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足跡の理由  作者: 瓜葉
第2章 そっちとこっち
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ちょっと迷って転がって 3

千尋ちゃんに会うために文学部の校舎に向かう。


他の学部の校舎にはほとんど行ったことがないけれど、背に腹は替えられない。

女子率の高い校舎は俺達の学部と違い、いい匂いがしている気がした。


目的の教室を見つけ、授業の終わるのを待つ。

千尋ちゃんの幸せのためと信じる克己の調査結果だから間違いはないと思う。


「千尋ちゃん、本当におまえのことが好きらしい。俺ではダメなんだ」


大きな男が肩を落として話す姿がいじらしい。

とにかく直接話そうと居場所を聞き出して、待ち伏せしているのだ。


講義室の扉が開き教授が出てくる。

学生たちのざわめきが大きくなり、大量の女の子たちが出てきた。


千尋ちゃんの姿を探し、友達に囲まれて話しながら教室から出てきたところに声を掛けた。


「千尋ちゃん、ちょっと話がしたい」


俺の顔を見て怯えた表情を浮かべる。


「私たちも一緒で良いですか!」


先日、俺のところに文句を言いに来た子が気色ばむ。


「ごめん、二人で話したいんだ」


俺の言葉に千尋ちゃんも「大丈夫だから」と友達に話し、二人だけで話すために校外のカフェに誘う。

少し距離を空けて歩く間、二人とも無言だった。


昼前で空いているカフェの奥まった席に着き、冷たい飲み物を注文する。

いつの間にか夏休み直前で、北海道と言え、少し歩いただけで汗が浮かぶ季節になっている。


「ごめんなさい」


飲み物が運ばれてきてからようやく千尋ちゃんが口を開いた。


「別に謝って欲しくて呼び出したんじゃないよ」

「……」

「あの日、何も無かったよね?いつの間にか君の部屋で寝てしまっていたけど、そんな痕跡は無かった」


コクンと千尋ちゃんが頷いた。


「俺も一応、男だから、本当にそういうことになってたら……」

「なっても良かったのに」

「へっ?」

「私、幸平先輩が好きなんです。だから、だから……」


さすがに俺も彼女の気持ちは予測してたから用意していた言葉を口にする。


「千尋ちゃんは可愛くて良い子だけど、俺、彼女いるから」

「知ってます。でも遠距離で、ほとんど会えてないんでしょ?」

「まあね」

「だったら私にチャンスはありませんか?私では駄目ですか?」


畳み掛けるように言われる。


「ごめん、考えたことないから」

「じゃあ千尋のこと考えてみてください。今すぐじゃなくていいから。私、幸平先輩と一緒に居られるだけで幸せなんです」


一生懸命に話す姿は正直に言って可愛らしいと思うが、何で俺なんだろう?


「噂のことはごめんなさい。先輩が私の部屋に朝までいたってこと話しちゃったら、いつの間にかこんな騒ぎになっていて。美咲ちゃんたちに恋愛相談してたから勘違いされちゃって。だから、だから本当にごめんなさい」

「いや、もういいよ。俺もきちんと説明しなかったから」

「ありがとうございます」

「でも、ごめん、千尋ちゃんの気持ちは…」

「いいんです。今はいいです。忘れてください。私、片思いに戻りますから、ね」


半泣きの状態で笑っている千尋ちゃん。

まずいなぁ。こんな姿、克巳に見られたら絞められそうだ。


「でもお願いですから普通にしててください。先輩を困らせるようなことしないから……本当にごめんなさい」


千尋ちゃんはガタンと大きな音をさせて立ち上がる。

伝票を手にしようとするのを止めて「ここは払うよ」と先輩ぶった。


「ありがとうございます」


ペコリと頭を下げて千尋ちゃんは立ち去った。


後ろ姿が目に焼き付く。


沙耶とは違う本当に可愛いタイプの女の子。

惹かれないと言ったら嘘になる。




千尋ちゃんは宣言通り、前のように可愛い後輩のマネージャーとしてふるまうようになった。


「もったいないことしたんじゃないか?」


と、仲間たちにからかわれたが、俺は沙耶を裏切ることなど出来ない。



北海道の短い夏を俺は実験と牧場のバイトに追われて過ごした。

沙耶は論文試験にも通り、いよいよ最後の口述試験を残すのみとなる。



カレンダーはあっという間に進んで沙耶は最終試験に挑んでいた。

俺は遠くで見守ることしかできない。

試験の日は何度も時計を気にしてしまう。


「幸平先輩、今日、何かあるんですか?」


グランドでも沙耶のことを気にしていたらしい。

千尋ちゃんにそう声を掛けられた。


「別に何もないよ」

「彼女さんのことですか?」

「えっ?」


なんで知っているの?


「やだ本当ですか?良いなぁ、先輩に心配してもらえて」

「千尋ちゃんだって……」

「ストップ!先輩、それ以上は良いです」


俺の言葉を遮って、クスリと笑う。


「聞かなかったことは無しですからね」


そう言った。

夏前の騒動を思い出す。

あの後、本当に普通に接してくれていたから、俺の中では無かったことになっていた。

というより無理やり忘れようとしていたのだ。


「ごめんなさい。今の無し。駄目だな…私。先輩、ちゃんと彼女さんの心配してあげてくださいね」


反則のような笑顔で言われる。

よろめく心の片隅に沙耶の泣き顔が浮かぶ。


ごめん、ちょっとだけ揺れました。







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