ちょっと迷って転がって 5
店を出るなり沙耶が言う。
「幸平に気がある子がいるならいるって言っておいてよね」
「ごめん、来るって知らなかった」
「あの子の気持ちは知ってたの?」
「まあね」
「あれだけアピールされれば、鈍い幸平でもさすがに気付くか」
噂の騒動を話すべきか?
「一晩一緒に過ごした仲らしいものね」
げっ、そんなこと沙耶に話したのか?
「わざわざ謝られたわよ。先輩は悪くないんですぅって」
「ごめん、だけど」
「わかってるわよ、何でも無かったんでしょ?」
「あぁ」
そのまま沙耶は黙り込む。
千尋ちゃんに言われたことに傷ついているのか?
夜の街を家に向かって二人で歩く。
児童公園の中を横切るとマンションへの近道だから、沙耶の手を引いて中に入る。
「あーやだやだ」
急に言う沙耶。
「ごめん」
「なんで謝るのよ」
「嫌な思いさせたから」
「別にそれはいいの」
「じゃあ何を怒ってるんだ?」
「うるさいな、もう、幸平には言わない」
沙耶は滑り台の上に上がるので俺も後ろからついて行く。
「なぁ、ほんとに悪かったよ」
もう一度謝った俺の頭をポカリと叩き
「鈍感過ぎ」
そう言って滑り台を降りて行く。
「意味わかんねぇ」
俺も続いて滑り降りようとすると沙耶が言う。
「嫉妬してたの」
嫉妬?沙耶の言葉を聞き返しながら滑り台から降りた……つもりだったのに
俺は足を引っ掛けて見事に転んだ。
足首に激痛が走る。
「大丈夫?」
「ちょっと駄目そう。足首捻ったみたい」
「どうしよう、病院行く?」
「取り敢えずこんな時間だから明日の朝行くよ。沙耶、悪いけど肩貸して」
小柄な沙耶に支えてもらうのはいささか不安だけど仕方がない。
「誰かに来てもらう?まだみんなさっきの居酒屋さんに居るんじゃない?私、呼んでくる」
「いいよ、大丈夫。もう近いから」
痛みに耐えながら歩く俺の横で、沙耶はまるで自分が怪我したような顔をしている。
「沙耶がそんなに痛そうな顔するなよ」
「だって……」
「大丈夫だって」
沙耶が横にいるから俺は強がって頑張れる。
男ってそういう生き物だと改めて思う。
痛みに耐えて何とか家にたどり着く。
湿布は買ってあったので、取り敢えずそれを貼ってもらう。
熱は持っているものの腫れは大したことがないように見えるから骨折ではないと思いたい。
「そう言えば親父が骨折した時も沙耶が居たんだよね」
「そんなこと言ったら私が疫病神みたいじゃない」
「かもね」
「肯定されると腹が立つ」
「ごめん、沙耶は疫病神なんかじゃないよ」
頬に手を伸ばし、そっと触れる。
「沙耶、さっき嫉妬したって言ったじゃん」
「……聞こえてたんだ」
「うん、聞いた。めっちゃ嬉しかった」
「なんで?」
「だって、それだけ沙耶の中で俺の存在が大きいってこどだろ?」
「……まあね」
躊躇しながらも認めてくれる。
「最近さ、遠距離にも慣れ過ぎてるなって思ってたんだ」
「そうだね」
「千尋ちゃんにアプローチされて、正直、可愛いなって思ったけど、それだけなんだよね」
「何となくわかる、その気持ち」
離れた場所でモテてるのは沙耶も一緒。
「ランニングサークルの小牧先輩?」
「……よく覚えているね」
「俺も嫉妬したから」
「バカ」
「だね」
沙耶が上目遣いに俺を見る。
普段は優等生で隙など見せないから、その目は反則技だ。
沙耶から俺にキスしてくれる。
「すごいサービス」
「幸平、うるさい!」
怒った風に言うけれど、もう一度唇が重なった。
俺はそのまま沙耶を押し倒す。
でも、不用意な動きで足に激痛が起こる。
「痛い!!!」
うめく俺と笑い転げる沙耶。
ロマンチックってわけにはいかないけれど
これが俺たちのあり方で
二人で築いてきた関係。
翌日、医者から捻挫と告げられる。
入念なテーピングがされ、松葉杖も借りる。
10日ほどはなるべく安静にとのこと。
学校は必須の実習期間だから休めないけど、原因の一端があると思ったのか沙耶が居てくれることになる。
狭いワンルームの部屋での思いがけない同棲期間になってしまう。
学校への行き帰りは克己が買って出てくれた。
なぜだか助手席には千尋ちゃんが座っている。
上手く行ったなら良かった。
痛みも腫れも引き普通に歩行できるようになった頃、沙耶が東京へ戻って行く。
こんなに長く一緒に居たことは無かったから
沙耶のいなくなった部屋は寂しい場所になっていた。
―― 寂しい ――
沙耶からもメールが届く。
―― 俺も ――
短い返信。
携帯の待ち受け画面は二人で撮った笑顔の写真。
沙耶の待ち受けも同じはず。
遠距離恋愛って辛いなぁ……。
こうして肌のぬくもりが恋しい年の瀬を迎えることになったのだった。
第2章はこれでおしまい。次回からは第3章となります。




