五日目(1):奏でられた鎮魂歌
いよいよ物語はクライマックスに入ります。
いよいよこの日がやってきた。思えばとても密度の濃い、そして筆舌に尽くしがたい五日間だったような気がする。でも、そんな日々も今日で終わり。それは感慨深くもあり、また、二度と考えたくないものだ。
「なにエピローグ気分に浸ってんのよ」
『……お前ってさ、人の心とか読めるの?』
町が夜の色に染まった頃、ぼくと怜音、そして白丸と黒丸は学校へ向って歩いていた。いつも見慣れたその通学路は、今は魔界に繋がっているような物々しさを感じる。一歩前へ歩くごとに身が闇に沈んでいく。重く暗く、まるで粘土の海を泳いでいるようだ。しかも、灯台の光はなし。それは絶望に似た気分だった。
「これから本当の絶望を味わうのに、今から絶望してどうするのよ?」
『だから、人の心を勝手に読むなよ!』
「あなたの心が単純な構造だから読みやすいのよ」
『……頼むから、これ以上ぼくを絶望させないでくれ』
これ以上暗い気分になったら、多分ぼくは鬱になって家に引き篭もってしまうだろう。せっかく勇気を出して外に出てきたというのに。……なんだかこれでは引き篭もりみたいだ。
「でも、あなたが家にいたら、あなたの家が戦場になっちゃうわよ。それでもいいの?」
『だから、人の心を読むなと何度も――』
「いいかげん諦めなさい」
諭された。なんだかよく分からないけど、怜音に諭された。
「頼むから、これ以上わたしを失望させないで、絶望くん」
『「絶望くん」って、ぼくのことか!?』
「いいこと、滅亡くん」
もはや、「ぼう」ってついたら何でもよくなってきてるな。
「あの世の連中、今度は本気で来るわよ。一日目や三日目の比じゃない。圧倒的な力をもって、圧倒的にわたしたちを叩き潰してくる。町中で奴らと戦闘になったら、町が戦場になっちゃうわ。だから、わたしたちはなるべく人がいない、広いスペースで奴らを待ち構えていなくてはならない。ここまでは分かるわね?」
『その広いスペースが、学校の校庭ってわけだろ』
「そのとおりよ、某くん」
『なんか名前わかんない人みたいじゃねぇか!』
そんなやりとりをしている間に、学校の校門の前までたどり着いた。夜の建物の中で学校と病院ほど怖いものはないなと思いつつ、ぼくは校門をすり抜けて中に入った。怜音と白丸は校門をよじ登って校庭に足を踏み入れた。
ひっそりとした空気が身を包む。沈黙が耳に痛い。街灯は消えかけていて、校庭に明かりが入ってこない。田舎の町の夜はこれだからいけない。せめてコンビニの明かりなどほしいものだったが、明かりといえば、煌々と夜空を照らしている月や星くらい。そして、《灯篭山》に集まっている火の玉だけだ。学校と灯篭山はけっこう離れているが、頂上付近に集まる火の玉は遠目でもよく見える。火の玉たちはまるで踊っているかのように、夜空を縦横無尽に駆け巡っていた。
「歌ってるよう……」
『えっ?』
「火の玉たち。あれ、何か歌ってるように見えない?」
『何かって?』
「鎮魂歌。天乃川怜音の……ね」
怜音は頭を下げて地面を見つめた。おそらく表情は変わっていないだろうが、頭を下げているため、どことなく影が差しているように見える。
それ以上、彼女は何も言わなかった。ぼくの方も黙っていた。沈黙は、もう痛くは無かった。
どれくらいの時間が経っただろうか。校舎に備え付けられている大きな時計を見ると、時刻は十一時少し前だった。
『来た』
黒丸が呟いた。呟いた直後には眩い光が視界を覆い、ぼくは思わず目を閉じた。やがて瞼の裏で光が収まるのを感じ、ぼくは目を開けた。
開けなければ良かったと後悔した。
視界に入ってきた光景を、夢だと思いたかった。いっそ、この五日間が夢であればよかったと思った。
夜空を埋め尽くす使者の大群。月の光も星の光も、奴らによって遮られてしまっている。幾百、幾千のあの世の人間たちは、大量の死者を迎えに来た天使、もしくは死神のように見える。けれど実際は、怜音ただ一人を迎えに来たのだ。
圧倒的な力で、圧倒的に叩き潰す。
叩き潰される前に、既に圧倒されてしまっているぼくがそこにいた。
「一日ぶりだね、浩哉くん」
使者の集団の中から、六連星奏風が現れた。
『六連星……』
「できればソフィー、って呼んでほしいかな」
六連星は微笑みながら地面に舞い降り、怜音に向って右手を差し出した。
「迎えに来たよ、レイン」
怜音は彼女を一瞥し、ため息をついた。やってられない、とでも言わんばかりだった。
「こんなに来るなんて、わたし一人のためにご苦労様ね。……でも、答えはノーよ」
「そっか……」六連星は残念そうに俯いた後、にっこりと笑って顔を上げた。曇り時々晴れ。表情のころころ変わる女だ。怜音と正反対だな。
「じゃあ、実力行使だね!」
六連星の背後に控えた使者の大群が、不気味に揺らめいた。
しかし、それよりも速く、ぼくと黒丸は動いていた。