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足跡の理由  作者: 瓜葉
第3章 縁は異なもの
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猫じゃらしに絡まると 前編

沙耶と些細なことでケンカした。


沙耶の虫の居所が悪かったのか、俺に余裕が無かったのか、久しぶり大きなケンカになった。


「もう話したくない!幸平のバカ!」


バタンと大きな音をさせて玄関扉が閉まる。


俺も怒りを抑えられず鍵を勢いよく閉めた。

チェーンまで掛ける徹底ぶり。



ビールでも飲もうと冷蔵庫を開けるが入っていない



それもそのはず1本しか無かったビールを沙耶が飲んでしまったのがケンカの原因。


俺も飲みたかったのにと文句を言ったら、最後の1本だったなんて気付かなかったと反論したんだ。


「気付くだろう、普通」


その一言に沙耶が怒った。


「普通って何?」


冷たい声。普通なんて個々の常識でしかないと言う。


「私は幸平の常識の中で生きているわけではないのよ」


いつもビールは箱買いしてあるのに、先週は忙しくて買いそびれていた。

珍しく金曜日の夜にやってきた沙耶と遅い夕食を食べようと、俺がキッチンで料理をしていた間に飲まれたので余計に腹が立ったのだ。


仕事も2年目になり、だいぶ慣れてきた。

その分、責任の大きなことも任されてくる。


犬や猫の病気や怪我に対処するだけではなく、飼い主とのコミュニケーション能力が問われる。


しかしこのところ手強い飼い主への応対で疲労困憊していたのだ。

溺愛している犬を毎日のように連れてくる。


鳴き声が変な気がする、尻尾の振り方がいつもより弱々しい、今朝エサをほんの少し残した…

念のため血液検査もしたけど、気になる数値はない。

毎回、俺を指名してくれるが、診察は彼女の話しを聞くだけの時間になっている。


診察代はきちんと払ってくれているから問題はないけど、俺としては釈然としないのだ。


院長や先輩からも経験談を踏まえたアドバイスを受けるが、なかなか上手く対処できていない。


沙耶も煮詰まっているようで、依頼者の主張がどうしても理解できないとこぼしていた。

どちらも『先生』と呼ばれる商売をしているけど、相手に選んでもらって成り立っている。

横柄な態度でいたら直ぐに干上がってしまうだろう。



静かになった部屋の中で俺は自分の気持ちを顧みる。

外で隙を見せない沙耶だけど、俺といる時は違う。俺は沙耶にとって特別だという自信は決して自惚れではないはずだ。


気が付くと雨音が聞こえ出していた。

俺は鍵と携帯と財布をポケットにねじ込んで外に出る。


遠くに雷鳴も聞こえる。

怒って飛び出した沙耶は傘を持っていないだろう。

携帯を鳴らしてみるが応答はない。


バックは部屋に置いたままで、何も持っていないとしたら近くにいるはずだ。


俺は駅へ走る。


よく行くショッピングモールも探してみたけど、沙耶の姿は見えない。


雨はますます強くなり雷も鳴り止まず沙耶のことが心配でならない。

さっきまでの苛立ちが消えている。

梅雨入り間近といえ、雨に濡れればまだ寒い。


不意に携帯が鳴る。聞き慣れたメロディ ――― 沙耶からだ。


「どこにいる?」

「公園、子猫、見つけちゃったの」


公園?子猫?状況が何となくわかる。

俺は沙耶から聞き出した公園に向かう。


公園の前にある小さなパン屋の軒先に沙耶が立っていた。

沙耶は手の中に何かを抱えている。


沙耶に声を掛け、手の中にいた子猫を受け取る。

真っ黒なのに右の前足だけ白い子猫。

少し濡れたようだけど大丈夫そうだ。

生まれたばかりではなく生後2ヶ月ほどだろう。

強い警戒心もないから野良猫ではないようだ。


沙耶に聞くと子猫が鳴いてたそばに箱があり「トイレのしつけも終わってます。可愛がってあげてください」と書かれていたらしい。

子猫を抱き上げて撫でているうちに雨が降り出し、慌てて軒下へ駆け込んだとのこと。


目ヤニもないし、大きな怪我もしていない。

ざっと触った感じでは骨にも異常はないようだ。お尻も汚れていない。


沙耶は心配そうにのぞき込んでいる。



「大丈夫だよ。とにかく体を拭いてミルクでも飲まそう」


沙耶にそう声をかける。

もうすでに泣きそうな顔してる。

雨に濡れて寒そうなのは沙耶の方だ。


コンビニに寄り牛乳とビールを買う。

キャットフードも目に入る。かなり割高に思えるが一袋カゴにいれた。


レジを済ませて外に出ると、子猫と一緒に待っていた沙耶がごめんと謝ってきた。


「何が?」

「ビールを飲んじゃって、ごめんね」

「いいよ、買ったから」


「それから……」

「それから?」

「部屋を飛び出して心配かけたことと」

「うん」

「子猫拾っちゃったこと」


沙耶のマンションはペット禁止だが、俺のところはペットを飼うことが出来る。

そういうマンションを選んで社会人になったら、絶対に犬か猫と一緒に暮らそうと思っていたのに、仕事が忙しくて飼い始める機会がなかったのだ。

沙耶はそのことを知っているから、俺のところで飼って欲しいのだろう。


「いいよ。これも縁だ。俺のところで飼う」

「ありがとう」


素直に礼を言ういう沙耶に屈み込んで軽くキスをする。


「風邪、引くぞ」


1本しかない傘に二人と1匹が寄り添って家に向かった。

子猫を抱きかかえた沙耶を片手で抱き寄せ、もう片方で傘とコンビニの袋を持った。



部屋に戻ると、まず沙耶を浴室に放り込む。

ついでにタオルを取り、子猫を拭いた。


みゃ~と鳴く子猫。

床にそっと降ろすと興味津々に動き出す。好奇心の強い子のようだ。


しばらくすると沙耶がパジャマ姿で出てきた。


「濡れた服、洗濯したいから、幸平のも洗うよ」

「助かる。俺もついでに風呂、入ってくるから、待ってて」


沙耶にそう言って俺も風呂に入る。


濡れた服を洗濯かごに入れた。

そういえば沙耶は洗濯だけはマメにしてくれる。


それから小学生の時に拾ったチビのことを思い出す。

沙耶と二人で動物病院に通い、その後、俺の進路の決めてとなった出来事。

コイツはどんな縁を結んでくれるのだろう。


部屋に戻ると沙耶が子猫と遊んでいる。

飼い猫が生んだ子猫の引き取り手が見つからず、ギリギリまで手元で育てて捨てたのだろうか?


少し温めたミルクを皿に入れ、キャットフードをお湯で浸して軟らかくしてものを与えると、あっという間に食べた。お腹はかなり空いていたようだ。


食事もして遊び疲れたのかベットの上で丸くなって眠ってしまう。


広いと言えない俺の部屋に二人と1匹は窮屈に感じる。

冷蔵庫からさっき買ったビールを取り出す。


沙耶にも1本渡し、一緒に開けて口を付けた。














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