無許可で生き返らせるにしても、あの世から逃げるにしても、ぼくを助けるにしても、リスクは多かれど、彼女にとってメリットは何一つない。

 いったい何のために。何のために、怜音はここまでぼくのためにしてくれるんだ。何で――彼女はこんなにも優しいんだ。

「キミが分からないのも、無理はないよ」

 怜音ではなく、六連星が言った。ぼくを非難するような口調ではない。むしろ、悲しんでいるような、同情しているような口調だった。

「キミには大事な記憶が抜け落ちているんだ。でも、それはキミのせいじゃない」

 六連星はポケットをまさぐり、何かを取り出した。それは角砂糖くらいの小さな正方形の物体で、水晶のように白く輝いていた。

 瞬間、怜音が目を見開いた。

「ソフィー、それは――」

「浩哉くん、これはキミの記憶だ。十年以上前、ボクらはキミからある記憶を消した。けど、ボクが復元させといたよ。ありのままの記憶を。……それを、今返すよ」

「ソフィー、そんなことをしたら、あなたどうなるか分かってるの?」

「分かってるさ。どんな罰でも受けよう。でもね、レイン。この記憶を彼に返さないと、キミも彼も、真の意味で救われないんだよ」

「でも――」

「ごめんね、レイン、浩哉くん」

 怜音が六連星の腕を掴んだ。しかし、それよりも早く、六連星はその小さな物体をぼくに向けて投げていた。それは月明かりを受け、空中に光の粒を投げ出した。くるくると、スローモーションのようにそれはぼくに向い、そしてぼくの中に吸い込まれていった。

 かちり、と。

 パズルの、最後の一ピースがはまった。ずっと無くしていた、最後のピースが。

 刹那、ぼくの頭の中に映像が流れ始めた。少し古いフィルムを再生しているような、かすれて細部がよく見えない映像だったが、ぼくはそれを食い入るようにして見つめた。そして、ぼくは映像の中の世界に入り込んでいった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説ランキング>SF部門>「今日から守護霊!?」に投票 「この作品」が気に入ったらクリックして「ネット小説ランキングに投票する」を押し、投票してください。(月1回)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ