ちょっと迷って転がって 1
沙耶と遠距離恋愛となってから、もう5年以上の月日が経った。
俺は大学4年になり、沙耶は大学を卒業し、東京に戻って司法試験に挑戦中だ。
最初の頃は長距離電話の通話料を気にして話したり、手紙を書いたりなんて言うことをやっていたけれど、携帯電話を持つようになってからはメールのやり取りが主となってきた。
週に何度か近況報告したりでつながっていたと思う。
でも今は、そのメールさえもしていない。
沙耶は司法試験の真っ最中でとてもメールなんてしている場合じゃないだろうから、俺は勉強が忙しいからと、いろいろ理由はあるけれど、便りのないのは元気な印とどこかで高をくくっていた。
そして俺は北海道の地で青春!を楽しんでいたのだ。
沙耶にほんの少しの思いやりを掛けることもなく……
「幸平先輩、今日はグランド来てくださいね」
サッカー部のマネージャーである内藤千尋ちゃんから声を掛けられた。
「今日は大丈夫だと思うから、参加するつもりだよ」
このところ実験が上手く行かず、サッカーどころではなかった。
その実験も何とか終わり、レポートも完成したから、今日は久々に体を動かせそうだ。
俺の返事に首をちょっと傾げてニッコリ笑ってくれる千尋ちゃん。
「良かった。では、グランドで待っています!」
部員から天使の微笑みと呼ばれている笑顔を残して千尋ちゃんは立ち去った。
「ゴラァ幸平、抜け駆けして千尋ちゃんと話したな!」
ガタイの良い身体をさらに怒らせ東沢克己がやってくる。
研究室の端に居たはずなのに目の良いことだ。
「別に抜け駆けしてないよ。練習来てくれって言いに来ただけだよ」
「俺には何にも言ってくれてないぞ!」
「見えなかったんじゃい?」
「ふん、面白くないが、そういうことにしておこう」
克己は千尋ちゃんに片思い中だ。
玉砕覚悟で告白しろとけしかけているけど、自信がないらしく未だ突撃できていない。
その日の午後、久しぶりにサッカーをした。
約1ヶ月ぶりかもしれない。
「幸平先輩~!」
タオルを持った千尋ちゃんに呼び止められた。
「何?」
「先輩、今日、暇ですか?」
「バイトもないから暇だけど、何?」
「じゃあ一緒にご飯に行きませんか?私、先輩に相談したいことがあって…」
「俺なんかに相談したって解決しないと思うけど」
「良いの。先輩に聞いてもらいたいから」
ニコニコ笑う千尋ちゃんに俺は何も考えずに良いよと答えていた。
千尋ちゃんが連れて行ってくれたのは女の子が好きそうなお洒落な居酒屋。
Tシャツにジーンズの俺は浮いている気がした。
生ビールを注文し、取り敢えず乾杯をする。
千尋ちゃんがお勧めの料理を注文してくれる。
サッカーの話をして盛り上がり、結構、詳しいからマニアックな話をしてもわかってくれた。
「千尋ちゃんとこんなに話したことなかったけど、本当にサッカー好きなんだね」
「そうなんですよ。先輩、ちっとも話を聞いてくれなかったから」
ビールのジョッキを何杯か空けて、ほろ酔い気分になっている。
「そういえば、相談があるんじゃなかったの?」
急に黙り込む千尋ちゃん。
「先輩は卒業したら東京に戻るんですか?」
「う~ん、わからないけど、たぶんそのつもり」
「そうなんですね」
「千尋ちゃんは?東京に帰るんでしょ?」
「先輩が東京に戻るなら私もそうしようかな」
ちょっと嫌な感じだ。
「自分のことは自分で決めなきゃ」
そう牽制したつもりだった。
「は~い」
のんきな返事。まだ2年生だから、そんなものかと思う。
「相談ってそのこと?」
「えっ?あ、えーと、先輩、彼女と上手く行っているんですか?」
「俺?ああ、それなりに」
答えながら沙耶のことを思い出さす。
この時間も勉強してるんだろうなぁ。
「克己先輩たちが、幸平先輩の彼女ってとってもかわいい感じの人だって言ってましたよ」
「かわいい!?いやいや可愛いなんてこと言ったら蹴りを入れられそうだよ」
女だからと言われることを、異常に嫌う沙耶だから、可愛いって思っていても口にはしたことがない。
「そうなんですか?」
「しっかりもの。頭も良いし…。可愛いって言葉は千尋ちゃんの方が似合うよ」
「本当ですか?嬉しいな。千尋、頑張ります」
何、頑張るの?と心の中で突っ込んで、俺はビールを飲み干した。
嫌な話の流れにさすがに俺もまずいと思い出す。
「そろそろ帰ろうか」
俺がそう切り出しても「もう少し良いじゃないですか」と店員さんにビールを注文してしまう。
いくら週末だと言っても、これ以上、飲み過ぎない方がいいと思う。
そして俺は後悔することになる。
気が付いたら知らない部屋で、隣で千尋ちゃんが寝ている。
まずい。
そっとベットから降りて自分の姿を確認する。
かろうじてTシャツは着ているけど、記憶がない。
でも俺の服は綺麗に畳まれてソファーの上にある。自分で脱いだ?
千尋ちゃんは取り敢えずパジャマを着ているようで、少しだけ安心した。
何も無かったと確信は持てないけれど、そこまで酔っていたのだろうか?
起きる気配のない千尋ちゃんに置き手紙を残し、俺は部屋を出た。
新しめのマンションで、玄関はオートロックのようだ。
玄関に覚えがあった。
酔っぱらっていたのは千尋ちゃんだった。
彼女を送ってここまで来たのだ。
コーヒーだけでも飲んでいってくださいと言われて、コーヒーを飲んだ。
そこまでは覚えているのに……
そして何があったのか千尋ちゃんときちんと話して帰れば良かったと後悔することになる。