四日目(1):あの世からの転校生
今日でぼくが天乃川怜音の守護霊になってから四日目。予定では明日、怜音の体があの世の人間のものからこの世の人間のものになる。そうすれば怜音は自由の身となり、ぼくもはれて彼女の守護霊という役目から解放されるのだ。
「浩哉、聞いたか? また転校生が来るらしいぜ」
そんなぼくの苦労などつゆほども知らない京介は、瀬戸内浩哉こと白丸に話しかけた。
昨日の教室破壊事件(厳密に言うと、破壊されたのは窓だけだったが)のおかげで、ぼくらのクラスは特別教室で授業をすることになった。今朝はその話題で持ちきりだと思ったのだが――。
「転校生……ですか?」
「おお。天乃川が来てから間もないのにな」
そういえば、どことなくクラス全体が色めき立っているような気がする。まだ記憶に新しい天乃川現象のおかげで、転校生というものが既に神格化されつつあるようだ。
……ああ、可哀想な転校生。これでみんなの期待はずれだったら、クラス中が重たい空気に包まれてしまうだろう。転校生には何の罪もないのに。
いつも通りチャイムが鳴ると先生が教室に入ってきた。教室中の視線が教壇の前に立っている先生に集中する。初老の、前髪が少し禿げ上がった先生は、皆の視線に少し動じながら、「今日は転校生が来ます」と告げた。
クラスが祭りのように盛り上がる中、廊下に面した教室の扉が開き、一人の女の子が入ってきた。
女の子はクラスの盛り上がりように少しも動じていなかった。
栗色のショートカットを撫でつけ、どんぐりのような大きな翡翠の目で教室内をぐるりと見回すと、彼女はにこりと爽やかに笑った。少年のような笑みだった。
怜音がエレガント系の転校生だとすると、こちらはボーイッシュ系の転校生だ。
「ボクは六連星奏風っていいます。よろしく」
なんか男子たちが異様な盛り上がりを見せた。
それにしても――
『六連星奏風……ねぇ。なんか変わった名前だな』
そう言った矢先、彼女がこちらを見て微笑んだ。……いや、たまたまだろう。一般人にぼくの姿が見えるはずが無い。
六連星は教室の隅にある、余っていた机を使うことになった。ちょうど怜音の隣だ。彼女は怜音の隣まで来ると、にこりと微笑んだ。
「よろしく」
怜音は彼女を一瞥すると、不愉快そうに呟いた。
「……あなた、何しに来たの?」
六連星は人差し指を立て、口に当てた。「静かに」という意味だろう。
「次の休み時間、空いてる?」
「久しぶりだね、レイン=セイファート」
「……その名前、何だか久しぶりね」
休み時間、校舎の屋上で六連星は怜音に話しかけた。ぼくを除き、人はその二人しかいない。まだ昼休みではないため、生徒の話し声はあまり聞こえてこない。
『怜音、知り合い?』
「ええ」怜音はかなり面倒くさそうに言った。「紹介するわ、わたしの友達だったソフィー=エレクトラよ」
「友達『だった』てのは無いんじゃない」
六連星は大げさに肩をすくめた。
友達――ってことは、彼女もあの世の人間なのか。だから、ぼくのことが見えるわけだ。
『なあ、レイン=セイファートって名前は……』
「それは、わたしのあの世での名前よ。彼女のソフィー=エレクトラっていうのもね」
何だか外国人のような名前だ。
怜音は六連星を思い切りねめつけた。
「で、何であなたまで実界に来たの?」
「そりゃあ、キミを連れて帰るためさ」
六連星の短い髪が肩の上で揺れる。彼女の格好や言葉遣いは、どこか男じみているものがあった。
「みんな心配してるんだから。さあ、レイン。帰ろう」
「嫌よ」
六連星の心配を怜音は一瞬で一蹴した。六連星の表情に影が差した気がする。少し同情してしまう。
六連星は、ふぅとため息をついた。
「レイン、キミが帰れない原因は彼かい?」
彼女はぼくを指差した。
「浩哉はわたしの守護霊よ」
「へぇ、彼がキミの……」
六連星は値踏みするような目つきでぼくをじろじろと見た。時折うんうんと頷き、鼻で笑った。
「瀬戸内浩哉くん……だっけ?」
『……なんだ?』
「キミにレインが護れるのかな」
『どういう意味だ?』
「レイン=セイファートはキミごときの手におえる人間じゃないってことさ」
六連星の口の端が吊り上がり、にやりとした笑みが浮かぶ。しかし、笑っているのは口だけで、目は全くといっていいほど笑っていなかった。
その目には覚えがあった。それは一昨日、黒丸がぼくに向けた目。
――お前なんかにそれが出来るのかよ。
非難。責めるような目。言葉とともに蘇る記憶。
彼女も――六連星も、ぼくに対して怒りを抱いているのだろうか。いったい、ぼくが何をしたというのだろうか。ぼくは……ぼくはただ、怜音の守護霊として――
「ソフィー!」
怜音が叫ぶのと同時に、光の弾丸が天を切り裂いて降ってきた。
――あれは怜音の“断罪”だ。
光の弾丸は迷うことなく、六連星に激突した。びりびりとした衝撃が空気を伝わり、脳髄を揺さぶる。一瞬のうちに視界は白に染まり、他に何も見えなくなってしまった。
だが、その失われた視界の中で軽やかな声が踊った。
「レイン、少し弱くなったかな」
いたずらをした子供が親の反応を窺うような声。白い光が晴れた時、六連星奏風はにこりと笑って立っていた。
「まぁ、ボクも上級裁判官だし。キミの技を受け止められる力はあるさ。……でも、こんなことで取り乱すなんて、キミらしくないね」
その時、授業開始を告げるチャイムが鳴った。六連星はくるりと背を向けると、手すりのところまで歩き、その上に立った。
「キミたちに伝えなくちゃいけないことがあったんだ」
彼女は手すりの上で数回ジャンプをすると、混じり気の無い笑顔をぼくらに向けた。
「明日の夜、あの世の人たち総動員でキミらを捕まえるから。ボクはそれを言いにきただけ。それを言うためだけに転校生気分を味わうのも、まぁ悪くなかったね」
『六連星、それはどういう――』
「あ、浩哉くん。キミはもう少し事態を把握しといた方がいいね。だって――」
にやり、と。六連星の唇の端が吊り上った。
「レインは『まだ“断罪”を撃てる』よ」
白く眩しい光が視界一杯に広がった。眩い光を防ぐために腕を目の前にかざす。しかし光は一瞬で消え失せ、眼前にはさっきと変わらない光景が広がっていた。
ただ一つ異なる点は、六連星奏風がいなくなったことだけ。
「明日が最後の戦いね」
怜音の言葉はぼくの耳に入ってこなかった。
それは六連星の言った最後の言葉が、まるで耳栓のようにぼくの耳に入り込んで取れなかったからだろう。
――レインはまだ“断罪”を撃てる。
それは怜音が“まだこの世の人間になっていない”ことを示している。
怜音は五日だと言った。そして、もう四日が過ぎた。
いくらなんでも、遅すぎだ。
言葉の塊が心の水面に落ち、幾重もの不安の波紋がぼくの心をひどく揺らした。
四日目終了
残り一日
え〜っと……ここまで読んでくださった読者様のほとんどが思われているかもしれません。「何で『三日目』と『四日目』だけこんなに短いんだよ」、と。
一応、短くなった理由(言い訳)はあるんですが、興味のない方は完全無視して構いません。ていうか、ホントどうでもいい話なんで。
以下、言い訳↓
この小説は『五日間』という短い期間の話ですが、それでもやはり、『中だるみ』というものが生じてしまいます。怜音と浩哉には全力で五日間を駆け抜けてほしかったので、話の大筋に関わるものだけを書きました。それが『三日目』と『四日目』です。
……ただ、話のネタが思い浮かばなかったというのもあります。すいません。
さて、言い訳タイム終了。次回から最終日である『五日目』が始まります。
怜音はこの世の人間になれるのか?
六連星の思惑は?
そして、浩哉は最後まで怜音を護り切れるのか?
とにかく、物語の真実が明らかになります。
最終話までお付き合いいただけたら幸いです。