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足跡の理由  作者: 瓜葉
第3章 縁は異なもの
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虫除けスプレーの効用

幸平が東京に帰ってきた。


上背もあり、顔もまあまあ。

職業は獣医。


モテる要素をたっぷり備えてしまった幼馴染……というか恋人。


先輩の紹介だという動物病院は結構大きな病院で夜間診療も行うところのよう。

当然、スタッフも多い。

ペットホテルも併設しているから、かなりの人数だと思う。


つまり若い女性もいっぱいだということ。


そういう私は弁護士1年目で山ほどの仕事に追われている。

60代の所長・宇都宮治夫先生と37才になった息子の俊樹先生。

それから30才の沖先生と29歳の外川先生。

事務長の向井さんと事務員の原田さん、どちらも50代のベテラン。

以上、全員男性の職場。

だから女性の弁護士をとの希望で私が入ることになったのだ。


「井原先生、これ書き直してください。これじゃあ通りませんよ」


所長から駄目出しの毎日。

優等生で生きてきた私としては結構凹んでる。


「井原、めげるなよ」


先輩の沖先生から言われる。


「めげてません」

「いい根性だ。さあ気分転換で飲みに行くぞ」


週のうち何回かこうやって飲みに誘われ、励ましてくれる。


「俺なんか最初の1年は使い走りしかさせてもらえなかったんだからな。お前は期待されている。女性からの依頼はお前が同席してくれるだけでも違うからさ」


女だからと言われることは、ずっと嫌で仕方がなかったけど、私の個性だと思えるようになってきた。

私は私。


確かに離婚の相談の時、私の顔を見ると「女の弁護士さんもいらっしゃるんですね」と言ってくれる人もいる。

反面、明らかに若い女というだけで見下されることもある。


所長は今は我慢をしてなさいと言う。

せめて後少し身長があれば……もう少し大人に見られるのに。



どちらも多忙な状況で、土曜日の夜はどちらかの部屋で過ごすことが多くなっていた。

今夜は私の部屋に幸平が来ている。


夜勤が2回もあったらしく、ぐったり疲れ切っているのに、夕飯を作ってくれた。

豚肉の冷しゃぶ。


「このタレは俺の特製。多めに作っといたから野菜にかけたりして食べろよ」

「ありがと」

「ったく。あの冷蔵庫はなんだよ。もう少し栄養あるもの食べろ」


そういえば今週は一度も家で食事をしていない。

朝もコーヒーを飲むぐらいで出勤してたんだ。

幸平の小言にもイマイチ反応できない私。


「大丈夫か?」


心配そうに顔をのぞかれる。


「えっ?大丈夫だよ」


慌てて答えるけど、幸平には隠せない。

物思いの種は、いい先輩だと思っていた冲先生から交際を申し込まれたこと。

それも昨日の夜、例のごとく一緒に飲んだ時に「好きだ」とストレートな言葉と共に言われた。


もちろん速攻で断ったけど、月曜日にどんな顔をして会えば良いのだろう。


「何でもないって言っても信じないよね?」

「ああ」


やっぱり。


「事務所の先輩から付き合おうって言われたの」

「そっか」

「うん、断ったけど、月曜日にどんな顔をして会えば良いのかって、ちょっと憂鬱になってる」

「かっこいい奴なのか?」

「気になる?」

「当たり前だろ」


幸平の怒った声がちょっと嬉しい。

クスッと笑ってしまうと睨まれた。


「ごめん。でも幸平だって女の子に囲まれてるじゃない」

「何で知ってるの?」

「ホームページに出てた」

「あぁ、あれね」


スタッフ紹介のページには幸平たち獣医の後に動物看護士の女の子たちが何人もいた。

みんな若くて可愛くて……女の子らしい。


「妬いてる?」


形勢逆転で今度は幸平が笑ってる。


「妬いてない」


悔しいから認めない。


「俺にとって沙耶が一番可愛いから心配いらない」

「背が低いとこ?」

「うん、小っちゃいとこも可愛い」

「褒めてない」

「褒めてるだろ?」

「背の低さはコンプレックスだもん」


幸平がガシガシと頭を撫でてくる。


「仕事的に不利?」

「時々ね」


知的に見えるようワザとメガネをかけて、スーツもリクルートスーツに見えないよう気をつけてる。

メイクもきちんとするようになった。


でも社会人になって感じる壁。

沖先輩も私のこと頑張り屋で健気でほっとけないなんて言っていた。


「仕方ないよ。どんなに頑張っても俺たち1年生だからさ」

「幸平も?」

「ああ。俺の診察だと明らかに不安そうな顔されるよ。醸し出す雰囲気ってのがあるんだろうね」

「そっか、そうだよね」


知識だけでは乗り越えれない経験の差。

未熟さを幸平も感じているんだ。


幸平の肩にもたれたまま物思いにふける。


「頑張ろうな」

「うん」


頷いて顔をあげれば幸平の顔が目の前で、そのまま目を閉じキスをした。



ゆっくり休むつもりが、なんだか違う意味で疲れた日曜が終わり、月曜日の朝はしっかり寝坊してしまう。


「もーやだやだ」


慌てて起きて、幸平が買ってきてくれた牛乳とパンとプチトマトを口に入れる。

メイクを手早く済ませ、はねてる髪をシニヨンにしてしまう。

時間切れでそのまま家を飛び出した。


駅から走って遅刻ギリギリで事務所に飛び込む。


おはようございますと挨拶すれば電話で話中の沖先生と目が会う。

金曜日の記憶が甦る。

すっかり忘れてた自分にビックリ。


無かったことにしようと自分のデスクのパソコンを立ち上げた。

そのまま午前中は書類作成に追われて話す機会も無かった。


昼休みになり席を立つと所長が「もう蚊が出る季節になったね」と笑いながら昼食に出かけて行った。

蚊?事務所内で飛んでたかな?と疑問に思う。


謎を解いてくれたのは外川先生。


「彼氏?」


私の首の後ろを指さして小声で言う。


「へっ?」


首に何かついてますかと尋ねる前に思い出す。

幸平が「虫除け」って言いながら首筋にキスしたことを―― 顔が真っ赤になるのがわかる。


「ごめん、からかうつもりじゃなかったんだ。沖先生にちゃんと効いてたと彼氏に言っておいてね」

「はぁ……」


どう反応して良いのか見当もつかず曖昧な返答をする。


トイレに行き鏡で首元を見ると、正面からはわかりにくい場所にしっかりくっきり跡がある。

一人で赤くなりながら慌てて髪を下し整えた。


事務所を出て近くのカフェでランチを食べていると、外川先生が沖先生と歩いているのが見える。

何だかしょんぼりとうなだれている沖先生と慰めている外川先生。




午後からは気まずい思いをしたけれど、沖先生から「ごめん、この間のことは忘れて」と言われる。




夜になり幸平からメールが来た。


―― 効果があった? ――


幸平の思惑通りに行ってしまったことが悔しいような、嬉しいような……


副作用あり過ぎと怒りマーク付きで返信したら、ごめんと電話が掛かってきた。


怒っているふりしてたけど、何時の間にかいつもの会話。

おやすみをいう頃には、すっかり幸せな気分になってたから、副作用も消えたことにしてあげる。


翌日、赤い印はまだ消えず、怒りのメールを再び送った。














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