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足跡の理由  作者: 瓜葉
第1章 いつから、どこから?
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反省文の功罪

親父達が出かけていくと嵐が去ったように静かになった。

テキパキ指示を出し、あっという間に出かけてしまったお袋のことを


「おばさん、すごい。さすが看護師さんだ」


と沙耶は何度も言っている。


沙耶は、よく家のお袋を誉めている。

誉められるような親じゃないと思うけど、嬉しいもんだ。


「ありがとう、助かったよ。で、親父どこで転んだの?」

「公園を出たことろの階段で」


沙耶とよく遊んだ児童公園。

砂場とコンクリートで出来たトンネルに滑り台があるだけのなんて事のない公園で、その中を通り抜けると駅への近道となるのだが、入口に少しだけ階段があるから自転車では使えないのだ。


「……階段って、3段ぐらいじゃないか。ドジなんだよな、うちの親父」


そう言って苦笑する俺に沙耶はポツリと洩らす。


「良いお父さんだよ。優しくて、温かくて……」


俺は何と答えていいのかわからない。

沙耶の父親は背がスラリと高くて、エリートって感じがする格好のいい人だった。

離婚の理由を沙耶は言わないけれど、その父親の浮気らしい。


何か考え事をしていた沙耶が口を開く。


「……再婚したんだって」


一瞬、沙耶の言った意味がわからなかったから慌ててしまう。

気の利いたことも言えなくて「そうなんだ」としか声を掛けられない。

沙耶の弱気な姿を見ているのが辛くて台所へ立つ。


そして、わざと明るい声で沙耶に言う。


「喉、乾いただろう。ジュース入れるからさ。ついでに一つ頼みがあるんだけど」


「英語の反省文なら、自分でやりなさいよね」


俺の願いは言う前にあっさり拒否された。


「何でわかるの?」

「二組の子が職員室でのやり取りを聞いてて教えてくれたの」


ちぇ、おしゃべりな奴が居るもんだ――と、思ったが説明する手間が省けた。


「そこを何とか」


どうしても頼み込まなければと必死な眼差しで沙耶を見る。

沙耶はクスッと笑い、


「そうねぇ、夕飯ご馳走してくれるのなら、手伝ってあげてもいいわ」


と言う。


「もちろん作ります。作りますから、お願いします」


いつもの沙耶に戻ったみたいで安堵する。

俺は自慢のチャーハンを沙耶に作り、その換わり沙耶の厳しい指導のもと反省文を書き上げた。


「助かったぁ、やっぱ沙耶は頼りになるよ」

「煽てたって次回は知らないわよ」

「わかりました、ホント反省したから。でもお陰で、部活禁止一日で済みそうだ!浅野からも1日で復帰しろって厳命されてたんだよね。ほんと助かったよ」

「浅野君もサッカー狂なのにね・・・」


含みのある言い方にカチンとくる。


「でも自分の世界がありすぎてついていけないなぁ」


沙耶の浅野評に頷いてしまう。数学オタクなのだ。


「フェルマーの最終定理」

って俺がつぶやくと沙耶もそうそうと同意する。

合宿の時にフェルマーの最終定理について熱く語られて辛かったことがあったのだ。

きっと沙耶も熱く語られた口なんだと思う。


「沙耶は理解できるの?」

「無理、公式は知っているけど、浅野君が語った話はさっぱりわからなかった」

「良かった。沙耶でもわからないなら安心だ」

「何よ、それ」

「だって沙耶って天才タイプじゃん。何でも理解しちゃいそうだよ」


小学生の時は、本当にそう思ってたこともあった。

先生の質問にいつでもスラスラ答えていた姿は驚異だったんだ。

あの頃、俺は何でも沙耶に聞いていた。


「・・・わかってないなぁ。私は努力の人なのに」


ハッとした。俺は沙耶の努力している姿を知っている。

今日だって、沙耶のノートを見て本当は感動したんだ。参考書みたいにわかりやすくてさ。


「ごめん、俺はちゃんとわかってるつもりだよ。沙耶が頑張っていること」


今度は沙耶が驚いた顔をした。そして一瞬だけはにかんだ笑顔を見せた。

それは、とても懐かしい笑顔。俺が沙耶を可愛いと思った時の笑顔だった。




「そういえばサッカー部っていつ引退なの?」

急に沙耶が話題を変えた。


「試合に負けたら引退」

「ふ~ん。試合はいつ?」

「来週の日曜日。地区予選だよ」

「奇跡を祈ってあげるわ」

「ちぇっ馬鹿にするなよ」

「勝つ自信あるの?」

「だから練習するんだよ!!!」


いつになくムキになって言う―――弱小チームなのをからかわれるはいつもの事なのに。

追い討ちを掛けるような言葉が沙耶から返ってくる筈が、


「頑張ってね」


と、小さな声で言われた。


「あぁ頑張るよ」


俺も不自然な声の調子で答えた。

今日はなんだか変だ。


沙耶と視線を合わさぬよう顔を上げると時計が目に入る。


「うわ、もうこんな時間だ。おばさん心配してない?」

「大丈夫、こんなに早い時間に帰ってきたこと無いから」

「そうなんだ」

「そう、仕事一筋よ。最近、出張も多いしね。お陰で私は静かな環境で勉強出来て助かってる」

「ふーん、そっか」


知らなかった。

中学生の頃、何度かおばさんが出張のために家に泊まりに来てたことがあったけれど、今は一人で過ごしているんだ。


「うちのママは結婚すべきじゃなかったのよ。パパだってママがもっと家庭的な人なら良かったと思っていたんでしょう。今度の相手はそう言う人らしいから」


毒を含んだ言葉を俺は黙って聞いている。それしか出来ない。


「……弁護士になりたいと思ったのは、離婚のゴタゴタで出会った弁護士さんが格好良かったから。親権を巡って大喧嘩してた時に、二人に向かって怒鳴ってくれたんだ―― 子どもの気持ちを考えろって。その時、私、本当に喧嘩を止めて欲しかったから、だから……嬉しかった。私もそう言う人の痛みを代弁できる弁護士になりたいの」


すごい、沙耶はこんなにキチンと自分のしたいことを考えてるんだ――そう思って感動し、とても大人に見えてドキッとする。


「おまえ、すごいな」

「何で?幸平は考えてないの、将来のこと」


俺は将来、どうしたいんだろう……。

サッカーは好きだけどプロを夢見れる実力がないのは痛いほどわかっている。


ふと親父の姿が目に浮かんだ。

看護師が天職だと言いきるお袋を笑顔で支える親父。

そう言えば家は、家が汚かろうと食事が粗末だろう笑顔だけは絶えなかったな。

お袋が忙しくてキリキリし始めると親父はさり気無くフォローして休ませてた。


沙耶の言う通り良い家なのかもしれない。


「なに真剣に悩み出したの?」


顔を上げると沙耶の笑顔があった。


可愛い―― 一瞬そう思い、慌てて否定する。

性格がきつ過ぎる。


「取りあえず、受験するんでしょう?」

「ああ、一応」

「じゃあ、頑張りなさいよ。のほほんとした幸平のこと好きだけど、たまにはやる気も見せたら」


目を瞬いた――今、好きって言わなかったか?


「勘違いしないでね、幼馴染として好きなのよ。私は恋もしないし、結婚もしたくないの」


今度はズキリと胸が痛んだ。何でだ?俺だって別に好きじゃないぞ。


「わかってるよ」

「さぁ、そろそろ帰るわ」


沙耶が立ち上がる。


「送っていくよ」

「大丈夫よ」

「いいって、コンビニにも行きたいからさ」


そう言って俺も立ち上がった。



沙耶の家までは5分ぐらいの距離だ。

その間、取り留めのない話をして並んで歩いた。

沙耶が自分のことを語ったのは久しぶりかもしれないと、ふと思う。

自信満々で目標に向かって邁進しているのだと思っていたけれど違っていた。

今日はやけにいじらしく見える。

小さな肩を抱きしめて、励ましてやりたくなるけど、俺の方が20センチも背が高くなっていて、並んで歩くと男と女だ。


もう只の幼馴染じゃ慰めてやることも出来ないのかな……


「じゃあ、ここで。送ってくれてありがとう」


いつの間にか沙耶の家についていた。


「ああ、また明日な」


俺はくるりと背を向けて、手を挙げて歩き出した。

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