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足跡の理由  作者: 瓜葉
第1章 いつから、どこから?
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思い掛けない展開に

家に帰り、ドサッと買い物袋をテーブルの上に置き、ソファーに座る。

お袋が取り込み忘れた洗濯物が目に入る。

夜勤の日は洗濯物を取り込んでから出掛ける約束なのだが、2回に1回は忘れていくので、確信犯だと最近は思う。

仕方なく洗濯物を取り込み片付けた。ようやく制服を脱ぎ、Tシャツとジーパンに着替えると、チャイムが鳴った。

玄関に出迎える間もなく、


「お邪魔します」


と、慣れ親しんだ様子で沙耶が勝手に入ってきた。


「鍵かかってなかったよ。無用心」

「おまえが来ると思って開けておいてやったんだよ。閉めてくる」

「やっておいたわ」


そう言いながら沙耶はコンビニの袋を俺に渡す。

中身はシュークリームだった。


「さんきゅ。後で食べようぜ」


シュークリームを冷蔵庫に入れ、俺は夕食の支度を始める。

まず米を洗い炊飯器にセットした。

冷蔵庫から野菜を取り出す。

ジャガイモや人参の皮を剥き下準備をする俺を沙耶は食卓の椅子に座ってニコニコ見ている。


「なぁ、普通は反対だと思わないか」

「思わない」


あっさり否定される。やっぱりな。


俺は鍋に具材を入れて火に掛けた。

後はじっくり煮込むだけだ。

正式なレシピも何も知らないけれど、気の向くままに料理を作るのが好きだ。

だから、時には滅茶苦茶な味の物も出来あがる。

まぁ、このポトフは何度も作っているからそんな失敗とは無縁だが。



「料理が出来上がるまで一緒に勉強しよう」


と、沙耶が頼もしい提案をしてくれる。


「そりゃ、助かる。英語に漢文の宿題だろ、俺にとっては地獄だよ」

「理系の科目は大丈夫なのにね」

「あんまり自慢になるような点は取ったことないけどな」

「今までは、でしょ?」


沙耶は俺がここの所やる気を出しているに気が付いてくれてたんだと嬉しくなる。


宿題を広げると沙耶に『そうじゃない』『違う』を連発されたが、何とか終了させた。


台所からは良い匂いが漂い、お腹がググゥと鳴り出したので、急いで盛り付け食べ始める。

沙耶は美味しいを連発してくれて、それはそれで気持ちのいいものだ。

友達の噂話や先生の話など取り留めなく話していると電話が鳴った。



電話の向こうからは親父の声。


『幸平、父さんこれから夜釣りに行くから。留守番頼むよ』

「何だって。夜釣りって、足、大丈夫なのか?」

『ああ、ギブスも取れたし、太田さんたちと快気祝だ。母さんには事後報告ってことで、じゃあな』

「じゃあな、じゃないだろう。道具はどうするんだよ」

『こんな事もあろうかとロッカーに道具一式置いてあるんだよ。そうだ、今日、母さん夜勤だからな戸締りしっかりな』


言うことだけ言って電話は切れた。


親父の唯一の道楽は釣だ。

骨折して泣く泣く我慢してたようだけど、ギブスが取れたんで喜び勇んでいる姿が目に浮かぶ。

お袋に止めれないように夜勤の週末を狙ったんだ、きっと。


受話器を置いて振り返ると沙耶が俯いている。


「……沙耶」


声を掛けると顔を上げたけど、目から涙が溢れそうでビックリだ。


「どうしたの?」


何でもないと首を小さく振ったけど、涙がポロっと零れ落ちた。


「……ゴメンね。ホント何でもないの。やだなぁ、何で涙が出るのかな。おじさん、たくさん魚釣れるといいね・・・」


俺は不意に涙の訳に気が付いた。


既に再婚し新しい家庭を築いている父親のことを思い出したんだ。

俺と親父の間にある確かな絆。その絆をあっさりと断ち切った沙耶の父親。

さっきの電話で沙耶はその違いを感じ取ったんだ。


ポロポロと零れ止まらない涙は、懸命に感情を押し殺そうとしているように見えるのだ。


そして、おばさんがお袋に「離婚が決まっても、沙耶は冷静な子だから、あっそうと言っただけなの」と話していたのを思い出す。

本当はそんな筈ないじゃないか!家族3人で穏やかに過ごしたかったに決まってる。


なのに、自分の感情を押し殺していたんだ。

あいつは頭がいいから、冷静だから親の離婚をすんなり受け入れたんじゃない。

優しいから母親がそれ以上傷つくのを見ていられなかったんだ。

なのに、なんで子供が親の為に泣くのを我慢しなくちゃいけないんだ!


無性に悲しくなって、自分でも驚いたけど、俺は沙耶を抱き締めていた。


「幸平?」


俺の名を口にするけど、昼間のように叩かれることは無かった。


「……泣いていいから」


気の効いたことは言えないけど、沙耶は頷き声を上げて泣き出した。

小さな子どものように泣きじゃくる姿は、まるで溜めこんでいたものを一度に吐き出しているように見えた。


腕の中に抱き締めてる沙耶は俺の顎までしか背が無い。

細い肩と軟らかな感触に俺の中に不思議な感情が生まれていた。




いつの間にか沙耶は泣き止んで、それでも俺の腕の中に身を委ねたまま静かに時間が流れて行った。



「沙耶」


そっと彼女の名前を呼ぶ。


沙耶が俺を見上げ瞼を閉じた。

二人の唇が自然に重なる。触れ合うだけのキスだったけどすごく甘いものだった。



「帰らなきゃ、ママが帰ってくるわ」



沙耶の言葉に我に返り、時計を見ると9時を過ぎていた。


「あっ、ごめん。送るよ」


するりと腕の中から抜け出して沙耶は困ったような顔をしている。

俺もきっと同じ顔をしていると思う。唇に残る軟らかな感触に戸惑っていたのだ。


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