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三日目(1):避けられない戦い

物語は後半へ入ります。

 季節は十月に入った。冷たい風が教室の窓を叩き、木の葉を散らす。空は無限に思えるほど高く、白い雲は群を成して悠々と飛んでいた。澄み渡った秋空は、人の心とは正反対だ。虚しいくらい余裕がある。

 学校の授業中、ぼくは教室の窓から外の景色を見ていた。他の生徒たちは、先生が黒板に書いた英語の和訳を必死にノートに写している。……あの先生、書くの速いんだよな。

 でも、ぼくはただひたすら外を見るばかりで、授業はこれっぽっちも聞いていなかった。今のぼくは幽霊なので、普通の人には見えないから注意はされないが、授業を聞くことくらいはできる。しかし、ぼくにそんな余裕は無かった。



 それはぼくが、あの世の人間である、天乃川怜音の守護霊だからだ。

 怜音はあの世で罪を犯したらしい。だからこの世に逃げてきて、追っ手から逃れるためにぼくを《守護霊》にした(いわば、ぼくは彼女の《盾》だ)。ちなみに、彼女があの世でどういった罪を犯したかは知らない。

 そして、ぼくが怜音の守護霊になって、今日で三日目。予定では、あと二日で怜音の体は“この世の人間”のものになる。そうすれば、あの世からの追っ手は来なくなり、ぼくは彼女の守護霊ではなくなる。つまり、元の体に戻れるというわけだ(今現在ぼくの体には、白丸という言語の喋れる犬の霊が入っている。ちなみに、メス)。

 追っ手はいつ来るか分からない。一昨日は二人、昨日は一人も来なかった。それはラッキーなことだが、同時に不安が込み上げてきた。

 ――もしかしたら、今度は大人数で来るかも。

 嵐の前の静けさ、ってやつだ。だからぼくは、常に警戒を怠らないようにしている……が、さすがに少し疲れてきた。こんなにも絶えず神経を張り詰めることは、今まで生きてきた中で無かったことだからだ。

 ぼくはやがて外を見るのに飽き、教室の中を見回した。そして、教室の中で絶えず動き回っている黒い何かを見つけた。……黒丸だ。

 ぼくと同じく怜音の守護霊である黒丸(こいつも白丸同様に犬の霊。ちなみに、オス)は、教室中を飛び回っていた。元気すぎ。

『黒丸』ぼくは飛び回る黒丸を捕まえて話しかけた。『何やってるんだ?』

『一種のストレス発散だ。最近、暴れてねぇから、少し溜まってんだよ』

『……お前、能天気そうに見えてもストレス溜まるんだな』

『俺は悩み多き男だからな』

『お前はまず、自分の頭の悪さを悩め』

 皮肉に気づいてねぇのかよ。

『ところで……』しょうがないので、ぼくは話題を変えた。『怜音の追っ手、昨日は来なかったな』

『なんだ、来てほしいのか?』

『んなわけないだろ』

 できれば残り三日、誰一人として来ないでほしい。

『もしかしたら、このまま逃れられるかな……って』

『そりゃ無理だな』

 黒丸はにやりと笑った。笑ったせいで、顔の面積の半分近くが口になる。剥き出しの鋭い歯並びは、海の狩人である鮫を髣髴させた。黒丸は舌を出し、自分の歯の表面を舐めた。

『――噂をすれば、だ』

 


 パリッ――

 静電気が弾けたような音が聞こえた。かすかだが、確実に。

 瞬間、体を“悪寒”という名の電流が駆け巡った。チキン中枢、シグナルイエロー。そしてまもなく、赤にチェンジ。

 怜音と白丸も異変に気づいたようだった。二人とも板書をやめ、顔を上げた。近づいてくる何かに反応して。

 その時、怜音が椅子を蹴り倒して立ち上がった。

「みんな伏せて!」

 クラス中の視線が、怜音一人に集中した。先生も生徒たちも、きょとんとした表情をしている。

「天乃川さん、一体何です――」

 先生が言い終わる前に、

 教室全ての窓ガラスが、木っ端微塵に砕け散った。



 生徒たちの悲鳴が学校内に響き渡った。直後、決壊したダムのように生徒たちが次々と教室から逃げていく。定期的に行われていた避難訓練の甲斐も虚しく、さながら伝染病のように混乱はフロア全体に広がっていた。

 現在、教室に残っているのは怜音と白丸、そして京介と梨恵のみ。怜音は眉間に皺を寄せて、壊れた窓の外を眺めていた。

「浩哉、岸くんと梨恵を連れて避難しなさい」

 怜音の言葉に頷くと、白丸は京介と梨恵を連れて教室から出て行った。

『怜音――』

「学校に乗り込んでくるとは、意外だったわ」

 怜音はにやりと顔をゆがめ、窓の外れた窓枠に足をかけた。

「でも、冗談にしてはちょっとやりすぎね」

 そう言うやいなや、怜音は窓の向こうへ飛び降りた。三階の高さから、校庭へと。

『怜音!』

 だが、彼女はわけもなく地面に着地した。ひらりと、その着地はまるで重力というものを感じさせなかった。

 校庭には避難してきた生徒が数人、ちらほらと見えた。事態の混乱に右往左往しているので、怜音が飛び降りたことには誰一人気づいていないようだった。

 そして、校庭の真ん中、一際目立つ場所に人が五人。おそらく、あの世からの使者である者たちが立っていた。

「真っ昼間から堂々と……。中級使者が三人に、上級使者が二人――か。なかなか人数を揃えてきたわね」

 怜音は周りを見回しながら納得したように頷いた。

「――今、わたしは動けないわ。周りの目がありすぎる」

 たしかに、避難してきた生徒の数は今も増え続けている。

 あの世からの使者たちは、この世の人間には見えないが、怜音は別だ。彼女がここで“断罪(ジャッジメント)”でも撃とうものなら、この場にいる全員の注目を引いてしまい、彼女はもう一生、この世で暮らしてはいけなくなるだろう。

『じゃあ、どうするんだ?』

「どうするもこうするも、あなただけで戦うしかないわ」

『えっ?』

「大丈夫。赤い糸からわたしの力を送るから。それに、今回は黒丸も戦いに加わってくれるわ」

『マジかよ!?』

「マジよ」

 彼女は何の感慨も無く言い放つと、避難してきた京介や梨恵たちと合流した。

 取り残されたぼくと黒丸。目の前には敵さんが五人。

『久しぶりに暴れられるぜぇ』

 黒丸の呟きに、ぼくは寒気を覚えた。口のわきの肉はめくれて垂れ下がり、白い鋭利な歯がのぞいている。真っ赤な舌が、歯の間から炎のようにちらちらと見えた。

 敵が警戒しているのが分かる。緊張が空気を伝い、肌を痺れさせる。

 ぼくは乱れる意識を集中させ、今朝の修行を思い出した。



 ――霊体というものは、肉体と違って、ある程度まで変形可能らしい。だから、修行を積めば自分の体の一部を自分の思い通りに変形出来るという。それはあの世の人間と霊の有する、特殊な能力だ。

 ぼくは今朝の修行どおり、右腕に力を集中させた。途端に右腕がその原型を失い、溶けたかと思った矢先、細長い棒状のようになった。変化が完全に終わった時、ぼくの右腕はどこからどうみても日本刀そのものとなっていた。

 どうやら、あの苦しい修行をした甲斐があったようだ。

『さて……腹ぁ括るしかないか!』

 無理やり自分自身に喝を入れ、鳴り響くチキン中枢を強制停止させ、ぼくは敵と向かい合った。

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